第16話、グローイング・アップ
レンガ造りの校門を入ると、校舎の正面玄関がある。
今は夏休み。
閉ざされた玄関のガラスに、ポーチのコンクリートが白く映っている。
校舎に蝉の音が跳ね返り、生徒の姿が見えない分、鳴き声は、いっそう大きく聞こえるように感じられる。
杏子は、照りつける日差しを避け、青々と茂った桜の木陰を歩いて職員通路から校舎へ入った。
ムッとした、校舎内の空気。
学校近くの喫茶店で昼食を済ませた杏子は、職員室へは行かず、そのまま渡り廊下を歩き、1棟南の校舎へ向かった。
・・楽器の音が、聴こえる。
まだ休憩時間なのに、数人が、音出しをしているようだ。
( 1年生も、ずいぶん音が出るようになったわね )
額や首筋に浮いてきた汗を、ハンカチで拭きながら、杏子は思った。
階段を上がり始めると、すぐ上の2階から、トロンボーンの和音が聴こえて来た。
午前中の群奏で指摘された所を、チェックしているらしい。
「 理香、ココ、半拍だって! アンタ、1拍休んでる。 だから合わないんだよ 」
神田の声だ。
「 でも、センパイ、息が続かないよ。 どうしても、ここでブレスしたいの。 セカンド、5小節前から、ず~っと全音符で伸ばしてるんだよ? 」
「 気合よ、気合っ! ココ、大事なんだって。 絶対、気ィ抜いちゃダメよっ? アンタの青春のすべてを、ココに賭けんのよ! 」
「 ほんの一瞬の青春だなあ~ あたしの青春って、半拍なんですかぁ~? 」
プッと噴き出した杏子に、垣原は気付いた。
「 あ、杏子先生、聞いて下さいよぉ~ 美紀センパイ、無茶言うんですよぉ~? 」
杏子は、笑いながら答えた。
「 じゃあ、そこは、旋律が入って来た瞬間に、ブレスしなさい。 旋律の音、大きいから・・ 一瞬なら、ブレスしたと分からないわ 」
垣原は、神田の方を向いて言った。
「 ・・だって、美紀センパイ・・! 」
神田は、不満そうに答えた。
「 アンタ、それで勝ったつもり? ナマイキな子ねっ・・! いいわっ、スライド鉄砲よっ! 」
「 何で、そうなるの? うわ、センパイ・・! 何でピンポン玉、いつも持ってんのよぉ~! 」
「 いいから、早く、吹きなって! 5小節、吹けなかったら、コイツをお見舞いするからね? 」
ベルにピンポン玉を入れ、スライドをいっぱいに伸ばし、マウスピースを頬に付けた神田が、構えながら言った。
「 フツーに、無理だってば~・・! 」
脅されつつも垣原は、とりあえず、ロングトーンを始めた。
・・しかし、4小節目に入った所で、あえなく音は途絶える。
様子をうかがうように、チラッと、横目で神田を見る垣原。
問答無用とばかりに、神田は、スライドを勢いよく戻した。 構えられた神田のベルからは、ポンッと、ピンポン玉が飛び出だし、垣原のおでこに、的確に命中する。
「 イッ・・ たあぁ~い! センパ~イっ! 無理だってばぁ~っ! 」
神田は最近、後輩の垣原をコントの相手にしているようだった。
3階に行くと、廊下の向こう端でクラリネットパートが4人、譜面台を寄せ合い、かたまっている。
経験者の香野を含め、2年生も2人いる為か、1年生の初心者の外川は、上達が著しい。 3年間の経験がある香野は、1年生でありながらも、ファーストを任されている。
・・どうやら、とある曲の、カノン形式の部分を合わせているようだ。 未完成ながらも、なかなか聴かせてくれる。 部内で、唯一、安心して聴いていられるパートだ。
「 ここまでやれるようになると、バスクラが欲しいわねえ 」
4人に近寄りながら、杏子は言った。
高井が答える。
「 さすがにバスクラは、大きなタンポが多くて・・ 辻井さんに、教えてもらいながらやってるんですけど、難しくて 」
鶴田が、スワブで管体の水を取りながら提案した。
「 来年、1年生が入って来たらラインナップに加えようと思ってるの。 由美、やりたいんだって 」
「 あら? 香野さん、バスクラやりたいの? 意外ねえ。 ファーストを任されてる技術も惜しい気がするんだけど・・ 」
そう杏子が言うと、香野は答えた。
