関所へ
ごった返す街道を避けてしばらく進むと、やがて人も馬車も減ってきた。
ほぼすべての人が帝国から抜け出す方向に向かっている。極稀に逆方向へと――つまり帝国中央へと――向かう人や馬車も見かけるようになった。
家族や大事な人をそちらに残してきたのだろうか。俺には理由を知る由も無いが、無事に目的を遂げて欲しいものである。
他人のことはともかく、俺たちもまだ目的は完遂していない。
フランツさんが交通量の減った街道に馬車を戻して、速度を上げた。これで今日行けるところまで行って野営をしたら、文字通り最後の関門が待っている。
日が沈みかけてきたところで、再び街道から外れて野営の準備をする。ヘレンはもうかなり調子を取り戻してきていて、野営の準備もスイスイと手伝うまでになった。
昨日の今日でこれなら大丈夫そうだが、何がきっかけで急に調子を悪くするかはわからない。本人の希望には任せるが様子は伺っておこう。
夕食は積荷の材料を適当に放り込んでのスープと堅パンである。
行商人らしくいくらか香辛料も積んでいたので、カミロに断って使わせてもらう。問題があれば今度の支払いのときにその分差し引いてくれ、とも言っておいた。カミロはゆっくりと首を横に振っていたが。
「誰も取らないんだから、ゆっくり食えよ。」
がっつくように食べ始めたヘレンに、俺は苦笑しつつ声を掛ける。
「しっかりと、でも素早く食べるのが戦場の常だろ?」
ヘレンはうちに居たときのような、朗らかな声で答えた。調子が戻ってきていることにグッと来たが堪えて言う。
「いや、ここは戦場じゃ……あるか。」
まだ乗り越えるべきものがあるし、追手が俺たちに向かっていないとも限らないのだ。そう言う意味では気を抜いていい状態でもない。
王国に戻っても、家に帰るまでは安心できないだろうし。俺もヘレンに
「明日の関所通過は俺たちとお前たちはバラバラにいくぞ。」
みんなの腹が満たされてきたところで、カミロが俺に言ってきた。
「ん?なんでだ?」
「こう言う状況だと余計な人間が乗っているより、バラバラでそれぞれが身分証明したほうが早いからだよ。」
「避難民の疑いをもたれるからか。」
「そうだ。」
どのみち俺の身分証は偽造のようなもんではあるが、この混乱で用意できるものではないから、怪しさは幾分少ないに違いない。
それでも用意できそうな人間の馬車に乗っていて出してきた、よりは徒歩で来て自分で出したほうが更に安全だ、という事だろう。
「わかったよ。ヘレンもいいな?」
「うん。」
腹がくちくなったら今度は眠気が来たらしい。ややぼやっとした感じでヘレンが答えた。
「今日はヘレンはずっと寝てな。見張りは俺たちがするから。」
「わかった。」
ヘレンを寝かしつけると、俺たちは3人で見張りの分担を決めて、見張り以外は引っ被った毛布で眠りについた。
その夜は特に何事も起きなかった。俺が見張っている間に、時折街道の方を松明が進んでいくのが見えたが、こちらに近づいてくる人影などは1つもなかった。こっちに構っている暇のある人は普通はいないということか。
みんな起き出して馬車に乗り込み出発する。移動速度の差もあるのだろう、街道の人通りは昨日よりも更にまばらになっている。
そこを俺たちの馬車が進んでいく。歩いている人を見ると一様に疲れた顔をしている。歩き通しだった人もいるのだろう。
乗せてやりたいところではあるが、全員は乗せられないし、こちらも急ぎなのだ。すまないな、と心の中でだけ謝って、彼らの道中の加護を懐の女神像に祈っておく。
人通りがまばらなので馬車はやや速度を上げ、昼前頃には関所の近くまでたどり着いた、とフランツさんが声を上げた。見てみようとしたが、まだ目には入ってこない。
「そろそろ降りたほうがいいな。」
カミロが言って、俺は自分の荷物を、ヘレンは持ち出せたものがないので適当に食べ物なんかを詰めた
「じゃあ、また後でな。」
「ああ。」
俺たちはカミロに手を振って別れた。
「それじゃ、行くか。」
「うん。」
ヘレンに声を掛けると、少し後ろをついてくる。
こう言う道を歩く、という感覚が少し懐かしい。街に行くにはクルルの竜車だし、討伐遠征やここに来るのは馬車だった。荷車を引いていたのが随分と前のような気になってくる。
「大丈夫か?」
「大丈夫だよ。もう平気。」
それなりの期間、幽閉されていたのだろうし、もっと足が
「それを被ってるから平気だとは思うが、周囲には気をつけてくれ。」
「ああ、もちろん。」
ヘレンはカツラを被った、いつもとは少し違う顔で笑って言った。俺たちの行く手に人々でごった返す関所が見えてくる。いよいよだ。
関所を目にしたヘレンがそっと俺の服の裾を掴んで、俺はギュッと心の中で帯を締め直すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます