帝国の状況

 カミロの店に到着して荷車を倉庫に入れたら、皆降りてクルルを荷車から外す。その時、ルーシーはピョンと自分で飛び降りた。

 そこそこの高さがある(自分で飛び乗れないくらいの高さなのは間違いないわけだし)が、特に大きな問題もなく降りられたようだ。

 抱っこして降ろそうとしていたディアナが、寂しいやら嬉しいやらで微妙な表情をしている。魔物だし成長が早いのかも知れないなぁ。


 クルルとルーシーはいつもどおり裏庭でお留守番だ。丁稚さんにお願いして面倒を見てもらう。ルーシーは今日もパタパタと尻尾を振って、遊んでもらえるのを心待ちにしているようだ。

 一方のクルルは木陰に寝そべって、ルーシーの様子を見守り始めた。なんだかすっかりお姉ちゃんが板についてきている。

 そんな様子にほのぼのしながら、俺たちは商談室へ向かった。


 商談室に入ると、ほとんどすぐにカミロが現れた。忙しいはずなのにマメだな。


「どうだい、調子は」

「順調だよ。ようやく共和国にも販路が出来たし」

「へぇ、そいつはおめでとう」

「ありがとよ」


 カミロは照れているのか、口ひげをさすった。どんどん事業を拡大出来ているのは純粋に凄いな。


「だから、これからもお前には頑張ってもらわなくちゃいけないんだが、いけるか?」


 先ほどとは打って変わって、ややしおらしい感じに俺の表情を伺いつつカミロが聞いてくる。


「今まで通りの納品量でいいならいくらでも。むしろありがたいくらいだよ」


 いくらウチの製品が良いものだと言っても、売れ行きには限度がある。極端な話だが、王国のすべての家庭に必ず1本うちのナイフがあるなら、それ以上王国内では売れない。

 実際にそうなってしまうことはまずないが、それでも売れ行きはどんどん落ちるのだ。消耗品ではあるが、1ヶ月やそこらでダメになるような品でもないし。

 その場合、新たな売り先を確保しておく必要がある。帝国……はしばらくバタバタしているだろうから、販路を拡げるなら王国に国境を接している中だと共和国になるのは、まぁ必然とは言えるだろう。

 俺が笑って返すと、カミロも


「そうか、それを聞いて安心した」


 と笑うのだった。


「今日は鍬だけだったな?」

「ああ。50本と少し持ってきてる」

「流石だな」


 これは今日の納品の話だ。俺の言葉を聞くと、カミロが番頭さんの方を見る。番頭さんは頷くと部屋を出ていく。数と品質のチェックをしにいったのだ。

 俺たちは数にも品質にも自信がある――チートを使って作ったものなので、そこらの鍬より品質は良いはずである――ので、特に心配はしていない。


「そう言えば、帝国だがな」


 カミロがついでであるかのように話を始めた。今日は俺の隣に座っていたヘレンの体が少し強ばるのが分かった。俺は机の下でそっとヘレンの手に自分の手を重ねる。


「状況は概ね伯爵閣下の説明した通りに推移しているらしい」

「反乱は鎮圧され、皇帝は政治を改め、平穏が戻りつつある?」

「だな。とは言ってもまだゴタゴタはしてるようだ」


 俺の言葉にカミロが頷いた。隣国だし、任務で潜入したとは言え、全く知らぬ土地ではない。そこに比較的速やかに平穏が訪れたのならいいことだ。無論、その影には少なくない犠牲もあるんだろうが……。


「ついこの間の話だからなぁ……」


 あれからそんなには時間が経っていない。そんなに早く話が片付いてしまったら、反乱が帝国側からは茶番でしかなかったことがあちこちにバレてしまうだろう。被害を最小限に抑えつつ、立て直しには不自然でない程度の時間をかける必要がある。

 俺からすれば天上人も同じような人だが、それをこなさなくてはいけない帝国の皇帝に内心でうっすらと同情の念を覚えた。


「それで、一度平穏が戻ってしまえば、ヘレンについては大丈夫になると思う。せっかく平穏になったあとでわざわざ火種を抱え込むこともないし、ヘレンが証言したところで荒れた状態に戻りたいやつはそうそういない。そうしたいやつはあらかた居なくなったわけだし」

「元々、皇帝の臣下に対するポーズなんだろう?」

「まあな。見逃したままなのも不自然、ってだけだからなぁ。機を見て命令は取り消されるはずだ」


 ヘレンがホッとした表情を見せた。ディアナやリケが「良かったわね」と声をかけている。

 命令が取り消されたら、ヘレンはまた傭兵に戻るのだろうか。それならそれでも良い。彼女の帰る家はもうあるんだし。


「そういや、そろそろ雨季だろ? 多分2~3週ほどは納品に来ないと思うんだが、大丈夫か? 困るなら1回くらいは来るが」

「ああ、そうか。もうそんな時期か……。いや、大丈夫だよ。売るものは他にもいっぱいあるし。」


 しばらくの引きこもり宣言については、特に問題ないようだ。まぁうちの商品だけを扱ってるわけでもないしな。

 そこへ、チェックしに行っていた番頭さんが戻ってきた。カミロを見ると頷いている。大丈夫だろうと分かっていてもつい安堵してしまうな。


「いいとこへ戻ってきたな。今日エイゾウのところに渡すやつはいつもより多めにしてやってくれ。その分はキッチリもらうんだぞ」


 カミロが笑いながらそう言うと、番頭さんは察したのか、こちらも笑いながら「分かりました」と再び部屋を出ていった。

 うちとしても備蓄があるとは言え、3週間引きこもる分の補給物資は必要だし助かる。


 その後は再び帝国の話を少しした。帝国から抜け出してきた人が帝国へ戻りつつある(事態が事態だったのでお咎めはないらしい)ことや、逆に普通に商売をしに帝国からやってくる人もいることなんかだ。

 今日は見かけなかったが、帝国に多いと言う巨人族をちょくちょく見かけるらしい。帝国から王国へやってくる中には、ヘレンを狙っているのもいるだろうから、警戒は必要だろうが。


 やがて番頭さんが戻ってきて、俺達は金を受け取り、帰り支度を始めるのだった。

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