宴とその後
ざばり、と汲んだばかりの井戸水を頭からかぶる。夏の暑さを知らぬかのように冷たい水が素肌を流れ落ちる。それは気温と今日の討伐で火照った身体を清め、冷やしてくれた。
と言っても、30歳(中身は40歳)のオッさんの素肌ではあるのだが。俺が先に身体を綺麗にさせてもらって、夕食の準備をはじめる。
その準備の間が女性陣、つまりはクルルやルーシーも含めて俺以外の全員ということだが、彼女たちの順番だ。
俺は濡らした身体を濡れた布でこすった後、もう一度頭から水をかぶって、濡れた身体を乾いた布で拭いた。
風呂でなくてもさっぱりした気分にはなるし、これでも十分と思えなくもない。しかし、温泉が湧くところがあるときくと、それが恋しいのも確かだ。
俺は若干の寂寥感も覚えつつ、着替えに用意した服を着て、倉庫に寄ってから家に戻った。
今日の夕飯は豪勢にする。とはいっても“黒の森”にぽつんとある我が家である。今から街へ買い出しにも行けないので、倉庫の肉と調味料をふんだんに使うのと、量を多くするのとだ。
胡椒マシマシでパストラミみたいにはしないにしても、いろんな味の品があるだけで、それなりに豪勢とは言えるし。
まだ焼くだけでも食えそうな猪肉を味噌焼きにしたり、干された鹿肉をワイン煮のようにしたりする傍らで、無発酵パンを焼いたりと準備を進める。
アレコレと作業をしていても、時々は手の空く時間が出てくる。最初は「にがりがあれば大豆と井戸水で豆腐ができそうだな」とか、「あの洞窟の深さくらい掘れば、ある程度気温の低い貯蔵庫が作れるんじゃ」とか、生活に関してとりとめのないことが頭をよぎった。
いや、正確に言えば、あえて考えを頭から押し出していたのだが、すぐに思考は「今夜リュイサさんが何を言ってくるのか」になってしまう。
あの様子だと俺にだけ伝えたい、あるいは伝えるべきことなのだろう。そして、リュイサさんは俺がこの場にいる理由……つまり転生してきたということを知っている。まぁ“森の主”の管理領域に、唐突に鍛冶場つきの家が出現すれば、それが分からんはずもないのだが。
となれば、その辺の何かの話なんだろうな。一度居住許可は出してくれたわけなので、朝令暮改に「出ていけ」と言われることはないだろうが、それでもその可能性がないという保証は誰もしてくれないのだ。不安にもなろうというものである。
「ま、なるようにしかならんか」
コトコトと湯気を立てる鍋をかき回して、俺はひとりごちた。せっかく貰った余生だし、なるべく穏便にかつのんびりと過ごしたいと思ってきた。
しかし、あんまり意識したくはないことだが、それでも俺はこの世界から見てストレンジャーであることには違いない。家主から出て行けと言われれば大人しくそれに従って、なんとかしていこう。
そして、また一から“いつも”を作っていくのだ。その時に誰がついてきてくれるだろうか。
そう思ったとき、ガチャリと家の扉が開いて、サーミャが顔を出した。鍛冶場の方からくぐもった鳴子の音が聞こえる。
「お、いたいた。みんな終わったぜ」
「おう、こっちももうほとんど済んでるから、運び出してくれ」
頭から暗くなりがちな思考を追い出して、俺は努めて明るく言った。サーミャには大きな感情の動きを察知されてしまうからな。杞憂かも知れないことで心配させるのもなんだし。
「おう。おーい、エイゾウのメシもいいって!」
一瞬サーミャは怪訝そうな顔をしたが、扉の向こうにいる皆に声をかける。すぐに皆がドヤドヤと入ってきて、準備してある料理を外のテラスに運び出していく。
これが最後の宴になるかも知れないな、そんなことを思いながら、俺も料理を持ってテラスに運んだ。
「それでは、討伐成功を祝して乾杯!」
『かんぱーい!』
我が家流で始まった討伐成功の宴会はこうして始まり、そして盛り上がった。心のどこかにわずかばかり残った恐怖を流すには一番いい方法だ、と俺は思っている。
ワイワイと話をしながら食べ物を食べた。いつもの味と言っていいくらいに食べてきたが、シチュエーションが違うと若干美味さも変わってくるな気がする。ましてや今は身体が欲している状態だから尚更だ。
結構な量を作ったつもりだったのだが、皆でモリモリと食べると、食事はあっという間に無くなった。
普段ならすぐに片付けてお開きなのだが、今日はなんとなく皆そのままおしゃべりを続けている。
やがてヘレンが歌を口ずさみ始めると、それに合わせてサーミャがテーブルを叩いてリズムをとる。リケとリディはそれぞれの踊りを庭で焚いていた火の周りで踊り、続いてディアナとアンネが貴族のダンスを披露する。
俺たち家族の、いつもとはちょっと違う、しかし、素敵な時間はこうして過ぎていった。
そして夜半。俺はふと目を覚ますと、まっすぐに家の外に出る。暗いが勝手知ったると言っていいくらいには馴染んだ我が家だ、けつまずいたりすることなく、表に出る。
今は前の世界で言えば何時なのだろうか。月が中天に差し掛かっていて、月明かりが庭を照らしている。草花が青白い光を反射して幻想的だ。
その庭に、俺は1人の影を認めた。影にはもちろん見覚えがある。
「リュイサさん」
「こんばんは、エイゾウくん」
リュイサさんはニッコリと微笑んだ。
「それじゃ、早速お話を始めようかしら」
月を背負ってそう言ったリュイサさんに何故か迫力を感じ、俺はゴクリとつばを飲み込んだ。
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