守るために

 パシッと鋭い音が森を渡る。一部が森の木々にこだまし空気を震わせていた。

 今のはサーミャがスリングで投石したときに響いた音だ。彼女は弓を扱い慣れているからか、器用に的に命中させている。

 当たるたびに娘達3人がそれぞれの声でキャッキャとはしゃいだ。


「流石だな」


 とは少し後ろに下がって腕を組んで見守っているヘレンの評である。ヘレンは俺のほうを見ずに続ける。


「ほとんど初めてであれだけ当てられたら上出来だよ」

「だろうな」


 ヘレンのサーミャに対する評価には同意する他ない。鍛冶のような専門技術が必要なものはともかく、そうでないものについてサーミャはなんでも器用にこなす。

 その意味ではうちの家族で一番だろう。今も試してみる前に2、3コツをヘレンから聞いただけで、ポンポンと的に命中させ、そのたびに娘達が沸いていた。


 ディアナも時折外すものの、大体的の辺りにはまとまっている。狩りに使うならもう少し練習が必要そうだが、ここを守るための牽制でなら十分すぎるくらいの精度だ。


「守る、か……」


 ピシッという音が響く中、俺は小さな声で言った。今のところは鳴子やこうした備えは「考えすぎ」と言われてもしかたないところではある。

 それでも少数精鋭で来られた場合の備え、あるいは魔物に対しての備えはあってもいいだろうし、接近しない攻撃手段はあって困るものではない。なるべくなら使わないに越したことはないのだが。


「逆茂木まではやりすぎかな」

「あー……」


 ヘレンが少し頭を掻いた。逆茂木は先を尖らせた木の枝を相手側――うちの場合は外へ向けて――設置し、侵入を防ぐものだ。前の世界でも歴史的にはかなり古いものである。

 魔物への対応というなら、バリケード的に逆茂木を設置するのもありなのではと考えたのだ。それに人間相手にも役に立つはずだし。

 どっちも逆茂木程度で諦めてくれるかは別の話だが。労多くして功少なしとなってもなぁ。それにそういったものを設置して事故が起きないという保証も無い。命を落とすところまではいかないだろうが。


「意味が無いことはないと思うけど、手入れが大変だろ」

「あー……」


 今度は俺が頭を掻く番だった。なるほど、前の世界での日本の森ほどの湿度がないとは言っても木製ならそれなりに傷むだろうし、それを補修整備する必要がある。

 そんなにしょっちゅうやらなければいけないものではないが、設置の手間に手入れの手間というコストをかけてまで設置しなければいけなさそうかと言われるとなぁ……。


「そういうのは相手がよほど大軍で来るのが分かってるときで良いと思うぜ。その時はこの周りだけじゃなくて、もう少し遠くにも設置することになるだろうけど」

「なるほど」


 俺は頷いた。いや、正確には鉄条網の存在が頭を過ったのだが。俺ならほぼ間違いなく作れるだろう。有刺鉄線もトゲのものと剃刀状のものがあるが、どちらでも問題ないに違いない。

 ただ、この世界ではかなり先のものになってくるだろう。この森の中だけならとも思ったが、皆いつここを出て行くとも知れないわけだし、余計なものを教えてしまったあとで口止め、というのも心苦しい。


「ま、ここにはアタイもついてんだ。滅多なことにゃさせないさ」


 今も石を投げ続けている皆を見るヘレンの目がスッと細められた。少なくともこの地域最強の彼女がいるのであれば、相手はそれ以上の戦力も用意しなければならないだろう。


「それもそうだな」


 俺がそう言うと、ヘレンは「そうかそうか」と笑って、珍しく俺の肩をバシバシと叩く。

 ディアナのそれとは違う衝撃と痛み。普通なら不快に感じるのであろうそれに、俺は頼もしさを覚えるのだった。

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