「 ただ単に、3年の経験を買われているだけですよ。 あたし、高音が苦手だし・・ B♭クラだったら、ホントは、サードが好きなんです。 高音の音色だったら、鶴田センパイの方が、ずっとキレイだもん 」
マウスピースをバレルに差し込みながら、鶴田が言った。
「 あたしはファースト、ダメだってえ~・・! 指が、廻んないも~ん! そのうち、美由紀に追い抜かれるかも 」
「 そうだよね、あたしたちより、美由紀の方がウマくなるんじゃない? 」
高井も、口を揃える。
杏子は、その外川に尋ねた。
「 外川さん、ピアノは、まだ続けてるの? 」
春先の頃は、おかっぱだった髪も随分伸び、幾分、大人っぽく見えるようになった外川は、リードを付け替えながら答えた。
「 はい、レッスンは、月2回だから、部活には支障ないので・・ せめて、ツェルニー25番とブルグミュラーは終了したいんです 」
「 そうね・・ 中級レベルね。 ピアノは音楽の基礎だから、辞めずに続けてね。 絶対音感が身に付いて、どんな楽器をやるにしても便利だから。 ・・ショパンのワルツ集は、やってる? メンデルスゾーンとか。 アムプローム・プチュとモーメント・ミュージカル辺り・・ 」
「 はい、ひと通りは 」
「 じゃ、今度は、現代曲をやるといいわね。 ドビュッシーなんか、どう? テレビやラジオCMなんかによく使われてるから、馴染みやすいんじゃないかしら。 セブンスコードなんか出てきて、今っぽいわよ? 」
「 あ、やってみたいなあ~! クラシックも好きですけど、それ以外の曲。 ジャズピアノ・・ とまではいかないんだけど、オシャレで、小粋な曲、やってみたいなぁ 」
「 でも、クラシックは、音楽の基本だからね。 全くやらなくなるのはダメよ? 特に、あなたみたいに、まだまだ伸びてる段階レベルの子は 」
香野が、杏子に聞いた。
「 先生、さっき言ってた、セブンスコードって・・ ナニ? 」
高井が言った。
「 あたし、知ってる! 属7のコトでしょ? ・・でも、あんまし、よく分かんないケド・・ 」
杏子は、少し笑うと説明した。
「 和音の中に、わざと不協な音を入れた和音よ。 そうね・・ ちょうど4人いるわね。 え~と・・ Cだと低すぎるか・・ 外川さん、G出して。 実音だとF、ファよ。 高井さん、ラ。 鶴田さんは、チューニングB♭、ドね。 一斉に出して、せ~の・・! 」
多少、ピッチのズレはあるものの、和音が廊下に響く。
「 ・・そう、今のがFという和音ね。 じゃあ、最高音にもう1音、入れてみようか。 今の和音を再現するなら、ここは、ファだけど、わざと不協音を入れるの。 ・・香野さん、ミを吹いて。 他の人たちは同じ音よ。 いい? せ~の・・! 」
先程とは、全く違う雰囲気の和音が響く。
「 へええ~っ! 全然、違う音になったねえ・・! 」
「 不協和音って言うから、もっとドギツイ音かと思ったケド・・ ムードあるじゃん! 」
鶴田と高井が、感心して言った。
杏子が続ける。
「 コード的に言うと、今のはエフ・メジャー・セブンって言う和音なの。 ちょっと、ポピュラーっぽい音でしょ? じゃあ、今の音から、みんな1音づつ下がってみて。 ファの人は、ミ。 ラの人は、ソ。 ドの人は、シ。 属7担当の香野さんも同じよ 」
「 レ、ですね? 」
「 そう。 ゆっくり4拍子で指揮するから、1つの音を、全音符と考えて吹いてみて。 いい? 全部で4つ、下がるわよ? 4小節ね。 3・・ 4・・! 」
連続の、セブンスコード。 最も簡単な編成による、メジャースケールである。 セブンスを体験するには、分かりやすい実験となった。
ベース音であるサードの外川の音が、ド、まで下がり、杏子は指揮を止める。
香野が言った。
「 へええ~っ、何か、ジャズっぽ~い! 」
杏子が補足する。
