胸甲

 我がエイゾウ工房は不定休である。うちの場合の不定とは「手が空くか、疲れてきたら休み」と言うことである。

 なので、俺が言い出す以外にも誰かが「休みにしよう」と言えば、よほど納期に追われているとき以外は休みになるのだ。


 そして、基本的にはうちが納期に追われることはない。繁忙期なんかもないし、カミロは「お前が作った分だけ売るから、多かろうが少なかろうが関係ない」というスタンスでいてくれているので、仮に次の納品物がナイフ1本でも文句は言わないだろう。……散々愚痴りはすると思うが。


 つまり、基本的にはいつでも言われれば休みにできるはずなのだが、みんなから言ってきたことはほとんど無い。サーミャが1度か2度言ってきたくらいじゃなかろうか。


 そう、「次はリケの番」と言われてから2週間ほど、納品物に狩りの獲物の引き上げに畑の手入れに、小物の製作にと普通に過ごしてしまった。

 つまり、俺の方から「休みにするか」と言うのも何となく憚られているうちに、それくらいの時間が過ぎてしまったわけである。

 不甲斐ないと言われても仕方の無いことではあるが、さすがにリケとのデート(?)を急かすような真似もなぁ……。


 そんなわけで、また新しい1週間が始まったころ、作業を終えた俺に近づく姿があった。リケ……ではなく、ヘレンである。


「ちょっといいか?」

「おう」

「頼みたいことがあるんだ」

「なんだ? 大体のことなら聞けるぞ」


 俺は汗の流れる顔をタオルで拭きながら言った。家族の頼み事である。俺や家族の誰かが危険になること以外はなんだって聞いてやれる……と思う。


「そのさ……アタイの鎧を作って欲しいんだ」

「鎧を?」


 そう言えば、ヘレンの鎧は帝国の革命騒ぎの時に無くなっている。アンネも剣は持ってきたが、鎧は持ってこなかった。

 後に聞いてみると知らないと言われた。鎧は普通のものだから、そのまま捨てられでもしたのだろう。


「傭兵に戻るのか?」

「……ううん」

「違うのか」


 コクリとヘレンは頷いた。少しの間が開く。


「いついなくなってもおかしくない仕事だけど、あれから結構経つし、何人かに無事を知らせておきたくて」

「なるほど」


 その道行き、鎧なしで剣だけというのも心許ない、と言うことなのだろう。それは理解出来る話ではある。


「張り切ってフルプレートにしてやろうか」

「それじゃろくに歩けねぇだろ。あ、クルルを貸してくれるならいいぞ」

「それはママディアナが悲しむからダメだ」


 俺とヘレンはそう言って笑い合う。


「で、どういうのがいいんだ? 本当にフルプレートがいいならそれでもいいぞ」


 やたらと手間がかかってしまい数が作れないので、うちの製品として作る予定は今のところ無いが、家族が身につけるものなら採算度外視である。フルプレートに凝った細工のヘルムをつけることもやぶさかでは無い。


「そうだな……」


 ヘレンは真剣な顔でおとがいに手を当てて考え込む。傭兵稼業に戻る場合でも、どのみち長距離を移動することも多いのだろうから、あまり重いものは好まなさそうだ。


「胸甲と腕甲、あとは脛当てかな……」

「覆う範囲は?」

「胸と腕はガッチリめで、脛はほどほどでいいよ」

「ふむ。腹は?」

「腹なぁ……」


 再び考え込むヘレン。天を仰いだりしているから、どういう状況が想定されるのか考えているんだろう。

 前のは腹の辺りは鋼でカバーされていなかった。動きを重視して「当たらなければどうと言うことはない」ってことだったのだろうか。


「腹のところはいいや。ディアナのみたいに、胸のところだけで」

「わかった。両胸か? それとも前のみたいに左だけ?」

「両胸で頼む。あれは元々両方あったんだけど、壊れて直すときに片方だけになったんだよ。それでも具合が良かったからそのままにしてただけで」

「そうなのか」

「うん」


 ”迅雷”の隠された秘話……と言うほどでもないかも知れないが、そう言う由縁があったんだな。

 さて、となれば製作する上で最大の障壁が残っている。俺がやってもいいのだろうとは思うが、手段がないわけでもないのにやるのは憚られる。


「……測るのはリケに任せるわ」


 俺が最大の障壁の解決策を言うと、その答えは肩口への強いパンチで返ってくるのだった。

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