春の森

「時間が余ったら高級なやつを作って欲しい」


 とそう言われていたが、〝神竜の爪〟完成の翌日でもあるし、ディアナにことわってから、ちょっとのんびりすることにした。


 とはいえ、テラスでチェアに座ってのんべんだらりというのも、何か違うような気がしたので……。


「やっぱりこの時期の風は気持ちいいなぁ」


 俺は伸びをした。暗い森の中のあちこちに、木漏れ日がスポットライトを当てている。所々で小さな花がその光を浴びていた。

 その花がお辞儀をするかのようにふわりと揺れる。森の中を駆け抜ける風が揺らしたのだが、その風は俺たちに心地よさも運んでくれた。


 魔力の強さから、普通は実ができない時期に植物が実をつけて旬で季節を知ることが難しかったり、葉が落ちない樹木が多くて全体的には暗かったりと、イメージとしては四季がなく陰鬱な〝黒の森〟であるが、実際の所はそれなりに四季の移り変わりというものはある。


〝黒の森〟で四季を実感するのに一番適しているなと思うのは風だ。

 夏の風はうだるような暑さを、秋の風は爽やかさを、冬の風は身を切るような寒さを。

 そして、春は新たな息吹の息づかいを運んでくれるからだ。

 この世界に来てから1年あまりを過ぎたことでやっとこ実感できたのであるが。


 そんなわけで、今日は春の森の散策である。狩りでもないので、みんなワイワイとおしゃべりをしながら森を行く。


「ボクはこういうのはじめて!」


 そう言って一番はしゃいでいるのはマリベルだ。来たときは冬であまり森をうろつけなかったし、帰ってきてからは基本オリハルコンの加工を手伝っていたからなぁ。

 それを見守る家族の目が優しい。クルルの背中にいるハヤテもだ。


 そしてはしゃいでいるマリベルは、ルーシーの背中にいる。今日は少しお姉さんしているルーシーも、身体はすっかり大きくなった。大人のシベリアンハスキーくらいだ。

 シベリアンハスキーは1年~1年半くらいで大人になるとなにかで読んだことがある。それから言えばそろそろ大人になりつつはあっても、まだなりきってはいない頃だろうか。

 雰囲気もどこかシュッとはしてきた。俺たちから見るとまだまだ可愛いのほうが勝っているが。

 人間だと結構複雑なお年頃だ。幸いにして反抗期のようなものはなさそうで、まだ毎朝一緒の水汲みにはついてきてくれる。

 ルーシーが実際には魔物であることを考えれば、まだ大きくなることもありそうだ。ハヤテとマリベルもいるし、小屋の建て替えか増築も視野に入れるか。


「あ、あれなに?」


 マリベルが指さす方を見てみると、木にヒダのようなものがくっついている。前の世界の知識がある俺には近いものが分かった。

 そのものズバリかは分からないが、いわゆるサルノコシカケだ。つまり、ざっくり言ってしまえばキノコである。


「ああ。ありゃあキノコだ」

「ええ~っ! そうなの?」


 説明をして、驚いたマリベルに頷いたのはサーミャだった。数はないが、目立つところにあるから、何度か見かけたことがあるのだろう。


「あれは食えないぞ。薬になるって、うちの爺さんが言ってたけど、使ってるのは見たことないなぁ」


 そう言ってサーミャはチラリとリディの方を見た。別の方を見ていた(多分、薬草を探していたのだろう)リディは、その視線に気がつく。


「故郷でも薬になると言う人と、ならないと言う人とが半々くらいでした」


 そう言って懐かしそうな目をする。それに気がついているのかどうかは分からないが、サーミャが質問を重ねる。


「なんでだ?」

「効果が安定しないんですよ。咳に効くって言うんですけど、同じキノコを煎じたものを飲んでも、治ったり治らなかったりみたいな感じで……」

「へぇ、じゃあこれを持って帰るのは見送ったほうが良いのか」


 サーミャがやや未練がましげな目でキノコを見る。リディは微笑みながら言った。


「そうですね」

「だってさ」


 サーミャがマリベルのほうを見た。だが、面白いものでは無いと知ったからか、既に末の娘の興味は別のものに移っている。


「ふーん。あ、あれはなに?」


 その質問に少し苦笑をしながら、誰かが答える。そんな感じで、ゆるゆると春の風にあたりながら、俺たちは〝黒の森〟を進んでいった。

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