遭遇

 クルルはカミロの店の倉庫でおとなしく止まってくれた。皆で手分けして、装具と荷車の連結を外す。クルルは水から上がった犬のように、体をブルッと震わせると、

「クー。」

 と小さく鳴いた。

 店員さんに言って、水と飼い葉を用意してもらう間に、店の裏手――俺達とクルルが初めて会った場所に連れていく。

「ここでおとなしく待っててね。」

 ディアナがクルルに声をかけて、首筋をポンポンとやさしく叩く。

「クルル。」

 分かった、とでも言うように鳴いたクルルはその場に座り込んだ。よしよし、お利口さんだ。


 俺達5人が商談室に入ってすぐ、カミロと番頭さんがやって来た。

 挨拶もそこそこに、俺は懐から袋を出す。マリウスからもらった金貨の詰まった袋だ。

「ここから走竜の代金を持っていってくれ。」

 その袋をテーブルの上に置くと、カミロが中身をあらためた。

「こりゃ随分入ってるな。」

「伯爵閣下からの贈り物だよ。」

「ははぁ、前のあれでもまだ不足してるって思ってたんだな。義理堅いことで。」

 カミロは事情を察したらしい。言葉では皮肉を言っているが、表情は優しいものになっている。根は優しいやつだからな。損得勘定となると冷徹な計算もすると言うだけで。

「じゃ、もろもろでこれくらい貰っとこうかね。」

 カミロが袋から金貨を何枚か取り出す。俺の思っていた金額より少ないな。

「それだけでいいのか?」

「ああ。帝国のとある貴族が没落してな。処分に困ってるのを安値で横から掻っ攫ってやったのよ。だからこれでも儲けは十分出てるさ。」

 帝国とは俺達のいる王国の隣の国だ。戦争には至ってないが、時折国境で小競り合いがあると聞く。聞いた相手はカミロだが。

「そうか。それならいいんだ。」

 金はカミロが遠慮した可能性も頭をよぎったが、そこは彼の商人としての矜持を信用することにするか。それにしても隣国にも手を広げていたのか。

 特にお咎めはないのだろうが、仲の良くない国で商売するのもリスクが結構ありそうだな。そのあたりをなんとかするのが、カミロの商人としての才覚か。


「どうだ、走竜の調子は。」

「ああ。賢いし、助かってるよ。そう言えば、あの子は男と女とどっちなんだ?」

「ん?聞いた話ではメスだってことらしいが。」

 クルルは女の子なのか。うーん、これでエイゾウ工房の男は俺1人のままだな……。ちょっとした物悲しさを覚えていると、

「それでだな……」

 突然カミロが声を少し落とした。なので俺達は自然と身を乗り出す感じになる。

「お前たちの乗ってきた荷車の仕組みなんだが。」

「ああ。板バネのサスペンションか。」

「あれはどういうものなんだ?」

 耳が早いと言うか、来てからいくらも経たないのにもう知っているのが凄いな。

 俺は特に何を隠すこともなく、簡単な仕組みと効果について話した。

「道から受ける衝撃を抑えられたり、凸凹を吸収できれば、速いスピードで走らせても大丈夫ってことか。」

「限界はあるだろうが、そうなるな。上手くやれば1日で街と都を往復できると思うぞ。」

「なるほどなぁ……。」

 カミロが考え込む。隣国まで取引しに行くような商人だと、1台あたりの速度の向上は決して馬鹿にできないだろうし、俺の言っていることが本当なら喉から手が出るほど欲しい技術であろうことは容易に想像できる。


「欲しいなら真似してもいいぞ。別にそれで文句を言ったりはしないし、金なんかも別にいらない。」

「本当か!」

 カミロが珍しく立ち上がりながら大声を出した。俺達がビックリしているのを見て、慌てて座り直す。番頭さんも意外だったようでビックリしているな……。

「コホン。ありがたいが、それ相応の礼はさせてもらうよ。」

 口調こそ落ち着きを取り戻したが、ワクワクが顔から消えていない。よほど気になってたんだな。

 カミロが番頭さんに指示を出す。いつもの買い取り分の査定と、サスペンションの構造をメモしておくことだ。メモを手伝おうかと言ったが、一旦自分達でやってみるそうだ。上手くいかなければまた2週間後来た時に相談に乗ることになった。


 その後、なんだかんだ世間話と言うか、世の中の動きについての情報交換をする。マリウスは魔物討伐での功績で地位が安定しているらしい。俺が手伝ったかいもあるな。後は魔族の国の国境付近での小競り合いがまだ時々起こっているそうだ。

 大規模な戦闘は起きていないし、どちらも大きく手出しをする雰囲気ではないらしい。国境あたりに鉱山があってそこの領有権の問題、と言うかそもそもそこの取り合いをして暫定的に引かれた国境線だそうな。であれば、これは別に相手が魔族の国だからと言う話でもないな。

「そう言えば、賊はどうなったんだ?」

「まだ捕まったという話は聞いてないな。」

「そうか。」

 捕まってくれていれば帰りの憂慮が1つ減ったのだが、そう上手い話はないらしい。

「被害はないってことだが、十分気をつけて帰れよ。」

「ああ。もちろんだとも。」

 軽く握手を交わして、商談室を出る。クルルは言われたとおりにおとなしく店の裏手で待っていた。ディアナが感激してやたらクルルの頭を撫でている。あんまりやると嫌がられるかも知れんぞ。

 飼い葉と水を持ってきてくれていた店員さんに1枚だけだが銀貨を渡して、クルルを荷車に繋いで倉庫を後にする。

 今日の荷物にはいつもの品々に型取り用の粘土もあるから結構重いはずだが、クルルはものともしない。サスペンションもまだ持ちこたえているようなので、ホッとした。帰りがキツいほうがまずいからな。


 街中を進むと、行きと同じようにやはり注目を浴びる。クルルは仕方ないとして、サスペンションの方はカミロが頑張って見慣れたものにして欲しい。そうして街の風景になれたら、それはそれで嬉しいものだ。


 衛兵さんに会釈をして通り過ぎ、街を後にする。街道は相変わらずのんびりした風景が広がっていて、つい警戒を緩めてしまいそうになる。

 だが、俺達は忘れていたのだ。走っても弓でも止められない荷車を止めるにはどうすればいいか。

 街からいくらか進んだ街道のど真ん中に、人が1人立っている。その人影は手に抜き身の剣を持ち言った。

「そこのお前たち!止まれ!止まらねば斬るぞ!」

 そう、道を塞いでしまえばいいのだ。俺はリケに止めるよう指示して、その人影の様子をうかがうのだった。

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