片付けが終わったら夕食だが、今日はいつも通りに無発酵パンである。発酵パンはストレート法にせよ中種法にせよ、やはり手間がかかる。

 アレはたまに作る感じになるな。俺がそう言うと、予想に反して不満は出なかった。

「いや……普通の鍛冶屋で柔らかいパンが毎日出てくるとか、どこの貴族だって感じであろう。」

 ニルダが呆れた声で言い、周りの皆が頷く。言われてみれば確かにそうだ。いくらこの世界で柔らかいパンが普通にあったとしても、貴族でない平民が常食できるかどうかは別だもんな。

「なるほど。じゃあ、客で食べられたニルダは運が良かったってことで。」

「うむ。」

 ニルダが大きく頷いて、パンの話は切り上げとなった。


 4、5日も滞在していると少しはニルダも慣れてきたようで、食事の時の口数が多くなっている。昨日と今日は魔界について、ニルダが話せそうな範囲で話してくれた。

 魔族は魔力の補給が殆どいらないこと、国境(界境?)はこの森からはかなり離れていること、魔界のほうがこの森よりも更に魔力が濃いことなどである。ただし具体的な地理は教えてくれなかった。まあ、どの世界のどの時代でも正確な地理は軍事情報だしな……。

 更に話してくれた内容から言えば、基本的に生活様態はこっちとさほど変わらないらしい。大きく違う点と言えば、魔力が濃いと言うことは魔物が発生しやすいということだが、魔物が発生しても魔族は魔物には基本襲われない。

 魔族は魔物に襲われないとは言っても、魔族の命令に従うわけでもないようだ。俺達で言う野良犬のような扱いか。俺が戦ったホブゴブリンを考えると野良犬にしては恐ろしく物騒だが。

 人間界からも商人の行き来は多少あるらしい。濃すぎる魔力のせいで普通の人間ではあまり奥に行けないらしく、魔界の端の方での取引しか無いようだ。もしかするとカミロも取引がある可能性はあるな。わざわざ聞こうとは思わないが。


 次の日、いよいよ刀の最終工程、さやを作る。これも本来であれば専門の職人が作るものであるが、全く凝ったものでなければチートでなんとか出来るからな。


 鞘の外形自体はチートでやれば難しい話ではない。これまでにもナイフや剣の鞘を作ってきたが、基本的には同じである。

 ただ、刀には反りがあるので、鞘も反りを合わせなくてはいけない。ここが合っていないと抜き差しに影響が出る。北方で同じことを言うかは知らないが、”反りが合わない”の語源だ。

 作業場に置いてある木材をナイフで削って大体の形を合わせる。その後刀身が納まる部分を実物を当てながら削って作る。棟とはばきだけが鞘に接し、他は触れないのが良いので、そうなるようにだ。

 鞘の鯉口こいくちは鎺よりほんの僅かだけ狭めて、すっぽ抜けたりということがないようにする。

 これを左右で1枚ずつ作って貼り合わせるわけだが、本来は米で作った糊で貼り合わせるところを、それがないのでにかわで貼る。なるべく接着点が少なくなるようにして、剥がすときに難しくないようにはしておいた。


 左右張り合わせた後、外形をきれいに整えていく。漆もないので今回は白木のままだ。もし綺麗なものが欲しければ国許で作って貰うしかない。

 左右を張り合わせたら、板金を加工して部品を作る。鯉口の周りに留める口金物くちかなもの、鞘を留めるための輪と、佩くための下緒さげおを通す栗型、鞘のお尻側に嵌める部品――こじりだ。


 鞘を留める輪を鎚で叩いて締めながら、鞘の左右が外れないように固定する。その輪に栗形を取り付ける。そこまでやったら、今度は鯉口のところに口金物を嵌める。

 最後に鐺(これもシンプルに覆うだけのデザインにしてある)を嵌め込んで、ようやっと鞘が完成した。

 ようやっととは言うものの、本来であれば2~3週間ほどかかる(もちろん漆塗りなどの工程もあっての話だが)ところ、1日と言うのはチート恐るべしと言うよりない。全体でも1週間しかかかっていない。

 普通の作業なら必要な細かい修正なんかがほとんどないし、長さを測ったりと言う手間もほとんどかけていない。刀身を当てて合わせたのがほぼ唯一と言っていいくらいだ。ただ、ほぼ1週間はかかっているわけで、楽に量産できるという話でもないな。


「よし、これで完成だな……。」

 出来上がった鞘に刀を抜き差ししてみる。収めるときにも、鯉口を切るときにも固すぎることも緩すぎることもない。

 刀でもなんでもそうだが、武器は使おうと思った時に適切に使える、と言うことが一番大事だと俺は思っている。使おうと思っていない時に危害を加えてしまったり、使おうと思った時に使えないのではダメだ。

 それで言えば今回作った鞘は俺の中ではかなり上出来の部類に入ると言っていいだろう。

「出来たのか!?」

 ニルダが待ちきれないと言ったふうに聞いてくる。彼女は律儀に全工程を見学していた。面白かったのか、何か変なものを仕込まないか監視していたのかは分からない。

「ああ。外で試してみてくれ。」

「わかった!」

 ニルダはと鞘に収まった刀を掴むと、外に飛び出していった。

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