次の一手

 家に帰った俺は、昼食をサーミャ、リケ、ディアナの3人と食べて、午後からショートソードとロングソードの製作にかかる。午前中に俺が作業できていなかった分は数が減るが、この作業ペースなら納品するには十分な数だろう。胡椒を入れても1週間想定の1/2程度作れば、今の卸値なら4人食っていける。

「しばらくこの体制になるけど、これなら大丈夫そうだな。」

「そうですね。一般モデルが多めにはなるとは思いますけど、特に問題はないかと。」

「だなぁ。」

 リケがメインで作業をするので、俺は初日から高級モデルを作っていく。これはナイフの製作に移っても同じだ。都で動きがあって連絡が必要なくなるまでは変わらない。

 ”仕事”が終わったらディアナと稽古だ。少しずつ動きが良くなってきているようには思う。ただ俺から一本取るには、まだかなりの時間がかかりそうな気配ではある。まぁ気長にやるか。俺が上手いこと教えられれば良いんだろうけどな。

 稽古が終わって夕食を済ませたら1日が終わる。また明日も連絡を待ってから仕事の予定だ。


 結局、3日ほどは特に何事も起きなかった。特に大きな内容のない手紙のやり取りをして、戻って鍛冶仕事をし、稽古をして飯を食って寝る、と言ういつものルーチンが3日続いただけだったので、ショートソードもロングソードも、そしてナイフもそれなりの数が出来ている。変化があったのは次の4日目だ。


 いつもの通り、木の上から茂みに手紙を隠すのをチェックして、隠した手紙を回収する。森の中で手紙を確認すると、

 『明日、一人で都に行く準備されたし。ここに迎えに来る。鍛冶仕事でどうしても必要な物があれば持参のこと。説明は都に行く途上で行う。』

 とあった。ずいぶん急だな。緊急っぽいのに、カミロが直接来なかったのは明日俺を迎えにくる必要からだろう。今日俺が街に向かうわけにもいかんし。鍛冶仕事で必要なものと言えば炉なんだが、持っていくわけにはいかんし、別に持ってくることを想定はしていないだろう。

 それ以外には特にない。強いて言えばハンマーがそれなりに手には馴染んで来ているが、チートにかかれば道具の質はどうとでもなる。これを書き、なおかつ俺を呼び出すと言うことは、都で俺に鍛冶仕事をやれと言うことだろう。まぁ、それでマリウス氏の役に立てるなら吝かではない。

 俺は了承の言葉を書いて、再び手紙を隠し、リボンを茂みに結びつけて、家に帰る。


 家に帰って昼飯の時、俺は都に行くことを説明した。

「そう言うわけで3人は留守番を頼む。期間はちょっと分からんが、2週間より長くなるようなら、一旦帰らせてもらえるようにはするよ。」

「鍛冶はどうしましょう?」

「続けてくれ。備蓄が結構あるから、しばらくは平気なはずだ。肉はまだ結構あるよな?」

「ああ。いざとなったらアタシが獲ってくるよ。」

「すまんが、頼んだぞ。街に行くのは休んでいい。どうせカミロはいないし、前に2週間行かなかったこともあるから、怪しまれはしないだろう。」

「わかった。」

「ディアナさんも、ここを離れないように。」

「わかったわ。ごめんなさい、私の家のために。」

「それは気にするなって言ったろ?」

「うん……」

 しょんぼりするディアナ。

「俺もディアナさんのお兄さんには、借りがあるからな。それを返すだけだ。」

 俺はつとめて明るくそう言う。ディアナもなんとかそれで折り合いはつけてくれたようだ。さっきよりも大分顔が明るい。


「さて、それはそうとして今日も仕事をするぞ。」

 昼飯も終わった俺は作業場に入ってそう言う。高級モデルは俺しか作れないからな。ナイフの高級モデルを集中的に作ろう。いつもよりはやや速度を重視する。チートのおかげで、品質はさほど落とさずに、次から次へ高級モデルが完成していく。

