行軍
俺たちは狩りのときにもしないようなフル武装をして“黒の森”を進んでいく。いつもなら狼の群れにあたらないか、猪や大黒熊に出くわさないかを警戒しながら進むのだが、今は違う。
俺たちの装備が大きな音を立てて、熊よけの鈴のようになっているからということもあるが、一番の理由は先導しているのがこの森の主――リュイサさんだからだ。
まさか森の主にちょっかいをかけようというものはそうはいまい。いたとすれば澱んだ魔力から生まれた魔物くらいだが、今回
ちなみに、現地までテレポートみたいなので移動せず、徒歩で移動しているのはなぜかと言うと、「自分1人ならともかく、他の人間を伴う場合は色々問題があるし手間がかかる」からだとか。
俺は思わず、「他人を伴うときはテレポート利用許可申請書を書いて捺印が必要」みたいなイメージを浮かべてしまった。まだまだ前の世界の感覚が抜けていない。
「こういうときにリュイサさんに聞くのも何かとは思うんですけど」
「あら、いいわよ」
見た目には平和そのものの森の中を歩きながら俺がおずおずと切り出すと、リュイサさんは気軽に応じてくれた。俺たちの緊張をほぐそうとしてくれているというよりは、単にこれが彼女の素なんだと思う。
「澱んだ魔力から生まれるにせよ、澱んだ魔力によって変性するにせよ、どうしたって魔物が発生してしまうのは正しいですよね?」
「そうね」
なるべくジゼルさんたち妖精族が魔力の澱みが出ないように日々腐心しているが、それでも全てを防ぎ切るのは不可能だ。……うちのルーシーのように。
「今回は厄介なのが発生したから我々の出番なわけですけど、そうでもない場合はどうしてるんです?」
「んー……」
リュイサさんは少し考え込んだ。知らない、というわけではないだろう。俺たちに言っていいかどうかを悩んでいるのだと思う。
「ま、エイゾウくんたちならいいか。私はどうもしないわよ」
「えっ」
しれっと言い放つリュイサさんに俺は足を止めかけた。まさかの放置である。
「大抵は狼さんたちに当たって倒されるわ。弱いのは鹿ちゃんが倒しちゃうし、ごくごく稀にだけど出くわした獣人さんが片付けることもある」
俺は少し後ろにいるサーミャの方を振り返った。目を丸くして首を横に振っている。少なくともサーミャは聞いたことがないのか。
「獣人さんが出くわすのは100年に1回もないから、サーミャちゃんは知らないかもねえ。そこに私は関与しないし」
俺の動きに気づいて、リュイサさんはそう付け足す。俺は少し身を縮こませた。サーミャは口を尖らせる。
しかし、鹿に倒されるくらい弱い魔物というのは若干語弊があるな、と俺は思った。この森には角鹿と呼ばれる気性の荒い鹿がいる。サーミャによれば「結構厄介」らしいので、どちらかというと「魔物を倒してしまうような鹿がいる」のだ、この森には。
もしかすると角鹿がこの森にいる理由はそれなのかもしれない。大きな生命体としての森の自己防衛機能、それに角鹿が含まれるというのは、そう突飛な発想でもないだろう。
リュイサさんはクスリと小さく笑ってから続けた。
「多少強くても熊ちゃんが倒しちゃうからね」
「なるほど。あれは強いですからね」
俺が頷きながら言うと、リュイサさんも頷いた。魔物になりかけていたのか、はたまた純粋に強かったのかはともかく、俺は一度1対1でやりあったことがある。最初に死ぬ可能性を考えたのはあの時だ。2回目はあっさり倒せてしまったが、あの時は俺1人じゃなかったし、ヘレンもいたから楽に見えただけで強敵であるのは間違いない。
魔力が動物に影響して生まれた魔物の場合はともかく、魔力から直接生まれた魔物の場合は“死ぬ”と雲散霧消してしまう。それに当たった大黒熊はさぞかしガッカリすることだろう。多少の同情を禁じえない。
さて、翻って考えると今回俺たちが出張る理由とは、まぁ分かってはいたし、やや遠回しに言われてもいたが、「熊でも倒せないから」だろう。つまり、俺たちは少なくとも熊より強い相手を退治しに今向かっているわけだ。
だろうなとは思っていたし、その想定で昨日1日訓練をしたわけだが、いよいよ実感がましてくる。
迂闊に聞かなきゃ良かったかな、そんな若干の後悔を胸に、俺たちは森の中を進んでいく。この森のいつもどおりを取り戻す、そのために。
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