引き受ける
「では、援助ではなく対価を支払おう」
侯爵がそう言うと、さっき槍を持ってきた使用人さんが今度は革袋を持ってきた。
「金貨である。受け取ってくれ」
「対価であれば遠慮なく頂戴します」
ずっしりとした革袋を使用人さんから受け取って懐におさめる。金貨の枚数はあらためない。こんなところでケチなことをする御仁ではなかろう、と言う信頼でもあるし、ここで不義理を働けばどうなるかわかっているだろうと言う自負でもある。
「では、私への用事はこれで済んだかと思いますので、これにて失礼させていただければと思いますが」
「うむ、そうだな」
俺の言葉に侯爵と皇帝が鷹揚に頷いた。こう言う場に長居は無用だ。残っていたら何を聞かされるかわかったものではない。
「それでは」
中座しようと俺が立ち上がると、同時にアンネも立ち上がった。
「アンネマリー様はもうしばらくこちらにいらしては」
うちに来るとなると、基本的に森と街を往復する生活になる。都に行くこともそんなにないわけで、ましてや帝国となるとほぼ皆無だろう。慰安旅行みたいなもので行くかも知れないが、逆に言えばそれくらいしか機会はない。
旅行に出たとしても、王族と面会なんてことが一介の鍛冶屋とその家族においそれと叶えられるものでもない。
となれば、これは肉親と顔を合わせる残り少ない時間なのだ。少しでも長いこと一緒にいればいいのに。
「いえ、私もここに残る理由がありませんので」
しかし、アンネはそれを断った。少しの決意を秘めた瞳が、俺を見据えた。本人に覚悟があるのなら、それ以上何かを言うのは野暮か。
「左様ですか。それでは、皆様失礼いたします」
そう言って俺は深々と北方式のお辞儀をする。アンネも真似をする。部屋を出る前にカミロに「おやっさんとこ行ってくる。終わったら伯爵閣下の屋敷で落ち合おう」と耳打ちすると、頷いて札を出してきた。通行証だ。
俺はお礼の代わりにカミロの肩を軽く叩いておいた。
扉を出る瞬間、皇帝に声をかけられる。
「おい」
「なんでございましょう?」
「頼んだぞ」
「お任せくださいませ」
それは親としてのものなのか、皇帝としてのものなのか。”きちんとした”発言であれば、このタイミングで声をかけることはないだろうから、前者だと思いたいが、いずれにしてもアンネを無碍に扱うつもりは毛頭ない。俺は皇帝の目を見ながら頷き、皇帝も頷き返して俺とアンネは部屋を後にした。
「さて、それではメシにしましょうか」
扉を締めて、俺は努めて明るくいった。グルグル考え込んでしまいそうなときは、メシをかっ喰らってしまえば大抵のことはどうでも良くなる。俺だけかも知れないが。
「”おやっさんとこ”とおっしゃってましたよね」
「ええ。知人が食堂をしてましてね、そこのメシが美味いんですよ」
「それは楽しみですね」
部屋の外にいた使用人さんの1人に案内されて、廊下を歩きながらそんな会話をする。こうしてるときは年頃の娘さんと言う感じがあるな。……背中の両手剣に目を瞑ればだが。
「それは持っていくんですか?」
「ええ。護身用にはいささか大げさですが、これくらいハッタリが効いていたほうが余計なちょっかいもかけられないかと思いまして」
「なるほど」
「エイゾウさんもそれを持ったままで行くんでしょう?」
「ええ、まあ」
俺も今は”薄氷”を腰に佩いたままでいる。もちろんこのままおやっさんのとこまで行くつもりであった。都は治安が良いとは言っても、女連れが無手でブラブラしてても平気の平左というほどではない。ある程度のトラブルが起こる可能性は十分にある。
アンネとしてもできるだけ自分の身は自分でということだろうか。本人が良いなら良いか。
こうして、傍目にはやたら物騒な2人は侯爵の別邸を後にした。
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