連載4周年記念特別編:旅の途上で

今回は特別編となります。本編の時間軸とは少し外れたお話になりますので、予めご了承ください。

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 ぺちぺちと、頬を叩く感触がある。そっと目を開けると、緑の髪の少女が馬乗りになっていた。


「起きた?」


 俺は頷く。すると、少女はにんまりと笑って俺の上から飛びおり、外へ駆け出していく。


「おかーーちゃーん! おとうちゃん起きた―!!」


 今のは起きた、ではなく起こした、であって認識に大きな齟齬が発生しているようだが、愛娘のやることなので気にしないことにした。


 のそりとベッドから体を起こし、傍らにおいてあったベストを羽織って外に出る。

 太陽が地平線の向こうから少しだけ顔を覗かせて、世界を赤く染めている。


「みんな、おはよう」


 俺が言うと、緑の髪の少女――クルルと、灰色の髪の少女――ルーシーが、


「おはよーーー!」


 と言って飛びついてきた。俺は起き抜けでそれを受け止める。昨晩火を焚いていたところでは、ヘレンが火の加減を調節し、リケが火にかけた鍋になにかの具材を入れている。

 昨日リディが見つけてはしゃいでいたキノコだろうか。あれは結構美味かった。専門家でないと毒かどうかの判断が厳しいのは間違いないので、自分で探そうとは思わないが。


 少し離れたところではディアナとアンネが馬にブラシをかけてやっている。

 芦毛でがっしりした体格の牝馬2頭で「パンサ」と「マンチャ」という名前だ。俺が提案して、家族の同意で決まった。元ネタがオッさん2人であることは家族には言っていない。

 前の世界の日本にあるテーマパークのキャラクターからだと思えば多少はオッさんイメージも軽減するだろう。


 2頭は今回、旅行に出るにあたってカミロから借り受けた。一応この旅行が終わったら返すことにはなっているが……。

 今、それぞれのところへ嬉しそうに走っていった愛娘を見れば、買い取ることになるだろうことは誰にでも予想ができるな。カミロからはどっちでもいいぞ、と言われている。

 もう決まってるようなものだが、一応帰るまでにどうするかは決めておかないといけないな。


 そう、俺達はちょっと長めの旅行に出ている。元は「エイゾウの生まれ故郷が見てみたい」という家族の要望によるものだ。

 大口の納品を終えるところでもあったし、ちょうどいいのでカミロにはしばらく辛抱してもらうことにして、思い切って旅に出たのである。


 そして今は王国と北方の間あたりで、ひらけていて水場もそう遠くないことから、ここで野営することにしたのだ。


 俺はぐっと伸びをする。森のものとは違った、だが同じように澄んだ空気が肺を満たす。


「父上、どうぞ」


 まだ年若いリザードマンの女性、ハヤテがタオルを差し出してくれる。朝飯前の身支度を済ませないといけないな。


「ありがとう、ハヤテ」

「いえ」


 ハヤテの表情は読みにくい。だが、彼女の尻尾が如実に心情を物語ってしまっている。今は結構な勢いでブンブンと振られているので結構喜んでいるな。

 彼女はすぐに馬車に積む荷物の確認をしているサーミャとリディのところへ向かった。


 桶に用意されている水で顔を洗う。朝の澄んだ空気で冷えた水が、まだ少しぼやけていた意識をはっきりさせた。

 タオルで顔を拭くと、いよいよ目が覚める。


「んっふっふ。あたしがいて良かったでしょ?」

「そうだな、めちゃくちゃ助かってるよ」


 マリベルがタオルを引き取りに来た。炎の精霊の彼女がいてくれるおかげで、我々は洗濯のタイミングに困ることが少ない。彼女がうまいこと乾かしてくれるからだ。

 純粋な魔法の炎をそういうことに使うのはどうかと思わないではないが……背に腹は代えられないし、本人的にも、


「え? 別にいいんじゃない?」


 とのことだし、「役に立てる」と喜んでいるので誰もなにも言えずに過ごしている。


「向こうでカレンとアラシが待ってるんだっけ?」


 馬の手入れを終えたディアナが聞いてきた。俺は頷く。


「うん、そう聞いてる。最初の街に逗留してるから、そこで合流しようって手紙が来た」

「楽しみね」

「そうだな」


 背後から「おとうちゃん! ごはんだよ!」と叫ぶ愛娘の声。振り返ると、皆がニコニコしながら、朝食の開始を待っていた。

 ほんの僅か違和感を覚えながら、俺は前からこうだったはずだと自分に言い聞かせながら、家族の元へと向かった。


 さあ、一日の始まりだ。


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連載が4周年を迎えました。ここまで続けてこられたのも、読者の皆様のおかげです。

このところおやすみを多く戴いておりますが、5年目も投稿は続けてまいりますので、どうぞこれからも宜しくお願い致します。

 



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