逃走
夜間に街から逃げ出したのは俺達だけではない。他にも大勢が街から出ていっている。
出たあとは基本的には街道に沿って移動しているが、道幅がそんなにあるわけではない。片側を徒歩の人たちが、反対側を馬車が早足で街から遠ざかる。
どちらも松明を灯していて、それが連なって光の道を作っている。前の世界の高速道路のようでもある。ゆらゆらと揺らめいているのが、不気味さよりも綺麗だなと思わせる。
俺たちの馬車も隊列に紛れて光の街道を早足で進む。
揺れが周りの馬車より少しだけ少ないが、そこまでの速度が出ているわけでもないので目立っている様子はない。
もっとも、そんな細かいことを気にしている余裕のあるやつが、この街道上にいるのかはかなり怪しいが。
ヘレンはずっと俺の手を握ったまま黙りこくっている。カミロが馬車に積んでいたカツラを取り出して俺に手渡した。
「ヘレン。」
「ん?なんだ、エイゾウ。」
俺が声をかけると、少しやつれた顔をこちらに向けて返事をした。助けた直後よりは幾分顔色がマシになっている。
「こいつを頭に被せるぞ。あの様子だと知らせようにも時間がかかるだろうが、何事も用心だ。」
「うん。ありがとう。」
ヘレンがか細い声で答える。俺はそっとヘレンから手を離して、カツラをヘレンに被せた。少し長めのブロンドだ。
ヘレンの髪は短いから、もとの髪を押さえなくても綺麗に被せる事ができた。ちょいちょいと毛先を触って、顔の傷が隠れるようにする。顔の傷を気にして伸ばしていることにするのだ。
「これでよし。くすぐったいだろうが、我慢してくれな。」
「うん。」
ヘレンは素直に頷いた。辺りはまだ暗いので早々バレるとも思えないが、明るくなる前に被っておけば、明るくなって顔を出したときに問題が起きない。
片方の手で俺の手を掴み、もう片方で毛先をいじるヘレンと俺達を乗せて、馬車は街道をひた走っていった。
やがて街道から徒歩の人々がいなくなった頃、空が白みを帯びてくる。結構な距離を進んだので、徒歩では馬車に追いつけていないのだ。
あの人達もそれぞれ無事に逃げられていると良いんだが。
「一旦ここまでくれば、そうそう追いかけても来ないだろ。」
カミロがそう言うと、フランツさんが馬車の速度を落とす。
「じゃあここらで休みましょう。馬にも良くないですし。」
フランツさんの言葉に俺たちは頷いて、フランツさんは馬車を止めた。
徐々に空が明るさを取り戻してきているが、男衆で野営の準備をする。しっかり寝るのは難しくても、少しでも体を休める必要はあるからな。
もちろんヘレンには通しで休んでもらうことにする。毛布を敷く用と被る用の2枚使ってもらって、地面に横になってもらった。
「腹ごしらえの準備もしなくちゃだな。」
焚き火に木で組んだトライポッドを設置して、鍋を吊るして湯を沸かし、適当に切った干し肉と豆を煮込む。
いつ逃げるか分からなかったのもあって、馬車に水は常に積んでおいたのが功を奏したな。まだまだ潤沢にある。
明るくなってくると炎自体は目立たないが、より高く登る煙が目立つようになるので、その意味ではあまり良くはない。
しかし、煮込んで柔らかくしないとヘレンの体が受け付けるか怪しいからな。
鍋の様子を見るついでに最初の見張りは俺が引き受けることにした。カミロとフランツさんも毛布を引っ被ってゴロリと横になる。やがてスヤスヤと寝息が聞こえてきた。
明るいと遠くまで見通せるので獣の襲撃などには遭いにくいが、追手からはこっちも見やすいと言うことではある。
馬車の荷台に立って見回した感じでは他に休憩している馬車はない。片っ端から当たるならここにも来る可能性はあるので用心はしておくべきか。
荷台から降りて焚き火にかけた鍋の様子を見ながら、ヘレンを見ると穏やかな顔で寝入っていた。このところは満足に寝ることも出来なかったに違いない。
これから先もしばらくどうなるかはわからない。今のうちにしっかり休んでくれよ、と思いながら、俺は鍋の中身をぐるりとかき混ぜた。
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