王国はこともなし
ガタゴトと馬車が街道を行く。関所を出てからいくらか行けば、街があったはずだ。来るときはそこで1泊して関所に向かったんだったか。
割と人もいるので、帝国で飛ばしたときのようなスピードは出していない。人目を気にせずあのスピードを出すには、量産を待つしかない。
今回で実用に耐えうることは分かったのだし、その日は遠くないだろう。
俺がそうやって楽しみにしていると、カミロとカテリナさんが話を始めた。
「そう言えば、もう動いてるのか?」
「そうですね。あまり大規模ではなかったのですが、都にも気がついた者がいるようです」
「本当にギリギリだったな」
「ええ」
「なんの話だ?」
俺はカミロに聞いた。
「例の侯爵閣下の話しさ」
「ああ……」
混乱に乗じてちょっとばかり帝国の領土をいただく話か。さっきの口ぶりからすると、もう既に部隊は動いたのだろう。
さっきの関所はどうなるんだろうな。どちらにも被害は出てほしくないものだが。
ヘレンのことも考えてそれ以上詳しいことは聞かないでおいた。
関所のあった山が遥か遠くに過ぎていく。少しずつ安全が増してはいくが、完全に安全かと言うとそうではない。
「なあ、ヘレン」
このところの都と街の様子をカテリナさんに聞いているカミロを横目に、馬車に乗ってからすっかりおとなしいヘレンに声を掛けると、ヘレンはこちらを向いた。
「このまま戻ったあと、どうするんだ?」
「うーん……どうしようかな……」
特に何かあるわけではなかったらしい。ヘレンは俯いて考え込み始めた。
「あー……それなんだがな、エイゾウ」
代わりに返事をしたのはカミロだ。
「お前んとこで預かってくれないか?」
「うちで?」
「王国を見渡して一番安全な家ってどこだと思う?」
「……恐らくはうちだろうな」
都に行くときに見える山の天辺に家があるとかでもない限りは、危険な森の中にあるうえ、人よけの魔法まであるうちが王国どころか下手するとこの世界でも有数の安全な家の可能性はある。木造だが。
「迷惑だったら良いよ」
そう答えるのはヘレン。だが俺は首を横に振った。
「迷惑ってことはないさ。ヘレンがいいなら構わない」
「他のみんなは?」
「気にしないと思うぞ」
サーミャ、リケ、ディアナ、リディ、あとはクルル。うちには4人+1頭の家族がいるが、全員そろって人懐っこい。顔を知ってて泊まったこともあるヘレンが、うちの(一時的にかどうかはともかく)家族になることを反対するところは想像できない。
「うちはアレからまた家族が増えてるからな。賑やかだぞ」
「そうなのか。じゃあ、行く」
「決まりだな!」
大きな声でカミロが締め、馬車の上は少し朗らかな雰囲気に包まれた。
その後は俺も加わって街の話を聞いたりする。随分と長く離れていたように思うが、8日かそこらではあるので何か大変なことが発生していたりはしないらしい。
帝国の革命騒ぎも昨日の今日では伝わってくる様子もなく、ただ侯爵がごく小規模な軍をこっそりと動かし、耳聡いものたちがそれに気がついて何事だろうかと色めき立っているだけだ。
「それでもこれからはちょっとした騒ぎにはなるだろうな」
俺がそう言うと、カミロが
「だろうな。王国で革命だのと言った話にはならないだろうが、帝国から逃げてくるやつもいるだろうし、素早く鎮圧できたとしてもそれから落ち着くまで帝国は国内にかかりきりだ。
そうなれば王国と同じことを考える国が他にあってもおかしくはない」
と返してくる。対岸の火事、と言うには少し近いところで起きているアレが成功するにせよ、失敗するにせよ、王国に影響が出ないということはない。
カミロなんかはそれに乗じて大いに儲けるのだろうし、既に用意自体は整っているのだろうが、俺はただの鍛冶屋のオッさんである。平和に暮らせるに越したことはない。
「飛び火だけは勘弁してくれよ……」
「それはさせんさ。俺も、多分マリウスもな」
妙にハッキリとした口調でカミロが宣言し、カテリナさんが力強く頷くのだった。
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