「 今のはね、ドコまでも下がって行けれるのよ? ピアノで言うと、黒鍵を使わず、白鍵だけの音なのね。 これをジャズの世界では、ドリアンモードって言うの。 おもしろいでしょ? こういった、セブンスを含んだ和音が譜面に登場するのは、ずっと現代になってからなの。 ドビュッシーの曲には、こういった、当時では珍しかったセブンスを多用した作曲が多くてね。 きっと、楽しく弾けるわよ? 」
「 有難うございます。 講師の先生とも相談してみます! 」
香野は、嬉しそうに答えた。
「 ドビュッシーをやるなら、アラベスクって曲を、やってごらん。 第1番だったから、多分、曲集の最初にある曲よ? 絶対、聴いた事あるハズだから 」
アドバイスをすると、杏子は上の階へと、階段を上がって行った。
4階にも、数人の部員がいる。
どうやらパーカッションの3人らしい。 教室の一室に集まり、何か相談事をしている。
教室入り口のドア越しに、杏子は声を掛けた。
「 ナニしてるの? 」
「 あ、杏子先生。 ちょうど良かった。 コレって、どっち向きに置くの? 」
杉浦が、ボンゴを叩きながら聞いた。
「 ボンゴ? 向きって、どういう意味? それに、何でこんなトコに集まってんの? 」
「 合奏室で練習してると、金管の子たちが、やかましいって言うから・・ 持ち出せる小物の練習は、ココでしてるの 」
坂本が答えた。
「 ふ~ん、協力性があっていいわね 」
杉浦が言った。
「 ボンゴって、大きいタイコと小さいタイコ、あるでしょ? どっちを右に置いて、どっちを左に置いたらイイのか、分かんなくて・・・ 雑誌に載ってる、ラテンバンドの写真を見てたんだけど、ライブのだからよく分かんないの 」
杉浦の手元には、音楽の雑誌があった。
杏子は、ボンゴを手に取りながら説明した。
「 パーカスのヘッドには、必ず、メーカーロゴがプリントされてるでしょ? きちんと読める方向が、手前なんだけど・・・ これは誰か、テキトーに張り替えてるわねえ 」
坂本が質問する。
「 ヘッドの向きって、テキトーに張ると、音質に影響するの? 」
杏子が答えた。
「 それは無いけど、てんでバラバラだと、見苦しいでしょ? ・・えっと、配置は・・ 基本的には、ピアノの鍵盤を参考にすると分かりやすいわ。 左が低音、右が高音でしょ? だから、シロフォンやグロッケンも、そうやって置くの。 ティンパニも、大きいのが左でしょ? 」
「 あ、じゃあ、こうだ! 」
1年の立原が、大きなタムが左側に来るように置いて言った。
笑いながら、杏子は答える。
「 ところが、ラテン楽器だけは、ナゼか、その反対なのよねえ・・ 右側に、大きなタムが来るようにセッティングするの 」
「 へええ~っ、そうなんだ 」
3人は、感心したように言った。
杏子は続ける。
「 奏者によっては、逆のセッティングをする人もいるけど、基本的には、奏者から見て、右が大きいタムなの。 コンガっていう楽器も、そうよ。 ドラムセットのタムも、そうでしょ? 」
杉浦が答えた。
「 あ、そうだよね! 何となく見てたから、気にしたコトなかったなあ 」
杏子が追伸する。
「 コンガはね、本来は、大・中・小の3点セットが基本なの。 2点でも問題が無いから、中間の大きさで製作されたものが主流になってるわ 」
坂本が言った。
「 2個でも、叩き方がよく分からないのに、3つもあったら混乱しちゃうよ 」
坂本は、続けて杏子に聞いた。
「 杏子先生、このボンゴやコンガの譜面って、8分音符の連続ばっかしで、その通り叩いても全然、ラテンっぽくないんだケド・・・? 」
杏子は、腕組みをしながら答えた。
「 う~ん・・ ほとんどアドリブっぽくて、譜面化すると、ワケ分からなくなっちゃうからなあ。 ・・まあ、センスでいいのよ。 センスで! ラテンの曲を聴いて、それらしく叩けば、OKよ 」
「 その、『 らしく 』ってのが、難しいのよね・・! 」
杉浦が言うと、立原も同意的に答えた。
「 そうですよね、センパイ・・ テキトーに叩いてると、何か、ドカドカいってるだけで、やかましいだけだもんね。 何か・・ ラテンの基本、ってパターンがあるハズだと思うんだケド・・・ 」
杏子が、アドバイスをした。
