強い雨の降る朝に

 翌朝、この日の雨は一昨日よりも更に強かった。これでは水を汲みに行くのも一苦労だろう。

 なので、水汲みは諦めることにした。


「昨日のうちに行っておいて正解だったな」


 居間の椅子に座って俺はひとりごちた。この様子だと貯水枡にも結構な量溜まるのではないだろうか。そうなれば飲用はともかく、作業につかう水はそちらで賄える。

 廊下の方からゴトリと閂の外れる音がする。誰かが起きてきたんだろう。


「あれ、親方、おはようございます」

「リケか。おはよう」

「親方がこの時間に家にいるなんて珍しいですね」

「今日は水汲みに行かないからな。それでだ」

「ああ、なるほど」


 リケは窓の外をチラリと見て頷いた。雨音でおおよその察しはついただろうが、こうやって見てみるまでは実感しにくいものだ。

 俺も窓の外を見てみる。前の世界で「豪雨」と呼ぶほどではないが、「今日は雨が強いな」と思う程度には降っている。


「じゃ、ちょっと小屋の方行ってくるな」

「お気をつけて」


 リケにそう言うと、俺はルーシー達用にとってある干し肉の塊から今日食べさせる分を切り取って、背嚢に突っ込んだ。タオルもいくつかと、水を満たした水袋、木の板に深めの木皿2枚も入れておく。

 最後に頭から厚めの布を被る。ポンチョの代わりとしてはいささか頼りないが、無いよりはマシだろう。


 雨の中を小屋に向かって歩く。降り続いた雨のせいで足元がぬかるんで来ていて若干不安定だ。この状態から乾くからこの森の土は硬いんだろうか。そのあたりはまた調べないとな。

 コケてしまわないようにソロリソロリと歩いて、普段の倍近い時間(と言ってもすぐそこなので大した時間ではないが)をかけて、小屋にたどり着いた。


「クルルルル」


 小屋にたどり着いた俺をクルルが出迎えてくれる。ベロベロと派手に顔を舐め回された。


「よしよし、先に体を拭いてやるからな」


 持ってきた布の1枚を水袋の水で軽く湿らせて、クルルの体を拭いていく。小屋の床は高さをつけていたおかげで水が直接侵入はしてきていないが、降り続いた雨でじっとりとしていた。来年の雨季が始まるまでに小屋への渡り廊下と一緒に考えないといけないな。

 どのみち汚れてはしまうだろうが、それでも1日1回綺麗にしてやるのとそうでないのとではクルルの気持ちも違うだろう。

 クルルを綺麗にしたあと、さてルーシーに取り掛かるかと見てみる。


「うわぁ……」

「わんわん!」


 嬉しそうに尻尾を振っているルーシーだが、その体は泥だらけだった。クルルが呆れたように鼻から息を吐く。もしかすると本当に呆れているのかも知れないが。

 昨日、雨の中をそのまま走り回ったか、小屋に戻ってからゴロゴロしまくったのだろう。クルルも止めたかも知れないが、これくらいの子狼が言うことを聞くかどうか。


 俺はため息をついて、ルーシーを手招きした。パタパタと尻尾を振ったまま近づいてくる。


「ちょっと我慢しろよ」


 俺はそう言って、水袋の水をルーシーにかけて泥を洗い流した。布で拭くよりこっちのが手っ取り早い。水をかけられたルーシーは体をプルプルと震わせて水を払う。俺は乾いた布でその体を拭いてやった。


「まだ小さいけど、大きくなったら手狭かな?」


 ルーシーを拭いてやりながら、俺は小屋を見回した。まだルーシーが走り回るスペースと、クルルが横になるスペースは十分にある。

 だが、ルーシーが成長した時、どこまで大きくなるかは分からない。母親らしき狼は大型犬と言っていい大きさだったが、魔物化したルーシーが更に大きく、それこそ馬サイズのクルル並に大きくなる可能性だって無くはない。

 そこまで大きくなったら街へ連れて行くのも一苦労だろうなぁ。


 そんな俺の未来への心配をよそに、ルーシーは綺麗になった体で小屋の中を走り回る。それを見ながら、干し肉の塊を切り分けて木の板に置き、木皿に残っていた水袋の水を入れた。


「すまんが、今日はここでおとなしくしていてくれな。外がこんな様子だから、出ないように」

「クルルル」

「わん!」


 俺の言葉に、クルルとルーシーが返事をしてくれた。俺は2人の頭を撫でると、走って家の方に戻るのだった。

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