昼食
必死に樹鹿を引っ張ってしばらく、毎朝俺が見ている湖へと辿り着いた。なかなかに力と根性のいる作業で、狩りに出ている皆は人数が多いとは言え、毎回こんなことをしているのか。
湖が見えると、どちらともなく足を速めて、ドボンと湖に樹鹿を沈める。
沈む樹鹿を眺め、俺は肩で息をしながらサーミャに聞いた。
「毎回こんな距離移動してんのか?」
「うん」
「みんなが来る前はどうしてたんだ?」
「そりゃあ、湖に近いところで仕留めるんだよ。ポイントはいくつかあるし」
「ああ、そりゃそうか」
「今日は見つけやすいところに行っただけ。エイゾウがいるから曳くにも問題ないと思ったし」
ちゃっかりしてると言うか、何と言うか。この森で暮らすなら、これくらいでないといけないのだろうが。
「後は……」
サーミャがそのまま流れで何かを言いかけるが、途中で止めてしまった。明らかに口を滑らせかけたのだ。
俺はほんのちょっぴりのいたずら心を発揮して聞いてみる。
「後は? なんだ?」
「なんでもねぇよ! いいから飯にしようぜ!」
「うっ」
はたして、それに対する回答は脇腹へいい感じに入ったパンチ。
俺は痛む脇腹をさすりながら、湖のほとりを歩くサーミャの後をついて行った。
樹鹿を仕留めるまでは緊張のし通しだったし、仕留めた後はそれどころではなかったので気がつかなかったが、見ればもう日が中天を少し過ぎている。
その辺りを認識しはじめた途端、俺の胃袋がその中身のなさを嘆きだした。
「あー、確かにすげぇ腹減ってきたな」
「だろ? さすがにあの辺で食う気はしないから、あっちの方で食おう」
「分かった」
スタスタと歩くサーミャ。俺は必死にその後をついて行く。そして沈めた樹鹿が見えるかどうかと言ったあたりで、俺たち2人は腰を落ち着けることにした。
このところ、激しい運動をしていなかった俺の体を気遣ってか、薪拾いはサーミャが買って出てくれた。
彼女が薪を集めてくれている間に、俺は付近の石を集めて小さなかまどを作る。
と言っても、石を3つ4つ並べただけのシンプルなものだ。それでも持ってきた小さなポットを火にかけるくらいの役には立つ。
かまどが出来たら、湖の水をポットに汲んでおく。昼飯(甘辛く煮付けた肉を挟んだ無発酵パン)の出番はもう少し先だな。
そうして準備を進めていると、薪拾いからサーミャが戻ってきた。
「これくらいでいいよな?」
「ああ、この大きさのポットの湯を沸かすなら十分だろ」
かまどに細い薪を入れて、俺の着火の魔法で火を点ける。チロチロと炎が顔を覗かせると、そこに残りの薪をくべて火を大きくした。
火が安定して来たところで、かまどにポットを置く。そんなに長いことは使ってないが、このポットも周囲が煤けて歴戦の如き表情を見せている。
時折、炎の舌がポットの側面を舐めていき、古強者への成長を促しつつ、中の水の温度を上げていた。
炎を眺めながら、俺はふと思い出したことを口にする。
「そう言えば、街へ行くのも今はクルルのおかげですぐに行けるが、最初に2人で行きはじめたときは、徒歩で商品も背負って持って行ってたなぁ」
「ああ、そうだったそうだった。途中でちょっと休み入れたりしてたよな」
「そうそう。ああ、そう言えば……」
そんなに昔の話でもないのに、思い出話というものにはついつい花が咲いてしまうもので、うっかりポットの湯を大幅に失うところだった。
慌ててポットを火からおろして、そこに持ってきたハーブ(目をキラキラさせて「私が調合しますね!」と張り切ってリディがチョイスしたもの)を入れる。雑だがこれでも立派なハーブティーになってくれる……らしい。リディが言ってた。
「いただきます」
「いただきます」
荷物から昼飯を取り出し、ハーブティーをそれぞれのカップに注ぐと、2人で手を合わせた。
最初にハーブティーを飲んでみると、ほのかな草の匂いと甘やかな香り、そして少しの酸味らしき味がして、飲み込んだ後からスゥッと若干の清涼感がやってきた。
「これはいいな」
俺が思わずそう感想を口にすると、サーミャもコクリと茶を飲んで、
「これは美味い」
と言って、昼飯をガブリと豪快に頬張り、
「こっちも美味い」
と笑う。行儀作法としてはダメなのだろうが、この状況でそれを咎めるようなやつは誰もいない。
「そりゃあ良かった。あんまり慌てて食うなよ?」
「分かってるよ」
昼飯の量はそんなに多くはない。ましてや腹ペコの2人ではあっという間に食べ終えてしまった。
「さて……後は帰るだけだな」
火の後始末まで終えた俺はそう言った。それを聞いたサーミャの眉が下がる。
やれやれ、仕方ない。
「でも今すぐに帰っても暇するだけだし、道々で果実でも採りながら帰ろうぜ」
俺の言葉に、サーミャは、
「うん!」
と、見た中でもとびっきりの笑顔で答えた。
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