妖精さん、街を見る
「そろそろ着くので、いったん隠れておいてください」
『はーい』
俺が声をかけると、2人はスッとその姿を消した。しかし、俺からは相変わらず薄っすらと魔力が見えている。
ルーシーは2人のいる辺りをクンクンしたあと、ディアナの足下で丸まった。消え去ったわけではなく、見えなくなっただけでその場にいることを理解したのだろう。彼女は魔物ではあるが、魔力の感知はあまり得意ではないらしい。
それでも、「見えなくなっただけだ」というのが分かるだけでも十分に賢いと言えよう。親バカかも知れんが。
街の入口の衛兵さんに軽く手を上げて挨拶をすると、鷹揚に手を上げて返してくれた。もうここはほぼ顔パスだな。
街に入るとディアナの足下にいたルーシーがスッと起き上がって外を眺めはじめる。薄っすらと見えている妖精2人もルーシーの左右に移動したのが分かった。
「わー。人がいっぱいだ」
「凄いね」
「はじめて見た」
「ねー」
小さな声でコショコショと話をしている。ルーシーは顔が見えないが、尻尾をパタパタとご機嫌だ。露天の強面のオッさんが見えると、
「わん!」
と鳴いた。それに驚いたのか、一瞬だけ妖精さん達の“姿隠し”が弱まる。とは言え、いると思って見ていないと分からないほどの間だったし、姿もほんの少ししか見えていないので、ほとんどの人にとっては見間違いか何かに見えたことだろう。
視界の端でルーシーの鳴き声で気がついたオッさんがルーシーに手を振るのが見えたが、驚いた顔でもないので妖精さん達は見えてないらしい。
後はバリバリに魔法が使えるような人間(とかドワーフとかエルフとか)がいれば別だろうが、こういうところに来る可能性は限りなく低い。
「はー、びっくりした」
ディーピカさんの声が小さく聞こえると、ルーシーが尻尾を下げて「キューン」と鳴く。
「ごめんごめん、大丈夫だよ」
再びディーピカさんの声が聞こえて、ルーシーの頭の毛がもふもふと動いた。どうやら頭をなでているらしい。それでルーシーはすっかり機嫌を直し、尻尾のパタパタがはじまった。
「丁稚さんには見せないほうが良いかなぁ」
「驚くから止めといたほうが良いんじゃない?」
「だよなぁ」
俺の言葉にはディアナが答えた。あの純朴そうな少年を驚かせて楽しむような趣味はない。彼がいずれ成長したら別だが、今のところは内緒でもいいだろう。
「カミロには会わせるつもりだが」
「何かあったときの援助を頼むなら、そのほうが良いでしょうね」
「基本的にはうちで賄えるとは思うけど、うちにない物資が必要になった場合には頼らざるを得ないからな」
俺が言うとディアナが頷く。最終的には生活のほとんどを自給自足できればいいと思っているが、そうはいかないものもある。例えば塩だ。岩塩でも見つかれば別だが、今のところは購入するより他にない。
そういったもので、妖精さん関連のものが必要になるとすれば急を要するだろう。その時になってはじめて説明するのも時間が惜しい。
今日みたいに余裕があって、且つ本人たちもいるときのほうが話も通しておきやすい。もちろん、本人たちさえ良ければ、の話だ
なので、カミロの店に到着する直前、俺は2人に聞いてみた。
「良いですよ!」
薄っすらとだけ見えるリージャさんからあっさりと元気な返事が返ってきた。いいのか。
「いることを知られてはいけない、とかそういうのは……」
「ないです!」
「さいですか……」
俺の心配は全て杞憂だったらしい。
「とは言っても、あまり知られすぎるのはよくありません。我々がどうやら珍しい種族であると言うのは自覚してますからね」
「なるほど」
釘を差すようにディーピカさんが付け足した。姿を消せるのに草原に行ったことがないのは自衛のためのようだ。そもそも人前に姿をあらわすのも相当な珍事であるらしいことを忘れていた。
2人が気安いので勘違いしそうになるが、保守的な妖精さんならついて来なかったりするのだろう。
「お2人に会わせるやつの口の硬さは保証しますよ。おいそれと漏らすようなやつじゃありません」
ホイホイ秘密を漏らすようなやつが商人として大成できるはずもないしな。
「わかりました」
ほんの少し緊張を残した声でディーピカさんが答える。竜車はカミロの店に到着した。
さて、丁稚さんにはいつもどおりとして、カミロにはどう紹介しようか。そう考えながら、俺はいつもどおりの風景を眺めた。
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