"黒の森"への帰還

 都の門も街と同じで(あっちは門というほど立派なものではないが)、入るときも出るときもチェックがある。

 勿論入るときの方がチェックが厳しく、出る時は緩いのだが、例の「つよい通行証」を出して背筋の伸びた衛兵さんはノーチェック同然に通してくれた。


「いやぁ、こいつは強いなぁ」

「そりゃあね」


 俺が感心していると、ため息交じりにディアナが言った。


「自分の国と隣の国の一番上からの保証だもの」

「だなぁ……」


 俺は懐から通行証を取り出した。王家の紋章と帝国皇帝の紋章が燦然と輝いている。


「これは街では出さない方が良いよな」

「そうね」


 ディアナが大きく頷く。


「あそこの人は私たちの顔を知ってるし、出して色々考えさせるのは良くないわね」

「そうだな、普段は出さないことにしよう」


 なんだか印籠みたいになってきた。「ひかえおろう、こちらをどなたと心得る」と言っても、ただの鍛冶屋のオッさんだが。


 マリウスの家で食べた料理の話なんかをしていると、もう都の入り口は見えなくなり、往来する人も見なくなってきた。


「2人ともそろそろいいぞ」


 俺がそう言うと、アンネは被っていた布を取り去り、マリベルが姿を現した。

 マリベルは姿を現しても、念のため俺たちの陰に隠れるくらいの場所にいてもらっている。

 街のそばだと何かの拍子で姿が見えてしまいかねないからな。街道でなら近づいてくる人や馬車に気をつければいい。


「ぷはー」


 マリベルがそう言って大きく伸びをした。消えているからといっても、特に息苦しいとかはないはずなのだが、皆が自由にしている中、1人姿を消していたのでそうしたくなる気持ちは分かる。


「お疲れさん。ちょっと長くなっちゃってすまんな」

「いいよ! あちこち見てたし!」


 マリベルは快活に笑う。リディが心配そうに尋ねた。


「魔力の方は大丈夫でしたか? ダメそうなら言ってくださいと言ってありましたが」

「うん! あれくらいなら平気!」

「そうですか。なら良かったです」


 そう言ってリディがマリベルの頭を撫でると、マリベルは満足そうに満面の笑みを浮かべた。


 そうして、時々マリベルが隠れたり、すれ違う馬車の御者さんにルーシーがご挨拶したりしながら、クルルの牽く竜車は一路街道をひた走る。


 ずっと俺たちの頭上にいた太陽が世界を橙色に染めながら、その姿を隠そうとしている頃、〝黒の森〟の入り口に俺たちは辿り着いた。

 入り口と言ってはいるが、明確にその用途として用意された場所ではなく、街道に近くて荷車が通れるくらいには開けている、我が家に近い場所がここというだけなのだが。


「松明の用意をしておくか」


 ここからうちまではもう幾ばくかの時間を費やす必要がある。いくら勝手知ったる〝黒の森〟と言えど、日が沈むまでに家に帰り着くことは難しいし、暗くなってから明かりもなしで何事もなく進んで行くのは困難だ。


 皆が頷き、サーミャとヘレンが荷物の中から松明を数本取りだす。火はまだつけない。以前であれば早めにつけていたかも知れない。暗くなって手もとが覚束ない中で着火はなかなかの難題だからだ。

 実際、最初はそうしようとしたのだが、マリベルが自分の力で火をつけるから、暗くなってからで平気だと言い出した。


「大丈夫か? 疲れているなら無理しなくていいぞ」

「それくらいなら大丈夫だよ~~」


 笑顔でそういうマリベルだが、もしかすると今回特には何もしていないのが引っかかっているのかも知れないと、俺は思っていた。

 それなら、本人の希望通りに活躍の場を用意した方がよかろう。


「よし、じゃあ頼んだぞ」

「まかせて!!」


 勢いよく答えるマリベル。その微笑ましい様子に、世間では「この世で最も恐ろしい場所とさえ言える」と認識されているらしきところには似つかわしくない笑い声が響くのだった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る