部屋の扉

 街を出る時に、塀のところの衛兵さんを見たが、今日もマリウス氏はいなかった。来たときもいなかったので、次来るときにいなかったらちょっと聞いてみよう。彼がうちのナイフやロングソードを買ってから、結構な期間が空いている。なにか不具合があればカミロの店なりに持ち込むとは思うが、なるべくなら状況を聞いておきたい。


 荷車に塩、ワインの樽、鉄石、木炭を積んで街道を行く。後もう少しで森に入る辺り、と言うところで、サーミャが足を止めた。

「どうした?」

「血の匂いがする。」

 サーミャが弓の準備をする。場に緊張が走った。

「賊か?」

「わかんない。音は聞こえて来ないから、襲われたとしてもういないとは思うけど、用心しろよ。」

 丸っこい耳をピクピク動かしながら、サーミャが言う。リケと荷車を残すわけにもいかないので、ジリジリと進んでいくことにする。

 やがて、現場であった場所が見えた。屍体や残留品などは見当たらないが、辺り一面に血が飛び散っていて、凄惨さだけがあるのが、かえって不気味だ。複数の血の跡が森の方に続いている。

「こりゃあ狼か?」

「たぶんそうだと思うけど、賊がそう見せかけるためにやってるかも知れない。狼はめったに森からは出ないからな。」

 俺が尋ねるとサーミャがそう返してくる。なるほどな。狼に見せかけておけば追手がかかることも少ないか。

「サーミャは用心してくれ。俺とリケはちょっと急ぐことにしよう。」

「わかった。」

「わかりました。」

 結局の所、家に帰り着くまでは特に何事も無かったし、急いだおかげでいつもより早いくらいだったのだが、ドッと疲れがきた。我が家ってありがたいなぁ……。

 それと同時に何もなかったとは言え、今回の件は今まで何事もなかっただけで、決して安全な場所で暮らしているわけではない、と言うことを再認識させられた。街道を街の衛兵が回っていて、治安はかなりいい方とは言え、それは賊なり狼なりに襲われない、と言うことではないのだ。これからも街へ行くときはなるべく総出のほうが良いな……。そんなことを考えながら、荷物をおろして、今日の”仕事”は終わりだ。


「ということで、明日からは扉なんかを作る。俺が蝶番を作るから、二人は扉本体を頼むな。」

「わかりました。」

「わかった。」

 夕食時、明日からの作業について軽く打ち合わせる。まずは扉、その後ベッドだ。これらが出来れば、3人がそれぞれの寝室を持てる。そこまで話したところで、

「あー!」

 俺は気がついて叫んでしまった。

「ど、どうしたんだよ、エイゾウ。」

 サーミャがびっくりしている。リケも負けず劣らずだ。

「いや、そう言えば客間作ろうと思って忘れてたんだった……」

 すっかり忘れていた。今のままだと客間がない。うーんと考え込んでいると、

「書斎を改造しては?」

 そうリケが提案してきた。

「親方の……今は私とサーミャが使ってしまっていますが、あの寝室はまだ結構余裕がありますし、あそこの椅子やテーブルなんかを書斎のものに入れ替えて、棚を一つ持ってくるくらいなら、大丈夫だと思いますよ。そうすれば書斎にベッドも入りますし。」

「なるほど……」

 確かにそれで行けそうな気がする。ベッドの寝具が一つ足りないが、どうせすぐには客も来ないだろう。こないだヘレンが来たけど。最悪、俺の部屋の寝具を引っ剥がして持っていけばいい。

「じゃあ、そうするか。ベッドを一つ余計に作らないとな。」

「最初は私達のベッドを作って慣れてから、お客様用のを作ったほうがいいでしょうね。」

「そうだな。」

 これで明日からの方針は決まった。金には全くならないのだけど、たまにはこう言う時があってもいい。


 翌朝、俺は作業場に入って、板金(新しく作ったほうだ)を熱して、薄く伸ばす。適当な大きさに切り分けて、それぞれの小札こざねを凸を2つ組み合わせた形に切り離し、出っ張った部分を丸めて穴が空いた筒状にする。冷えるのを待ってから、また組み合わせて、端を熱したピンを通し、端を潰して離れないようしたら蝶番は完成だ。また冷めるのを待ってパタパタと動かす。特に問題ないので量産する。壊れたときや、今後部屋を増やすときのことを考えて、そこそこの数を作った。


 作業場から外に出ると、リケとサーミャが扉と格闘している。でももう半分以上は出来てるな。

「蝶番は出来たから、俺も手伝うぞ。」

「あ、親方。お願いします。」

 今二人が作っているのはそのまま二人で作ってもらうことにして、俺は新たにもう一つを作ることにする。切り出してある材木を四角に組み合わせて外枠を作ったら、そこに合わせて横板を張り、斜めの梁と中央に取っ手をつける。鍵がかかるようにはしない(閂はつけるが)ので、取っ手はとりあえず押し引きが出来ればいい。

 俺が格闘している間に、リケとサーミャは扉を完成させていた。

「作業場に蝶番置いてあるから、二人で取り付けておいで。」

「おう、わかった。」

 サーミャが笑顔で言う。彼女は狩りも嫌いではないようだが、こうやって手伝いで家のものを作ったりするのが、最近は気に入っているようで、肉が十分にあれば何かと手伝いたがる。このまま行けば、一人でもできるし、鍛冶でも大工でも役に立っていってくれるだろう。肉は大物が1頭獲れれば、保存が必要なくらいだし、積極的に手伝いができるようにしていってもいいな。例えばヘレンの時みたいに、俺が普通のを作れない時にリケを手伝ってもらうとかだ。


 夕方ごろまでかかったが、扉が出来たので俺も取り付けに向かう。部屋の前に行くと、リケとサーミャがパタンパタン扉を開け閉めしていた。

「どうだ?」

「ええ、問題ありませんね。こんなに軽く開け閉め出来るものなんですねぇ。」

「俺謹製の蝶番だからな。」

「冗談抜きにそれはあると思いますよ。」

 そんな会話を交わしながら、俺は扉の取り付けにかかる。そろそろ釘の補充分も作らないとな……。

 こうして2つの部屋に扉が取り付けられ、いよいよ家の体裁が整ってきたのだった。

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