凱旋

 洞窟の駐屯地を出てから3日目。今日はいよいよ都に戻る日だ。朝は皆いつもどおりだったが、途中の水場での休憩の時には頭を洗ったり(もちろん水で流すだけなのだが)顔や体を濡らした布で拭ったりと、出来る範囲で身ぎれいにしている兵士の姿が多かった。


 休息が終わって再び隊列が進み出すと、やがて、都の向こうにそびえる山脈が見えてくる。あれが見えてきたらもう都までは大した距離はない。それを見て、はやる気持ちが馬達にも伝わっているのか、速度がやや早くなっている。

 風を切って走るような速度ではないから酔うようなことはないが、この調子だと日が沈むよりかなり前に都に到着しそうだ。

 あれこれしていたら今日中には家に帰れそうにないのは変わらないので、俺とリディさんにはあんまりメリットはないが、兵士やおやっさん達にはありがたいことだろう。


 そして、都の外壁が見えてくる。いよいよだ。隊列は妙な静寂に包まれ、馬の蹄と馬車の車輪が回る音だけがやけに響いて聞こえる。その緊張と静寂は壁の門に近づいた時に破られた。

「討伐隊が帰ってきたぞ!」

 門の上で見張りをしている兵士が叫ぶ。街に入ろうと列をなしていた様々な人達が一斉にこちらを振り返り、やがて拍手と快哉を叫ぶ声が辺りに満ちていく。

 俺達の隊列はその中を今度はゆっくりと進んでいき、優先して門をくぐっていく。それに対して不満を言う者は俺が見た限りではいない。皆が積極的に道を開けて通してくれている。


 喝采は隊列よりも早く都の中にも広がっていき、通りを行く間、俺達はずっとそれを聞き続けることになった。

 帰ってきてすぐにこの歓迎っぷりは先に戻った隊のおかげだろう。先に俺たちが勝利して戻ってきたことを喧伝してくれていればこそだ。

 その喝采は都の内壁の門をくぐっても続き、やがて最初に駐屯していた広場に辿り着くまで止まないのだった。


 広場にたどり着いて、兵士達が整列する。先に戻っていた隊の連中も一緒だ。俺達補給隊はその後ろに並ぶ。内壁の内側は貴族が多く居を構えていることもあり、高級住宅街的な要素もあるのだが、着衣から判断してお使い中の使用人をはじめ、貴族と思われる男女も見物に来ているようで、なかなかに騒がしい。

 物珍しさでキョロキョロしていると、数人と目が合う。最初は俺を見ているのかと思ったが、隣に立っているリディさん――つまり、エルフが珍しくて見ているのだとすぐに気がついた。ただし1人を除いて。

 侯爵閣下は意外と暇なのだろうか。ごまかしが効かないくらいに目があったので会釈だけしておくと、ニヤッと笑って頷いた。悪いおっさんじゃないんだよな。

 キョロキョロを続けていると、反対隣のフレデリカ嬢に服の裾をクイクイと引っ張られたので、俺はキョロキョロするのを止めた。

 踏み台(馬車に乗り降りするときに使うものをそのまま持ってきている)が用意され、そこにマリウスが上る。ざわついていた場が水を打ったように静まり返る。


「諸君、今回の遠征は誠にご苦労であった。我々が向かう以前に、エルフの里に多大なる被害が出ていたことは非常に残念に思う。犠牲者に黙祷を捧げたい。」

 俺たちはみな目を閉じて、リディさんの知人、もしかしたら家族も含まれるかも知れない里の犠牲者に黙祷を捧げる。静かなので、見物人たちも黙祷してくれているようだ。

「しかし、諸君らの尽力でかたきを討つことができた。これは誇って良いことであると私は信じている。これからも我がエイムール家の出陣の際には、諸君らの力をぜひ借りたい。最後に繰り返しになるが、今回の遠征、ご苦労だった!」

 兵士たちが剣を抜いて捧げ剣の敬礼をする。後ろからでも割と壮観だ。俺たちは文民なので、軽く頭を下げるだけにしておいた。無礼にはなるまい。

 再び周囲がワァっと沸き立つ。これでマリウス、つまりエイムール家の出征が成功したことが上流階級にも知れ渡ったわけだ。こう言うセレモニーで成功を広告しておくことで、将来色々有利なんだろうな。


「それじゃあまたな!絶対店には来てくれよ!」

「ああ、うちの家族と寄らせてもらうよ。」

 おやっさん、マーティンとボリスの3人と手を振って別れる。1週間ちょいとは言え、出来た知り合いと別れるのは少し寂しいものだな。

「エイゾウさん、お世話になりましたです。仕事が早くて助かりましたです。あと、クッションも。」

 フレデリカ嬢の荷物が膨らんでると思ったら、あの簡易クッションを失敬してきたようだ。そんなに気に入ってもらえるなら、もうちょいちゃんと作ればよかったな。

「フレデリカさんは今から大変だと思いますが、食事と睡眠はしっかり取らないとダメですよ。美しいレディの嗜みです。」

「はいです。わかりましたです。」

 フレデリカ嬢は愛くるしい笑顔で笑いながら言う。俺は思わずくしくしと頭を撫でてしまったが、フレデリカ嬢に嫌がる様子がないのでしばらく撫でた後、握手をして別れた。


 デルモットやマティスたちはこの場の後片付けがある。邪魔になるのも忍びないので、軽い挨拶にとどめておいた。デルモットはともかく、マティスはエイムール家の人間だし、会うこともそれなりにあるだろう。


 他の兵士たちも片付けをしはじめていて、見物人もいなくなった。侯爵閣下もいつの間にか姿を消している。そんなバタバタとした別れの余韻を感じていると、マリウスの近衛、つまりはエイムール家の使用人が呼びに来た。

「エイゾウ様、ご主人様が家までお連れするようにと。」

「わかりました。ありがとうございます。」

 さて、俺ももう一仕事だな。そんなことを思いながら、俺はリディさんと一緒に使用人の後をついていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る