方針転換
そのまま、昼過ぎまでかかって破片の1辺をくっつけた。くっつけた箇所のチェックをする。キラキラした粒子みたいなもの――リディさんが言うには魔力は崩れてはいないものの、接合部分で一旦途切れている。指でなぞってみたが、特に継ぎ目は感じない。と言うことはこれは物質的な継ぎ目ではなく、純粋に魔力がここで途切れているということだ。そんな感触ではなかったが、もしかすると内部では完全に接合できてない可能性もある。
この状態で使い続ければ、いずれ何らかの問題が起こるだろう。いくつかの破片になるほど酷使されていたものだ、修復したら再び酷使するだろう。武器なのだし、そこで問題が起きたら命にかかわる可能性が高い。
「リディさん、ここ分かります?」
今接合した部分を指し示しながら、リディさんに見せる。リディさんはしばらく目を凝らしてじっと見ていたが、やがて
「なるほど、ここで魔力の流れが切れていますね。」
と呟いた。
「リケは分かるか?」
俺はリケに剣を渡す。リケはリディさん以上の時間をかけてチェックしていたが、
「なんとなくは分かりますが、接合部が綺麗にくっついてる方に目が行きますね。」
と剣を返してきた。なんとなくでも分かるなら上々だと思う。このまま成長していって欲しい。他の2人は鍛冶も魔法も専門ではないので言わずもがなである。それでも少しは見えるようなのは、ミスリルの性質なのか、2人が時々鍛冶仕事を手伝っていたからなのか。
「リディさん、これがこの状態なのはマズいですよね。」
聞くまでもないことだとは思うが、一回壊れたので儀礼用にするから、見た目だけ整っていればいい、なんて話なら別だ。
「そうですねぇ。可能な限りは元の通りに、が希望ですので……」
「ですよねぇ……」
俺は腕を組んで考えた。真っ平らになるほど叩けばちゃんとくっつくかも知れないが、今度はそこから戻す必要がある。うーん、だとすると、もういっそ根元に残っている部分の上に破片を積んで”積み沸かし”のようにして、鍛接した塊を作ってしまい、そこから伸ばしたほうが綺麗に行きそうな気はする。元の形に戻せる自信は……ある。チート頼みではあるが、この力ならおそらくは平気だろう。
そうなると、問題はリディさんがそれを許してくれるかどうかになってくる。構成している材料は全く同じだが、ほぼ新造と変わらなくなってしまう。”テセウスの船”の逆のような状態ではあるが、「果たしてそれは同じものか?」と言う問題の本質は同じだ。
ただ、そもそも「くっつけるだけ」と言っても、壊れたときに細かな破片までは回収されていない可能性が高い。字義通りの完全な「元通り」はそもそもが不可能なのだ。それを考えたら、くっつけるのも、打ち直すのも大差ないようには感じなくはない。要は見た目は完璧に修復できるから、物体としての連続性か、性能のいずれを選択するかなのだ。
俺はそのようなことをリディさんに説明した。形は完璧に元に戻せるだろうことは特に念入りに説明しておく。
「つまるところ、破片をそのままくっつけるか、新しく打ち直すかの2択です。見た目はどちらも全く同じものとして修復出来ることは保証します。」
その言葉を聞いて、リディさんは悩んでいる。多分打ち直しても2週間あれば間に合うだろう。細剣の時と違って、好き勝手に形を作れないし、あの時よりも今回のほうが刀身の幅が広いから、その分の時間はかかるだろうが。
ただ、他にどんな問題で時間を取られるかは分からないので、間に合わせたいなら早いに越したことはない。理想はもちろん、今すぐである。とは言っても、打ち直すとなってから「やっぱやめた」というわけにはいかないので、ホイホイと決断できるようなものでもない。
静かに火床で炭が燃える音が作業場に流れる。決して時間が止まってしまったのではないことを、その音だけが教えてくれている。俺達は静かにリディさんを決断を待った。
リディさんは俯いたままだったが、やがて顔を上げる。眉根を寄せた真剣な顔がそこにあった。
「打ち直してください。」
「後戻りできませんが、構いませんね?」
「ええ。お願いします。元のように使えることが一番なのです。」
「わかりました。それではお任せください。」
俺はリディさんのややもすれば悲壮ともとれる表情とは対象的な、朗らかな笑顔で請け負った。リケやサーミャ、ディアナもほっと胸をなでおろしている。
「さてと、それじゃあ再開しますか。」
頬をパンと張って気合を入れる。リディさんの覚悟に負けないような仕事をしないと、エイゾウ工房の名折れというものだ。
形状自体はスタンダードなロングソードで、特に彫刻などはない。刀身の幅と長さ、厚みを記録するのに、外から材木を持ってきて組み立てた刀身パズルと同じ幅、長さと厚みに揃えた。これなら途中で宛てがいやすいかなと思ったのだ。
破片のくっついた根元部分を火床に入れて加熱していく。やがて加工できる温度まで上がったので、鎚で叩いてくっつけた辺りを四角くまとめていく。細剣のときよりも更に硬さを感じる。内部に隙間が残っていたら大事なので、しっかりと丁寧に叩いてまとめる。
何回か繰り返すと、剣の途中から小さめの四角い板がついているような姿になった。その板の上に、崩れないように破片を乗せていく。それを藁縄で覆うようにくくりつけて、火床に入れて加熱。鋼のときと違って酸化皮膜に全く気を使わなくていいのは、ほんの少し楽が出来る。
ミスリルの外側がやや融けるくらいの温度まであげて火床から取り出し、鎚でササッと藁縄の燃え残りを払って、一瞬待って温度をほんの少し下げてから叩いてまとめていく。流石に一回でまとまりきった感じはない。先程の硬い手応えも相変わらずだ。
加熱、叩く、伸びてくるので折り返す、加熱、叩く、折り返すを数度繰り返したが、まだまだ完全にまとまっている感じがチートでも感じられない。
ふと気づけば、もう大分日が傾いてきている。このミスリルは思ったよりも時間がかかりそうだぞ、そんなことを思いながら、俺は今日の仕事を終えることをみんなに伝え、夕食の準備に取り掛かるのだった。
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