王弟殿下

 馬車から降りてきた王弟殿下の第一印象は「なんだか親しみやすそうな感じの人だな」であった。

 少なくとも威圧感のある風体ではない。口に髭を蓄えていて、顔の彫りは深めだが、中肉中背。マリウスのように胸甲と篭手、すね当てを身に着けていても、肩や腿には装着していないスタイルで、兜も被っていない。


 年の頃は俺と同じ(身体ではなく、精神の方)か、もう少し若いくらいだろう。

 全体的にはスラッとした、という表現が似合う御仁だ。服は刺繍が随所に入っているが、あまり多いと動きにくくなるからだろう、大きな意匠のものはなく、いずれも小さいもので統一されている。


 あまり派手なことは好まないのか、王弟殿下のおなりである口上は派手な演出は一切なしで、シンプルに「ルイ殿下のおなりである」と普通の会話のような声量でお付きの文官らしき人が一言述べたのみだ。

 馬車から降りたルイ殿下は天幕に気がつくと、誰に先導されるでもなくそちらに――つまり、俺とヘレンが立っているほうに――スタスタと歩いてくる。

 そのとき、天幕からカテリナさんが飛び出してきて、ルイ殿下を出迎えにいった。


「お出迎えが遅れまして、大変申し訳ございません」

「詫びはよい。来る刻限を言ってなかったからな」


 カテリナさんは地面につくんじゃなかろうかと思うくらいに頭を下げて、ルイ殿下を先導し始めた。

 その先には当然俺とヘレンがいる。2人とも膝をつこうとしたとき、綺麗なバリトンボイスでルイ殿下が言った。


「ありがたいが、そなたらは私の配下ではないし、王家とは言え、私は所詮、王の末弟でしかないゆえ、そのようにかしこまらずとも良い」


 これは素直に受け取って良いものかどうか迷う。「心の広い自分」を演出するために言っているだけで、言葉に従って膝をつくのを止めれば、へそを曲げる類の人間も前の世界では多く見てきた。

 ヘレンが素直に再び直立不動の姿勢になり、俺が少しまごついていると、ルイ殿下が呵々大笑した。


「よいよい。貴族や王家には言葉の上だけのものも多数いるが、私の言葉はそのまま受け取ってくれ。自分の言葉に従ったものに罰を与えるほど馬鹿な話はない」


 それでも一応の礼儀として、俺とヘレンはペコリと一礼する。ルイ殿下は一瞬怪訝そうな顔をしたが、頷いて天幕に入っていった。

 その様子に、俺はどことなく帝国の皇帝閣下にも似ているなと思った。あそこまでの迫力というか、凄みのようなものは備えていないが、飾り立てることを好まず、最低限度の威厳を示す必要性を理解して、そうするあたりなどはそっくりと思える。


〝遺跡〟ではどういうことになるんだろうなぁ。天幕に入るわけにはいかないため、外でヘレンと待っている俺がそんなことを考えながら暇をつぶしていると、天幕の中から、


「エイゾウ、ヘレン、来てくれ」


 とマリウスの声が聞こえた。俺とヘレンは顔を見合わせたが、すぐに、


「失礼します」


 と断って天幕に入る。中はやはり以前見たことのある天幕と同じような感じで、以前に副管を努めていたルロイや、その時文官として来ていたフレデリカ嬢の姿がないことが違っている。

 あとは人数が魔物討伐とは比べ物にならないくらい少ない。マリウスとカテリナさんに屋敷でも見かけた使用人さん数名、それにルイ殿下とお付きの人数名(1~2人が軽く武装している)くらいだ。


「殿下、伯爵閣下、参りました」


 これも礼儀と思ってそう言うと、マリウスがキョトンとしたが、すぐに真顔に戻る。


「うん。ありがとう。ちょっと言いにくいんだが……」


 マリウスがニヤッと笑う。あ、これはいたずらをするときに浮かべる笑みだ。

 言葉を続けようとした彼を、ルイ殿下が遮った。


「私が言おう。この中では楽にしてると良い。君がエイゾウか。会えて嬉しいぞ」


 そう言って、ルイ殿下は俺に手を差し出した。つられてその手を握ると、殿下はブンブンとその手を上下に振る。


「ルイ殿下はエイゾウの製品がお気に入りのようでね。今回、殿下が来ることになったのはそれもあるのさ」


 クスクスと笑いながらマリウスが言う。俺が言葉の意味を理解しかねて困惑していると。


「正直、私は〝遺跡〟に何があるかは二の次だ。君に会えればそれで良かったのさ、エイゾウくん」


 そういうナイスミドルのウインクを間近で受け、俺の困惑はさらに増していくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る