 この日の作成量は午前は作っていなかったにも関わらず、通常1日あたりの1.2倍ほどを作成することができた。これだけあれば、帰ってきてからすぐ卸しに行っても大丈夫だろう。

 この日の夕飯は少々豪勢にして、遠征の前の壮行会のようなことをした。明日からは飯作るのも俺じゃないしな。


 翌朝、木の上から街道を見張りつつ、朝飯の無発酵パンに塩漬け肉の薄切りを挟んだものを頬張る。いつもの護身用のナイフの他には特に何も持ってこなかった。もし何かあって、ハンマーを都に置いてくるようなことになったら面倒だし。

 ゆっくりと朝飯を食いながら街道を見ていると、遠くの方から馬車がやってきた。あれがカミロかな。

 やがて点のようだった馬車はなかなか大きな荷馬車(と言っても、デカい荷車を馬が牽いてると言った風情だ)で、それが近づいていることがハッキリしてくる。俺はさっさと朝飯を呑み込んでしまうと、御者の顔をじっと見た。間違いなくカミロだ。俺は周囲に人がいないことを確認すると、そろそろと木から降りて、森の中から馬車の様子を見張り続ける。

 やがて馬車は停止し、カミロが一旦降りて荷台の方に回り込む。俺は周囲を伺いつつ、素早くそこに近づいた。

「よう。」

 俺はカミロに声をかけた。カミロは驚いた風もなく、

「あんたか。さっそくで悪いが、荷台に乗り込んでくれ。」

 と返してきた。

「わかった。」

 俺は荷台に飛び乗り、御者台の近くまで移動する。それを見たカミロは御者台の方に移ると、馬車を走らせ始めた。思ったより速いな。


「早速だが手短に話すぞ。あんたには都で剣を打って貰いたい。出来れば今日明日中だ。」

 馬車を走らせながらなので、やや大きな声でカミロが話しかけてきた。俺も同じような大きさで返す。

「構わんが、何本だ?」

「1本で十分だ。なるべく良いやつを頼む。」

 となると特注モデルか。

「いいぞ。だが、理由を聞かせてもらってもいいか?」

「ああ。マリウスさんの家……つまりはエイムール家には家宝の剣があってな、それが盗まれたそうだ。盗まれた時の状況から見て、内部の人間しか知らないスキを突かれているし、マリウスさんはカレルがやらせたと踏んでいる。」

「それがどうして俺が剣を打つことになるんだ?」

「そう急ぐなよ。カレルは家宝の剣を盗み出されたことをもって、マリウスさんに後継者の資格なし、としたいようだ。カレルは取り返す算段を整えるべく情報収集中、と言ってるそうだが、おそらく自分の手元にあるんだ、取り返すも何もないわな。」

「お家の大事な家宝を盗まれるなんて、どういう管理をしていたんだ、お前には後継者の素質はない、俺が取り返して後継者として相応しいことを示す。ってことか。めちゃくちゃ怪しいが、そこは誰も突っ込まないのか?」

「カレルやその腹心たちは、家宝の剣が盗まれたときに都の近くにはいなかったからな。それがかえって怪しいが、盗み出したやつとの繋がりも何も出てきてない以上、疑いは疑いでしかないし、持って帰ってくれば、それは実績には違いない。ただ、探し始めてすぐに取り返しました!だと怪しいにも程がありすぎるから、まだ見つかってないことにしてるんだろう。」

 マッチポンプって言葉が恥ずかしくなるくらいの自作自演だな。

「そこで、あんたの出番だ。マリウスさんは、盗み出された家宝の剣が偽物らしい。」

「え、それって……」

 恐ろしい想像が頭をよぎる。いや、まさかそんなことは。だが、カミロの言葉はその想像のとおりだった。


「そう、あんたがエイムール家の家宝の剣を打つんだよ。今日明日で。」

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