守り刀

 昼飯を食い終わった俺達は再び鍛冶場に戻ってきた。リケはナイフの量産を、俺は守り刀の仕上げをすることにした。

 守り刀を仕上げる前、俺はリケに聞いてみる。


「これをもう1つ作って、そっちの刃なんかにヒヒイロカネ使うのは無しだよなぁ」

「……そこまでやっちゃうと、家宝が変わってしまいません?」

「だよな」


 ただでさえ指輪がメギスチウム製+妖精の祝福という天井知らずの貴重品になっているのに、そこへ追加で「ヒヒイロカネを使った短刀をあげるね!」なんてのは流石にマズいよな。

 リケが言うように、エイムール家の家宝が例の剣からそっちに変わりかねない。国王陛下から下賜されたものと言う由来があるので、おいそれとは変わらないだろうが。

 今の家宝は俺が打ったもので下賜されたものではなくなっているとしても、建前上はそのまま続いてるからな。


 それとは別にヒヒイロカネの加工方法については確立していかなければならないのだが。それは追々じっくりと取り掛かるつもりである。


「とりあえずこっちの仕上げをするか……」

「そうですね。私もこっちをやっつけます」


 俺は守り刀を、リケは板金をそれぞれ持ち、自分の作業に戻った。


 守り刀の形と表面を整えるところまでは昼までにできている。なので、焼刃土を刀身に置いていく。これで焼入れをすれば、刀と同じように鋼の組織に違いができて刃文が出る。

 土を置き終えたら、俺は一旦湯を沸かしに台所へ向かった。普段焼入れには水を使っている。焼入れで冷却するとき、土を置いたところとそうでないところは冷却速度が違うので反りが入るわけだ。

 逆に言えば、冷却速度が違わないようにすれば反りはあまり入らない。なので焼入れには鉱物油などを使い、全体にゆっくり冷却されるようにしたりするのだが、あいにくうちにはそういったものがない。

 なので、湯で冷却することで油冷と同じ効果を狙うわけである。湯温は沸騰するほどではないが、手を入れれば確実に火傷するくらいの温度に調整が必要で、これから刀身の加熱をしている間に下がる分も計算に入れる必要がある。

 まぁ、その辺は俺の場合チートがあるので随分と楽させてもらっている。


 ジリジリと土を置いた刀身を火床で加熱していく。焼入れに適した温度になる直前に、沸かした湯を入れておいた瓶をチラッと確認すると、丁度いい温度になっているようだ。

 火床から取り出した刀身を、俺はその瓶に縦に突き刺すように入れる。ジュウと言う音が響き、刀身からヤットコを伝って俺の手に冷えていく感覚が伝わってくる。

 それはチートによって、今の状態はどうなっているのか、どのタイミングで取り出すべきかを俺に伝えている。

 その伝えられたタイミングで瓶から取り出すと、ほんのわずかだけ反っている短刀の刀身が現れた。どうやら上手くいったようだ。


 その後、火床の火で軽く炙るようにして再び加熱し焼戻しをしたら、金床に刀身を置いてわずかな反りやどうしても出てしまう歪みを鎚で直していく。キンキンと鍛冶場に響くリズミカルな音を止めたときには、短刀は真っ直ぐになっていた。

 砥石の番手を荒いものから細いものへと変えていきながら、刀身を磨き、刃を研いでいく。前の世界では包丁であってもそれ専門の職人さんがいるほどの工程なのだが、ここも恩恵にあずかって自分で仕上げていく。


 最後に鉄の棒で表面を磨き、刃文を少し目立たせたら、刀身は完成だ。今回も切っ先は余り出ていないくび切先、刃文はゆったりとしたのたれで仕上げてある。

 余り意識はしていなかったが、前にニルダに作ったものの縮小版のような雰囲気になっている。「特徴で誰の手になるものか分かる」とはよく聞くが、その理由がわかったような気がするな。


 落ちていく日の光に短刀の刀身をかざし、橙の光がキラリと反射したところで、カランコロンと鍛冶場の鳴子が鳴った。狩りに出ていた皆が戻ってきたのだろう。


「残りは明日だな」


 俺はその音を聞いて腰を伸ばしつつ、リケに声をかけて鍛冶場の片付けをはじめるのだった。

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