一つの決断

 早速今日から商品をカミロに卸すが、今日のところはナイフ10本とロングソード4本だけにとどめている。それぞれ1本ずつ高級モデルを入れてあって、その分も貰った。残りのナイフ4本とロングソード2本は、せっかく自由市のスペースを取ったし、自分で売っておきたいので手元に置いておく。


 結局この日はナイフは2本、ロングソードはマリウス氏の同僚さんが1本買っていったのが売上である。多分、見かけて買おうと思ってる感じの人にはもう行き渡って来たんだろうな……。卸したぶんの売上がちょっと心配だが、カミロに頑張ってもらおう。

 自由市で商売している合間に、サーミャとリケをお使いに出して、干した根菜や塩、麦類を買ってきて貰っている。帰りに会えたら礼を言おうかと思ったが、マリウス氏は見かけなかった。今後も1週間に1回は卸しで来ることになるとは思うので、またその時だな。


 帰りはほとんど荷物もないので、行きよりも30分ほど早く帰り着くことができた。なんだかんだ1日仕事なので疲れはあるし、この日は買ってきたものをちゃんと棚にしまったり、旅の汚れ(日帰りだけど)を落としたりしたら、早めに寝てしまうことにする。


 翌日からは再び建設と鍛冶の日々を続ける。今度から俺は高級モデル、リケは一般モデルの製作にかかる。あとは新しい武器の製作もだ。とは言っても、今度からショートソードも作ると言うだけの話ではある。ナイフ、ショートソード、ロングソードの3つの長さで、それぞれに高級モデルと一般モデルが存在する、と言うのが暫くの間、「エイゾウ工房」のラインナップになる予定だ。ショートソードは長さが違うだけで、作り方はロングソードと同じにしている。扱いやすい長さや用途を考えて選んでくれ、というわけだ。


 そして、2日ほど過ぎて部屋と廊下の壁を張り終わり、鍛冶屋仕事の在庫もいくらかできたあたりで、事件が起きた。サーミャが狩りに出たのだが、その時に大黒熊に出くわしたのである。それを聞いた俺の頭に、サーミャと出会った日の光景が蘇る。

「おい、大丈夫か!?怪我はないか!?」

「お、おう。大丈夫だよ。気がついた時点ですぐ逃げて来たからな。かなり離れてたし撒いたとは思うけど、アイツは鼻がいいから、もしかしたら追って来てるかも知れない。」

「そうか……」

 サーミャが無事なことに一先ずは安心しながら、これからどうすべきか考える。もし追って来た時にどうなるかだ。この辺りをしばらくウロウロしていて、どこかでバッタリ出くわしでもしたら面倒であるのは間違いない。

 一番出くわす確率が高いのは、毎朝水汲みに出る俺だが、サーミャもリケも家の外に出るときはある。その時に出くわしたら……。

 俺は頭を振って、悪い考えを頭から追い出した。これはこちらから何とかするしかないな。ナイフで立ち向かうのは論外だろうし、今から特注モデルのロングソードを用意している暇はない。しかし、作ったきり試してなかった特注モデルのショートスピアを試してみる、ちょうどいい機会と言えなくもないか。

「ちょっと出てくる。」

「え、おい、まさか。」

「居たら片付けてくる。扉は俺が帰ってくるまで、どっちにも閂をかけておけ。」

「だったらアタシも!」

「いや、何かあった時にお前達を守ったまま、退却出来る自信が俺にはない。俺にはちょっと心得がある。サーミャの弓の腕を信用していないわけじゃないが、ここは俺に任せてくれないか。」

「くそっ……絶対帰ってこいよ。」

「親方、私からもお願いします。絶対に帰ってきてくださいね。」

「ああ。せっかく出来た家族なんだ。残してくたばったりはしないさ。」

 俺は作業場に置いていたショートスピアを手に取り、外に出た。言いつけどおり、サーミャたちが閂をかける音を聞いて、森の中へ入っていく。


 今日はやけに森の中が暗いと思っていたら、雨が降り出した。こっちの世界に来てからは初だな……。俺は「こっちに行くとヤバそうなのに出会う」方へドンドン向かう。普段、街に行くときはサーミャに任せている部分で、ちょっとした危険だとあんまり感じないのが難点だ。だが、大黒熊くらいの危険度になれば、俺でも分かる。なんせ下手すりゃ俺でも十分に死ぬ可能性があるからな。俺は雨音の中から、大黒熊の出す音を必死に探しつつ、自分は雨音に紛れ込む。


 サーミャに聞いておいた話だと、雨を抜きにしても普通ならとっくに巣に戻っていてもおかしくない。そして、それならば俺のチートの勘はもう危険を感じなくなっているはずだ。それがない、と言うことはまだこの辺りをうろついている。もしかしたら”人”の味を覚えてしまった奴かも知れず、その考えは、前の世界で見た、熊に襲撃された事件を俺に想起させる。そうなると、もうこの森に暮らす獣人を含めた、人間に仇なすものになってしまっている可能性が高い。今日なら雨で俺の匂いもハッキリしないだろうから、俺にもチャンスがある。それなら今日やるしかない。

「腹をくくれ、英造。」

 前の世界では猫一匹救うのに自分の命を差し出したやつが、こっちの世界では熊一頭を殺そうとしている。その皮肉に苦笑が漏れる。俺はゆっくりゆっくりと、向かう。そうしてどれくらい経っただろうか。長いような気もするし、短かったような気もする。


 俺の危険察知や生存本能やサバイバルの知恵、その他すべての感覚が最大音量でこの場所は危険だとアラームを鳴らし始め


 俺は、”ヤツ”を見つけた。

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