そこに凱歌はないけれど

 今戻ってきたばかりのアネットさんの先導なので、特に迷うこともなく〝遺跡〟の出口付近まできた。

 そこでルイ殿下が俺を振り返る。


「じゃ、よろしく頼んだよ」

「はい。このエイゾウ工房にお任せあれ」


 俺が少々茶化すように言うと、ルイ殿下はニィッと子どものような満面の笑みを浮かべた。

 こんなやり取りが出来るのもここまでだ。ここを一歩出れば一介の鍛冶屋(あるいは北方から来た謎の護衛その1)と王弟殿下であって、知人のエイゾウとルイ殿下という間柄ではない。

 それに、俺が〝遺跡〟に入ることはもうほとんどないと思うと、若干の寂しさ、名残惜しさを感じるな。そこは割り切るしかない。


 ルイ殿下も同じような気持ちなのか、少し寂しそうに微笑んだ後、正面を向いて迷宮の外へ踏み出した。


 外は夕暮れには少し早いくらいで、ほんの僅かに太陽がその明るさを失っている。

 時間的には今から急いで帰ったら、家で一眠りできるくらいだろうか。ほとんど何もしていないとは言え、そこそこの時間歩いていたし、気疲れもないわけではないので、今日のうちに帰ると言う選択肢は少々厳しいが。

 特に大きな出迎えや歓声はない。大々的な討伐などではなく、安全確認を主目的とした調査、という名目だからだ。

 それでも俺たちが出てきたことで、遠くの野次馬たちがざわめいているのが聞こえてくる。


 ルイ殿下はキリッと顔を引き締め、俺達を睥睨した。


「皆、よくやってくれた」


 王弟殿下としての言葉に、俺とヘレンも含めて全員で膝をつく。


「それではいち早く触れを出すように。民草の安寧を一番とせねばな」

「かしこまりました。すぐに手配いたします」


 ルイ殿下が頷くと、アネットさんは音もなく走り去っていった。


「では、我は戻るとしよう」

「こちらへ」


 今度はカテリナさんがすっと立ち上がり、ルイ殿下を先導する。その先には殿下が乗ってきた馬車が待っており、殿下を乗せるとガラガラと車輪の音をさせてすぐに走り去っていく。

 俺達はそれが見えなくなるまで、膝をついたまま待っていた。


「それじゃ天幕へ来てくれ」

「かしこまりました」


 ルイ殿下の馬車を見送り、俺とヘレンより先に立ち上がったマリウスに促され、俺は礼をしてから立ち上がって天幕に向かう。

 ヘレンは俺達についてきて、馬車のところまで行っていたカテリナさんは戻ってきているが、明かり役の人は俺達に無言で一礼をすると、そのまま去っていった。

 俺達全員が天幕に入り、走って戻ってきたカテリナさんが天幕の入口にかかっていた布を下ろすと、俺もマリウスも大きくため息をついた。



「やれやれ、肩が凝るな」


 あまり大きくない声でそう言って、グルグルと肩を回すマリウス。俺はそれに頷いた。


「お偉いさんには公の場であまり会いたくないな」


 とは言え、マリウスも伯爵閣下なので「お偉いさん」には違いないのだが、友人の気安さもあってか少々忘れがちになる。大事な場面ではやらかさないように気をつけないとな。


「それじゃあ、今回の目的は見てもらったとおりだ」

「うん。そこは重々わかったよ」


 再び俺は頷く。具体的にカリオピウムの話と言わないのは本当の目的がわかりにくくなればいいな、というお守りのようなものである。

 もしもこの後公爵派に囚われでもして、カリオピウムが見つかったとしても、〝遺跡〟で見つけてこれから調査するところだった、と言い逃れることはでき、ルイ殿下から預かって特定の何かを作ろうとしているという部分は闇に葬れるはずだ。


 マリウスは俺との話の後、今後エイムール家から何人か警備を出し、どこに配置をするかの話をカテリナさんと始めた。

 とりあえず入口付近に馬と一緒に24時間体勢で配備、ということになったようだ。

 無論、それをいつまでも続けるわけにはいかないので、時間が経ってかなりの部分が探索済みということになれば、配備の時間を減らしていくようである。

 今度家族全員で都に来たとき、まだここが塞がれてなかったら、物見遊山に全員連れてこようかな。うちだとサーミャと娘達が喜びそうだ。


「じゃあ、後は頼んだよ」

「お任せください」


 打ち合わせを終えたマリウスが屋敷に戻ろうとする。俺とヘレンはマリウスの護衛としての役割もあるので、それに付き従う。

 俺達は再びマティスが御者をする馬車に乗り込み。一路屋敷への家路を急いだ。


 その途上、周囲に目を配りながら、俺はふと思い出したことを口にした。


「そう言えば明かり役の人、一言も発しなかったな。所属してる組織が組織だからかな。顔も見えなかったし」


 諜報機関的なところにいると、正体がバレてはいけないみたいなのがあるのだろう。前の世界の映画では世界的に有名な7番のコードをもつ諜報部員がいたが。

 俺の言葉にヘレンが反応した。


「えっ」


 俺は周囲に向けていた視線を外して、ヘレンの方を見た。彼女は目を丸くしている。

 目を丸くしたまま、ヘレンは言った。


「誰なのか気がついてて、あえて何も言わないようにしてたのかと思ってたけど、違うのか?」

「いや、誰かは全然分かってなかったよ」


 俺の返事に、ヘレンはデカいため息をついた。


「じゃあ、言わないでおくか。去り際まで何も言わなかったのはそういうことだろうし」

「ええ……教えてくれよ」


 俺は口をとがらせたが、ヘレンは「自分で気がつくまでは言わない」と答えてくれず、そのやりとりを聞いて笑うマリウスの声が、少しずつ暮れていく都の道に響くのだった。

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