お持ち帰り

「それで、鉄石と炭は手に入ったのか?」

 俺はカミロに尋ねる。

「もちろんだ。結構な量が入った。」

 カミロはこともなげに答えた。たしかこの辺りはそんなに大きな山は無かったはずだから、炭はともかく、鉄鉱石の方はどこか遠方から仕入れてきているに違いない。結構な値になるのではなかろうか。

「じゃあ、今回のうちの工房の分だ。」

 今日持ってきた品を並べる。カミロは一つずつ品質を確かめる。

「”いいやつ”はこの分か。他は”普通の”だな?」

「ああ。今回”普通の”は、ほとんどリケの制作だが、うちの工房として恥ずかしくない出来なのは保証する。」

 俺がそう言うと、リケがバッとこっちを見るのがわかった。いや、別に卒業じゃないぞ。お前は高級モデルが作れるんだから、そこまでは頑張ってもらうさ。


「なるほど。それじゃあさっき言ったとおり、全部うちで買い取るよ。それで、鉄石と炭なんだが、見てもらったほうが早いな。ついてきてくれ。」

 カミロは下にいた店員とは別の人を呼んで、俺達が卸した武器のうち、ショートソードだけ店頭に出す指示を出すと、ここに来る時に上がって来たのとは別の階段に誘導する。

 その階段を降りると、倉庫になっていた。かなり広い。この店の大きさの幾らかはこの倉庫のせいでもあるようだ。その倉庫に所狭しと商品が並んでいる。これだけの物を集められるコネと資金力があれば、もっと大都市でいい店をかまえられそうなものだが、その辺は”わけあり”なのだろう。聞くのはやめておいた。


「で、ここにあるのが鉄石と炭だ。」

「本当に結構な量だな……」

 カミロが言ったとおり、結構な量の鉄鉱石と木炭が積んであった。これだと俺とリケが全力で完全にを視野に入れて生産しても、2~3週間くらいは余裕でもつ。より多くの資材を使う製品(グレートソードとか、ランスとかだ)に着手して、なおかつ同じことをしても1週間は大丈夫だと思う。つまり、カミロが毎回この量を供給してくれる限り、うちの工房はこと生産量に関してだけは困ることはない。今の品質を保ちつつの生産だと、更に期間は延びるだろうから、むしろ減っても問題ないくらいだ。

「毎回この量仕入れられる、とはいかんがな。でも概ねこの量を毎週仕入れることは出来る。」

「この量ならだいぶ減っても問題ないぞ。むしろ大分余るくらいだ。余ったらうちの方でも備蓄していくから、この量でも困ることはないと思うし。」

「そうか、なら良かった。それで値段だがな……」

 カミロが伝えてきたのは、この量で今日卸した商品の1/4ほどだった。逆に言えば、今日卸した分の1/4程度の量を毎週卸せば、うちは今後少なくとも鉄については困ることがない。

「ずいぶんと安くないか?ちゃんと儲けてもらっていいんだぞ。」

「大丈夫だよ。これでも儲けは結構出てるんだ。」

「そうなのか。じゃあ遠慮なくその値段でいただくよ。」

「基本的にはこの金額でいいのか?」

「ああ。大きく変わるときは都度相談てことにはなるが。」

「わかった。」

 改めて商談成立だ。俺とカミロは握手を交わす。


「しかし、流石にこの量は今日運べないな。」

「そりゃそうだろ。」

「荷車の扱いは……ないよな。」

「ない、と言いたいが、実はうちで使ってない荷車が一台ある。使ってはいないが、まだ十分現役で使えるし、手直しすればしばらくは大丈夫ってやつだ。薪にしちまおうかと思っていたが、お前さん達がいつも荷車使ってないのを見て、譲る機会がありそうなんで置いといたんだ。」

「持って帰る手段ができたら、今日は十分だよ。」

「よし、じゃあ譲ってやろう。」

「いくらだ?」

「タダでいい。」

「タダ?いいのか?」

「どうせ使ってないし、”お得意様”には優しくしとくんだよ。」

「ううむ……」

 カミロの言葉に嘘はなさそうだ。わけありで辺鄙へんぴなところに住んでいる鍛冶職人をめたところで、利も少ないから、何か裏があるというわけでもないだろう。

「なんでそんなに良くしてくれるんだ?」

 だが、俺は確認してみる。嘘をついていたとして、こんな質問でボロが出るとも思えないが、単純に俺が納得できるかどうかと言う話だ。

「正直な話をするとだ、先がありそうな仕入先だからだな。良い品質のものをそれなりの値段で卸してくれるやつ、ってのは重要なんだよ。そう言うところには恩を売っておくに限る。」

 なるほど。完全に好意だけ、と言うわけでもなさそうだ。俺はこの言葉でカミロを信用することにした。

「じゃあ、すまんが、ありがたく頂戴しておくよ。」

「おう、持ってけ。」

「悪いついでに塩とワインも貰えるか。その代金は卸した商品の代金から引いてくれていい。」

「わかった。言っておく。それじゃあ積み込みと代金の計算をしておくから、小半時ほど時間を潰してきてくれ。」

「わかった。それじゃ、よろしくな。」

「おう。」

 こうして、カミロのところを出て、時間を潰すことになった。


「しかし、時間を潰せと言われても、俺は今までずっと自由市にいたから、あまりよく分からんな。」

 俺はそうサーミャとリケに漏らす。

「そうなんですか?」

「塩だの肉だのの買い出しは、ずっとアタシが行ってたからな。エイゾウはずっと自由市で店番してたし。」

「店といえば、リケと話をした宿屋くらいしか、ろくに知らん。」

「じゃあ、今日はどこに何があるか見て回りましょうか。」

 ガヤガヤと活気のある新市街をウロウロする。それなりの店舗を構えている区画や、自由市ほど粗末でも乱雑でもないが、ほとんど屋台のような店舗が立ち並んでいる区画があって、色々な商品を扱っていた。ただ、時々は複数ジャンルの商品を扱っている店もあるが、ほとんどは単一だ。これで商売が回っている、と言うのは自由市なんかのおかげで人が多いせいだろうか。そもそも店の数が多い。俺がその辺の疑問を口にすると、

「この街は”黒の森”を迂回するときの中継点ですからね。南から来た人が東に回るにせよ、西に回るにせよ、この街を通ることになるはずです。親方たちは普通に”黒の森”を行き来できるから実感ないでしょうけど。」

 リケが答えてくれた。なるほど、確かに普通の人は越えられないなら、回り込む必要がある。中継点が軍事的にも文化的にも要衝なのは、前の世界でも変わらない。

 そして、サーミャは完全に分かってない様子だ。そこで住んでる上に移動もしてたら実感ないわな。俺も似たようなものではあったが。


 そうして出来た店をいろいろと見て回っているといい時間になったので、カミロの店に戻ると、荷車に鉄鉱石と木炭、塩の袋とワインの樽が積まれていた。荷車は大八車のように平たいのではなく、後ろを除く三方に軽トラの荷台のような低い柵がついていて、後ろだけ柵がない。基本的にはこの後ろから積み下ろしをするようだ。馬がいない荷馬車、と言うのが一番イメージに近いかも知れない。見たところ、まだ積載量には若干の余裕があるように見える。

「おう、戻ってきたか。」

 今度はカミロが直接出迎えてくれた。

「それじゃ、これが今回の金な。」

 と袋に詰まった金を差し出してきた。一応中を改めてみたが、合っているようだ。

「確かに。じゃあ、また来週に。」

「おう、待ってるよ。」

 こうして、荷車と言う輸送手段を獲得して、俺達は帰路に着くのだった。

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