「 演奏を聴いてると、あ、今、右のタムの音、聴こえた、って分かるトコ、あるでしょ? そこがアクセント的に叩いてるトコなのよ。 それを再現するだけでも、雰囲気は出るわよ? 」
「 アクセントかあ・・ なるほどね・・! 確かにあるよ、それ。 何となく分かるよ 」
杉浦が答えた。
杏子は続ける。
「 立原さんが言った通り、一定の基本パターンで叩いてるんだから、よ~く聴いてると、同じ拍数のトコに、いつも同じタムの音が入ってるハズよ? まず、そのパターンを理解しなくちゃ。 モノマネよ、モノマネ! 」
立原が言った。
「 何か、ラテンって、面白そう 」
「 香織、ず~っと中学の時、鍵盤だったんでしょ? 」
坂本が、立原に聞いた。
「 はい、鍵盤は鍵盤で、好きなんですけど・・ もっと、楽しく動きながらパーカス、やってみたくて・・ 」
杏子が言った。
「 どこの団体の音を聴いても、パーカッション・・ 特に、ラテン系の曲を演奏する場合、ボンゴ・コンガ辺りの楽器の叩き方って、あまり重要視されてないわねえ。 とりあえず、ペタペタ叩いてる、って感じ。 ホントは、ドラムセットなしでも、十分に聴き応えあるリズムセクションになるのに 」
杉浦は、勢いよく、ボンゴのヘッドを叩きながら言った。
「 ・・よしっ! ウチは、パーカス、3人しかいなくて、マトモにオリジナルも出来ないんだから・・ この際、ラテンの曲を、何曲かやろう! 他のパートで、手の空いてる人にも、小物やってもらってさあ。 ネっ? 」
立原が、すかさず答える。
「 イイねっ、加奈センパイ! いっその事、パーカスの衣装、アロハにしますか? 夏っぽいし! 」
杉浦が、立原を指差しながら答えた。
「 うおおぉ~っ、それ、イイっ! イケるわっ! アンタ、天才っ! 」
坂本も、乗り気のようだ。
「 あたしも1度、アロハ、着てみたかったの! だって普段じゃ、あたし的には、ちょっと勇気いるし・・! 」
杉浦は、2人に向かって言った。
「 よ~し、これで決まりねっ! 早速、今日の帰りあたり、アロハ、見に行かない? どうせなら、色も揃えるのよ。 ・・あ、麦わら帽も被る? ハットみたいな、オシャレなヤツ・・! 」
立原が、喜んで答えた。
「 イイわぁ~、センパイっ! ムード満点よっ! 」
坂本が、杏子に尋ねた。
「 ねっ、ねっ、杏子先生、いいでしょっ? やっても・・! 」
杏子は、小さくため息を尽きながらも、笑いながら答えた。
「 ・・カタチから入るのも、1つの選択肢ね・・! 」
「 やったあ~、決定、決定~っ! 」
気勢を上げる3人の声を背中に受けながら、杏子は教室を出た。
2つ隣の教室から、アルトの音が聴こえて来る。
部の備品楽器がない為、また杏子が、インターネットオークションで落札した台湾製のアルトを使っている1年生の前島のようだ。
・・しかし、それなりに吹いている。 音色も悪くはない。
部屋をのぞくと、経験者で、同じ1年生の河合も傍らにいた。
「 随分、音が安定して来たわね、前島さん。 頑張ってるじゃない 」
2人に近付きながら、杏子が話し掛ける。
「 ・・あ、杏子先生・・ 」
杏子に気付き、前島は言った。
「 どうしても、明美みたいにキレイに吹けないんですぅ~・・ 」
杏子は答えた。
「 河合さんは経験者だし、常にビブラート、掛けてるでしょ? 前島さん、初めて吹き始めて半年も経ってない割りには、上出来よ? 」
しかし、前島は不満らしい。
「 う~ん・・ 明美や、美里センパイも、そう言ってくれるんだケド・・ 何か、あたしの音って、キレイじゃないんです。 っていうか・・ ウルサイ? そう思わない? 明美ィ~・・ 」
振られた河合だが、何と説明していいのか、彼女にも分からないようだ。
「 ちょっと乱暴にも聴こえるケド・・ 裕香は、初心者だから仕方ないんじゃないの? あたしが始めた時に比べれば、断然、吹けてると思うんだけど? 」
杏子は、前島のマウスピースが、セルマーに変わっているのに気が付いた。
「 あら? 前島さん、マッピ、替えたの? 」
