家に帰るまでが遠征です

 翌朝、かなり早い時間に起きて、出立の準備を整える。今日はようやく家に帰る日だ。もうかれこれ10日間も家を空けていた事になる。

 家に帰れるのが確定すると、一刻も早く帰りたくなってくるのはなんでだろうな。それだけあの家が俺の居場所だということか。


 マリウスからは朝食も一緒に、と言われていたのだが、昨日の今日では俺以上に疲れているだろうし、その分休めと断っている。その代りと言ってはなんだが、俺から是非にとお願いして、朝食は使用人の人達と食べることになったのだ。

 もちろん使用人用の食堂の場所は知らないので、自分に充てがわれた部屋の外で待つことにする。

 部屋の外に出ると、同じく準備を終えたらしいリディさんが立っていた。

「リディさん、おはようございます。」

「エイゾウさん、おはようございます。」

 二人で朝の挨拶を交わす。家に帰りついた瞬間から、リディさんはうちの家族ということになる……はずだ。他の3人が拒否しなければの話ではあるが、3人とも普通に受け入れるだろうとは思っている。

 種族も立場も違う5人で仲良く朝の挨拶と神棚に手を合わせるのが出来たら、これほど良いこともない。


 益体もない話を2~3したところで、使用人がやって来た。ボーマンさんだ。確かこの家の使用人の中では結構偉い方の人で、恰幅がいい男の人だからよく覚えている。

「おはようございます、ボーマンさん。」

 俺は挨拶をする。ボーマンさんは少し驚いたような顔をして、

「おはようございます。エイゾウ様、リディ様。エイゾウ様がわたくしを覚えておいでとは。」

 と挨拶を返してくれた。

 ああ、使用人の名前なんか普通は覚えないのか。でも俺はこの世界だと家名持ちではあるが、貴族ではないからな。

「そりゃ、名前を教えていただいたんですから、覚えてないと失礼でしょう?」

「そんな滅相もないことです。」

 ご主人様のご友人だからそれなりの地位にいるんだろう、と想定するのは全くおかしいことではないのだが、俺は公的には完全に何の立場もない鍛冶屋のおっさんだからなぁ。

 恐縮したおすボーマンさんをなだめながら、俺とリディさんは使用人用の食堂に案内してもらった。


 使用人用の食堂には、朝から仕事のある人と非番の人以外は、朝食時全員集まる事になっているらしい。

 ただ、非番の人も大抵朝はいつも通りの時間に起きるので、結果今仕事がある人以外はほぼ全員が集まっている事になる。

 エイムール邸はめちゃくちゃに広い家ではないが、それでも伯爵家の家屋である。2桁に近い人数が集まっていた。遠征隊にいたマティスの姿も見える。彼はこの屋敷の馬番だからな。

 皆が俺が鍛冶屋に身をやつした元貴族だと思っているとすると、状況的に前の世界の話のテンプレにある「世間知らずのお嬢様がハンバーガー店に行きたがる」みたいなことにちょっとなってしまっているが、気にしないほうが良さそうだ。


 朝食の時に若い女の子に聞かれたので、遠征のときの話をした。お転婆はエイムール家の気風なのだろうか、陣地での暮らしよりも最後の洞窟制圧の話を聞きたがった。

 エイムール家の使用人ではあるが、念の為ホブゴブリンを倒したのが俺だということは言わないでおいた。「暗かったし、隊長だったか他の誰だったかわからない」ということにしてある。リディさんはやや不満げだったが、理由はきっと理解してくれるだろう。

 朝食を終えて、使用人の皆の仕事の邪魔にならぬよう(ボーマンさんに言わせれば「お客様のご出立をお手伝いするのも仕事です」ということだが)、さっさと出立することにする。


 そこへ、見知った顔が現れた。

「カミロじゃないか。」

「おう、昨日こっちで都合があってな。討伐隊が戻ってきたって聞いたんで、今日戻るんでついでに送ってやろうか聞きに人をやったら、もう出発するって言うもんだから慌てて来たんだよ。」

「ああ、それはすまないことをしたな。徒歩で帰るつもりにしてたもんでな。」

「で、一緒に帰るか?」

「そうだな。お言葉に甘えさせてもらうよ。」

 マリウスといい、カミロといい、持つべきものは人の縁である。


 俺とリディさんでカミロの馬車に乗る。ギリギリで起き抜けのマリウスがやって来たので、一時の別れの挨拶だ。

「それじゃまたな。」

「ああ。またな、エイゾウ。」

 手を振るマリウスとボーマンさん達使用人に見送られて屋敷を出る。見知った馬車からの風景が流れていき、外街に差し掛かり、そこそこ早い時間だと言うのに賑やかな道を抜けて、外壁の門を出る。俺は振り返って聳える外壁と城、その背後の山脈をみやった。

 次にここに来るのはいつになるだろうか。そのときにはおやっさんの店に立ち寄ってみたいものだ。


 中にたっぷりと水を抱え、重そうにしている雲が遠くを流れていく。こちらには乳白色の空が広がり、草原とのコントラストを描いていた。いつもの通りの街道である。

 道中、カミロにも遠征について色々聞かれた。ホブゴブリンの話はカミロにも倒したのが誰かは言わないでおいたが、多分カミロのことだから察してしまうだろう。彼ならエイムール家の不利になるようなことはすまい。


 警戒は怠っていなかったが、街道では何も起こらなかった。道中のカミロの話ではこのところ人が襲われる事態が増えているらしい。

 奇妙なのは何かを探しているだけで、それを持っていないと分かるとそのまま解放することと、被害者が襲われた相手を覚えていないことだ。

 巡回を増やしているが犯人が見つかってないらしいので、「実質被害はないみたいだが、今度うちに卸しに来るときは気をつけろよ」と注意を受けた。

 森の入口でカミロの馬車を降り、手を振って別れる。あいつとは週1ペースで会うから、別れもそっけないものである。


 もはや勝手知ったる森の中を進んでいく。時折、リスみたいな小動物が木の上にいたりする。見るとフレデリカ嬢を思い出すが、これは流石に失礼だろうか。

 途中で狼や熊に出くわさないといいなと思いながら歩いていると、遠くから猛然とこちらに近づいてくる音が聞こえた。たまたまこっちに走っているのではなく、確実に俺たちがここにいるのがわかっていて、ここを目指している。

 俺はショートソードを抜いて、何が来るのかを見極めようとした。

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