伝授の一歩目

 仕事場の片付けをしていると、サーミャとディアナが帰ってきた。この時間まで外にいたってことは、人も来なかったし、それなりに収穫が多かったのだろうか。

「ただいま。」

「おう、サーミャもディアナもおかえり。」

「ただいま。この辺りって、結構いろいろあるのねぇ。」

「他に人とか住んでないから、いろいろ残ってるんだろうなぁ。」

 サーミャとディアナが採ってきたのは、前に見たリンゴみたいなやつと木イチゴみたいなやつ、それに今回は新顔がいる。ツルッとした外見で、前の世界だとイチジクに近いような見た目だ。じゃあ今日はこのイチジクっぽいのを晩飯のときに出すか。収穫が多いのかと思ったら、全般にはそんなに数はたくさん取ってなかった。まぁ、腐ってももったいないし、別に問題があるわけではない。


 俺とディアナはそのまま稽古に移る。そこそこ疲れてるとは思うが、ディアナの希望で今日も行うことにした。結果は、昨日と同じように手合わせして、四半時経たないくらいで切り上げることとなった。さすがに今日は動きが悪いし、無理してもあんまり意味ないからな。ディアナは悔しそうにしていたが、2日や3日で急に強くなるなんて、どだい無理な話なのだから、ゆっくり時間をかけてやればいいのに。俺がそう言うと、昨日みたいにキョトンとした後、渋々頷いていた。


 晩飯はいつもの無発酵パンにスープと、イチジクっぽい果物だ。こいつはこのまま食べられることをサーミャに確認してある。晩飯を片付けたらイチジクっぽいやつにとりかかる。前の世界のイチジクよりも皮は分厚いが、手で剥けるし、そのまま食べていいのも、そして何よりその味もほぼイチジクだった。リケもディアナも初めて食べるらしいが、気に入ったようだ。

「これは前に食べたことある感じの味で美味いなぁ。こう言うのも森にあるのか。」

「数はないけどな。でも、うちで食う分くらいなら平気だよ。」

「ほほう。の楽しみって感じか。」

「だな。」

 なるほど、それで帰ってくる時間の割に、収穫量はそんなになかったんだな。しかし、こうなると砂糖が欲しくなってくるな。ジャムとか作って果物の保存を良くしたい。砂糖の値段をカミロのところでちゃんと見ておけばよかった。ちらっとしか見てないから、値段をハッキリ覚えてない。なんかそこそこ高かったような記憶だけがある。ジャム作れるって結構な量があるよな。色々落ち着いたらカミロに相談しよう。

 この後、ディアナに都で食べた果物の話を聞いたりした。スイカみたいなのがあるのは前にサーミャとリケから聞いたが、普通のイチゴとかバナナみたいなのもあるっぽい。うーん、試してみたい。でもこれも落ち着いたらだな。


 翌日、今日はサーミャとディアナは狩りに出かけた。肉はまだあるし、今日のところは最悪1頭も狩れなくてもいい、と言う判断のようだ。ディアナが普段着ているのは、ちょっと凝った部分がある感じの服なのだが、今日はシンプルなやつを着ていった。「狩りは都にいた頃に何回か行ったことがある」とは言ってたが、多分ここの狩りとそれは違うし、狩りってあんまり女性の好むもんでもないと思うが……やっぱりお転婆娘だったのだろうか。今度マリウス氏に会ったら聞いてみよう。


 俺とリケは今日もナイフの製作である。リケは俺が高級モデルを作るところの手伝い……と言うか見学もする。昨日約束したからな。板金を火床で熱し、”歪み”や”ムラ”があるところを叩いてならしていく。俺が何を見ているか、俺がどこを叩くか、その一挙手一投足を見逃すまいと、リケが集中して見ている。大体の歪みやムラが無くなったところで一旦リケにそれを見せた。

「今の作業でここまで詰めることができる。俺はこれ以上詰められるが、ここで止め……」

 いや、待てよ。

「いや、最後までやろう。」

「え、良いのですか、親方。」

「ああ。ディアナに渡す分を作ればいい。」

「あ、なるほど。」

「よし、じゃあやるか。」

「はい!お願いします!」


 俺は板金を再び火床で熱し、残った歪みやムラを叩いて消していく。もう殆ど残ってないが、根気よく潰さないと全てはなくならない。何度か熱すると叩くを繰り返し、ようやくすべてが消えた。表面がキメ細かく輝いている。

「最終的にはここまで詰められる。」

 板金を見るリケの目は、火花のように輝いていた。俺の出した板金の隅から隅まで、分子の1つも見逃すまいとするかのように見ている。俺のものと、リケのものの何が違うか。俺はチートで一目瞭然レベルで理解できるが、リケはそうではない。ここから学び取っていってもらわなければならない。

 リケがじっくり見たと判断した辺りで、次の作業をする。形を作る作業だ。これも俺はチートでどこを叩けば、この状態を崩さずに形を作れるかがわかる。リケが「鉄の声が聞こえているよう」と言う所以ゆえんだ。この作業も、リケはじっと俺の手元から目を離さない。どこを叩けばいいのか、それを全て盗もうとしている。

 やがてナイフの形が出来た。それをリケに見せる。

「わかるか?」

「はい。さっき見せていただいた時と質が全く変わりませんね。」

「その通り。じゃあ仕上げるぞ。」

「わかりました。」


 焼入れをするべく火床に形が出来たナイフを入れると、風を送って温度を上げる。

「俺はちょっと”特殊”だから、ギリギリの温度は火を見れば分かるが、リケは夜中にやるとかして見極めた方が良いかも知れない。」

「いえ、ドワーフであれば、大体のところは分かるので、見極めてみせます。」

 そうなのか。あぁ、そう言えばリケも普段から俺と一緒に焼入れしてたな。

「よし、じゃあちゃんと見てろよ。」

「はい。」

 静かな声でリケが言う。俺も真剣に温度を見極める。温度はジワジワと上がっていき、ドンピシャの温度になった。俺は素早く火床からナイフを取り出して水で急冷する。

「今の温度だ。」

「はい。おおよそは掴めたと思います。ものにするのは時間がかかるとは思いますが。」

「よし。」

 この後、火床の炎にかざして、焼戻しをする。この時の温度もリケには習得してもらえるよう、集中して、ここだというタイミングを教えた。これをしないと脆いまんまだからな。

 焼戻しまで終わったら、磨きと研ぎをする。研ぎもここで失敗したら意味がないので真剣に、だ。この作業もリケはじっと見ていた。

「うーん、ここ何本かで一番いいかも知れないな、これ。」

 チートの感覚が馴染んで来たのか、単に俺が慣れただけか、なかなかのいい出来だ。出来上がりをリケに見せる。

「そうですね……。私には私に打っていただいたのと、ほとんど違いが分かりませんが、でも確かにこっちのほうが少し良いかも知れません。」

 あの時の作業工程って、ほとんどリケには見せてなかったからな。あの時見せていれば良かったかも知れない。

「まぁ、目指す先はここだな。」

「はい。頑張ってみせます。親方。」

「おう。」

 俺は笑顔で、若い鍛冶屋の前途に光あらんことを祈るのだった。

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