脱衣所

 のんびりと、しかし、確実に湯殿と渡り廊下の建築は進んでいく。作業をはじめて1週間を迎える頃、湯殿は外観も出来てきていた。

 監修を任されたカレンが張り切ったのか、正面には和風……いや、北方風の破風はふっぽいものも設置されている。それもあって全体的に北方な印象を受ける。

 いや、なかなか良いものだなと思って眺めていると、隣に来て屋根を見上げながらディアナが言った。


「湯船の周りはまだなんだけどね」

「じゃあ、脱衣所のあたりはもう出来たのか?」

「ええ」


 ディアナが胸を張って答える。他の家族も誇らしげにしている。それでは、ということで確認も兼ねて、脱衣所まで入れてもらうことになった。

 入り口は正面の時点で男女に分かれている。今回は広いほう、つまり、女風呂のほうに入っていく。今しか入れないからな。

 なんとなく悪いことをしているような気分になりながら、北方とこのあたりの文字で「女」と書かれた入り口を入り、すぐのところにある引き戸を開ける。戸には鳴子が取り付けてあって、それが派手に鳴り響いた。万一誰か入ってきたらこれで分かる、というわけだ。

 ここに戸があるのは排水池に動物たちが入っているのを鑑みて、湯殿には入って来ないようにするためである。向こうは向こうで折を見て拡張して入れる数をふやせないか検討しよう……。

 恐る恐る中に入った俺の目があるものを捉えた。立方体の箱が並んだ形をした棚がある。下段に小さい箱が、上段にはそれが大きくなった箱が並んでいた。


「おお、ちゃんと下足箱が別にある」

「ゲソクバコ……ですか?」


 俺が感心すると、リディが小首をかしげた。ここらだと裸になるときは全部まとめるのが普通だから馴染みがないか。うちでは俺も脱がないし。


「脱いだ靴を入れておくところだよ。脱いだ服を入れておくとことは別になってる」

「へぇ」


 前の世界では確か元は脱いだ草履だの下駄だのを言わば人質のように預かっておく意味があったとかなんとか聞いたことがある。真偽の程は定かではないが。

 下足箱、といえば木札の鍵が定番ではあるのだが、ここのには戸はなく開口したままだ。基本家族しか使わないしなぁ。


「さすが、お目が高いですね師匠」

「いやぁ、北方人的には気になるよなぁ」


 カレンに言われて頭をかきかき、ぐるりと目をやると脱衣所の隅にちょっと中途半端な大きさのベンチが2つほど設えられている。多分、あれは端材でリケあたりが作ったのだろう。端材だから大きさが中途半端なんだな。温泉で火照った身体を冷ますにはちょうど良さそうだ。


「良いじゃないか。男湯のほうも同じになってるんだろ?」

「ええ。大きさが違ってて左右対称なだけで同じですよ」


 俺が聞くと、リケが答えた。基本そこを俺1人で使うことになる。ちなみに、1つだけにして時間で男女を分けることをしなかったのは、男の客が来たときに面倒がないようにすることがまず1つある。

 他には広いところを贅沢に1人で使うのは俺の気が引けるのと、気分的なものでおっさんと共用は嫌だろう、ということでそうしたのだが、別にしてあるのはそれはそれでなんだか申し訳ない気になってくるな。


「自分で図を作っておいてなんだけど、出来上がってくると印象が違うなぁ」


 なんとなし、感慨深い気持ちになりながら、湯船の方の入り口に立つと突然景色が抜けた。

 まだ湯船のところまでの床(少し高くして排水できるようにする)と、壁が出来ていないから、森の景色が広がっていて、その中にぽつんと浴槽が鎮座している。これはこれで風流、と言えなくもないが……いや、流石に駄目だな。俺は苦笑しながら頭を振った。


「結構適当にぶん投げたのに、良く出来てる。良いと思うよ」


 俺が振り返ってそう言うと、湯殿を作っていた皆から歓声が上がる。


「それじゃあ、明日は休みにするか」

「いいのか?」


 サーミャが目を輝かせた。狩りに行くタイミングを見計らっていたのだろう。次のにはカレンも連れて行く約束をしていたから、待ち遠しかったに違いない。


「ああ」


 サーミャに俺が頷くと、案の定サーミャを含めた皆はそれじゃあ狩りに行くか、誰が何をして……という話をはじめる。

 今後はここがそういう話をする場になるのかな。そんなことを思いながら、俺達は湯殿を後にした。

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