「 あ、はい。 美里センパイが、せめてマッピくらい自分で揃えろって・・ 明美が、買いに行くって言うから、あたしも一緒に行って買ったんです。 よく分かんないけど、これ、吹きやすいですよ? 」
杏子が答えた。
「 サックス奏者にとって、セルマーは憧れの楽器ね。 マウスピースを替えるだけでも、音色は随分と変わるものよ。 ・・そうねえ、うるさく聴こえる、か・・ 」
しばらく考え、杏子は言った。
「 ・・うん・・ しっかり音は出てるんだから、あとは吹き方の問題ね。 要するに、出した音の処理よ 」
「 処理・・? 」
前島は、意味が理解できず、きょとんとしている。
「 芸大の先生が言ってたんだけど・・ 音の切れ目まで、目いっぱい吹き切ると、音程は下降ぎみになるの。 加えて、音色も、クリアでなくなる。 要するに、うるさく聴こえる・・ つまり、譜面上でもクレッシェンドでない限り、少し、吹く圧力を押さえるのよ。 これは、金管にも言える事ね 」
「 それは、音量を落とす、と考えていい訳ですか? 」
河合が聞いた。
「 ・・そうね。 星川さんや河合さんは、そこで自然にビブラートを掛けてるはずよ? 」
河合は、視線を天井に向け、頭の中で吹き方を再現している。
「 ・・そうですね。 息の圧力は落ちてると思います。 意識したコトはないけど、惰性のような感覚で吹いてて・・ そこに、ビブラートをかけてると思います 」
「 タンギングも同じよ? 息の流れを、舌で遮断してるだけのタンギングでは、どうしてもベタベタした音になっちゃう。 ほんのわずか一瞬だけど、圧力を押さえて余韻のあるタンギングすると、響きのあるパッセージが生まれるのよ。 木管には、このベタベタ・タンギングする人、多いわね。 特に、発音が楽なサックス奏者の人 」
前島は楽器を構え、タンギングを試し始めた。
杏子がコメントした。
「 まず、ゆっくりやってみて。 4分音符、80くらいでいいから。 余韻を残すの・・ 息を絞るんじゃなくて、息の流れの惰性を感じて・・ そう、そうよ・・! 」
河合も一緒に吹き始める。
「 大げさでいいわ。 発音したら、すぐ引いて。 そうよ・・! 段々、早くしてごらん? もっと・・ そう、もっとよ・・! 早くなっても、余韻を残す事を忘れないで。 ・・うん、そのテンポでいいわ、連続して。 今、140くらいね。 はい、ストップ 」
「 何か、分かったような気がした・・! 」
前島は、嬉しそうに言った。
「 実際は、もっと早いテンポなんて、いくらでも出てくるし、いちいち構ってられないかもしれないけど、今のスピード以下だったら、基本的に心掛けるようにしてね。 このタンギングと同じように、出した音を少し引いた感覚・・ それを持続音で再現するとビブラートの原型になるの。 ビブラートを、音程の上下だと思ってる人がいるけど、実際には、今やったような音圧の上下よ? 音程も、多少は揺れるけど、わずかなの。 音程だけでやると、キタナイ、わざとらしいビブラートになっちゃうからね 」
前島が、少し、ビブラートらしい吹き方をした。 綺麗な安定した音ではなく、ぎこちない吹き方ではあるが、確かに音は揺れている。
河合が言った。
「 裕香っ、出来てるじゃん! それよ、それ! ちょっと、不自然だけど・・ 音に乱暴っぽさが無くなったよ! 」
杏子も、笑いながら言った。
「 生まれたて、ってカンジね! 」
初めて、音を揺らす事が出来た前島は、嬉しそうに答えた。
「 やったあ~っ! ちょっとヘンだけど・・ 偉そうに聴こえるう~っ! ビブラートって、アンブッシュアでやるんじゃないんだ・・! 」
教室を出ながら、杏子は言った。
「 ロングトーン練習の時は、かける必要はないからね? アンブッシュアの基本確立に重点を置いて。 あと、曲の中で、サックスアンサンブルとして和音を構成してる時なんかの場合も、かけない方が良い時もあるわ。 ケース・バイ・ケースよ! 」
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