井戸を使い始める
石を積む前に水槽に溜まっている水を桶で汲み出した。もったいないので、汲み出した水は水瓶に入れておく。水瓶はクルルが喜び勇んで運んでくれた。
水が十分に減ったところで水槽を分解する。勝手に壊れない程度にしか作ってなかったので、あっという間にバラバラになった。これはこれでまた再利用する。
分解した水槽のところに石を積んでいく。家族全員でワイワイと「ここにこの石はどうだ」「いや、こっちの方が形が合う」などと言いながら、石を積み重ねていくと、小さな石垣で囲われたようになった。
一番下を石積みにするのは多少は溜まった水が行き来出るようにしておいた方が良いかと思ったからだ。
水の量と質自体には問題ないとはいえ、ずっと溜まったままなのが良いこととも思えないので、ある程度溜まってはいるが水は変わっている謂わば“かけ流し”のような状態にしておこうと思ったわけである。
最悪でも木製の水槽を沈めて水の行き来を減らすことは出来そうだし。
石垣の外側は掘り出した砂と土で埋めていく。石垣の高さまで埋め戻したら、次からは板塀を作って高くしていくのだ。上の方までは水が溜まらない想定なので、板で土が崩れるのを防ぐようにしておけば平気だろう。
この日は結局石積み部分の埋め戻しまでで作業を終えた。これだけ進めば作業の進み具合としては十分だ。
それに井戸というか水汲み場としてはもう使える状態と言えなくもない。毎回ここまで降りてくる必要があって多少面倒なだけで。前の世界でもこれに近いような場所をテレビ番組で見たような記憶がある。
ただ、逆に言えば深さをつけていくと水面まで届かなくなるので、そうなったら早いとこ各種設備を備えていくのがいいだろうな。
翌朝、水を汲みに行く前に様子を見てみると、狙ったとおり石積みにした部分に水が溜まっていた。結構な量なのでそちらの水を汲み出せば湖まで行く必要もなさそうだが、湖へいくのはクルルとルーシーの散歩も兼ねているし、体を洗ってやるのはここでは出来ない。
俺にしても普段の仕事で体は動かしているが、歩くということもしておいた方が良さそうに思えるし。
何よりも彼女たちがまだかまだかと心待ちにしている。クルルは縄で繋いだ水瓶を自分で首にかけて、ルーシーはその隣で小さな瓶を口にくわえて尻尾をブンブンと振り回している。
この状況で「今日からは湖へは行かないよ」と言って彼女たちをガッカリさせられるだろうか。少なくとも俺には無理だ。
そんなわけで、俺の中では今後ずっと水汲みは続けることにした。少なくともあそこまで歩けなくならないうちは続けようと思う。いや、もしかしたらクルルの牽く車に乗って行ってるかも知れないな。
そんな少し幸せな将来の夢を考えながら、俺と娘達は湖へと向かっていった。
今日の作業は木の板を板塀に組んでいく組と埋め戻しを進めていく組に分かれる。板塀は杭を打ってそこに板をピッチリと積み上げていく。土留めにしたよりも板に精度が必要だが、俺が板を切り出せば生産のチートが働いてくれて量産できた。
板塀を作っていくのはヘレンとアンネに任せたが、力の強さというよりは身長の方である。梯子や脚立なしでそれなりの高さまで作業できるならそれに越したことはない。
埋め戻しはそれ以外のみんな共同だ。ヘレンとアンネにとって「自分が掘った穴を自分で埋め戻す」ことにならなかったのはたまたまだが、結果としては良かったかも知れない。
こうして作業を続けて、間に一度納品を挟みつつ(カミロ曰くは新婚さん達も含めて“世はなべてことも無し”だそうだ。まあ、そうそう問題が起きてても困る)、数日の後に埋め戻しが終わった。
そのあと、井戸の穴を囲うように柵というか台というか、よく桶が置いてあったりするあの部分を作った。間違って落ちたりしないように今は木の板で作った蓋を被せてある。脇には縄でくくった桶。
滑車や屋根はなくても、見た目にはもう立派な井戸である。完成したそれを見て、皆がパチパチと拍手をし、クルルとルーシーも拍手の代わりに鳴いている。
「なんとか間に合ったかな……」
俺は額からしたたり落ちる汗を拭きながら言った。周りを見回せばいつもよりも木々の葉も青々しさを増しているようにも感じる。もうすっかり夏だな。
多少間に合ってない感じはあるが、今日明日にでも気温が下がるわけでもないし、間に合ったと評しても良かろう。
「最初はエイゾウがやりなよ」
「それじゃ、僭越ながら」
サーミャに言われたので、俺は蓋を除けて、桶を井戸に落とした。バシャンと音が響く。縄を揺らして桶に水を入れると、縄を引っ張って桶を引き上げていく。
ずっしりとした重さを感じながら引き上げていくと、俺の前に桶が姿を現した。中には澄んだ水がなみなみと湛えられている。
「まだまだ作るものはあるけど、とりあえず完成だ」
俺は足下に寄ってきたルーシーに桶の水をかけてやった。気持ちよさそうにしていたルーシーがブルルと体を振るうと、水があたりに飛び散り、悲鳴のような喜びのような、そんな声が森に響くのだった。
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