第14話、訪問者

 その後、数回のミーティングを重ねて吟味した結果、演奏会の期日は、9月の第4日曜日に決定した。 夏休み中に練習が出来るからである。

 休み明けに試験週間があるが、それが終わった1週間後だ。

 日曜なら、部員の家族が来やすい。

 しかし、サービス業のように、日曜でも仕事のある家庭を想定し、開演時間は異例ではあるが、夜とした。

 6時半、開場。 7時、開演である。


「 校庭を駐車場にする許可が、取れたわよ! 校長が協力してくれたわ 」

 部室でチラシ作りをしている杉浦と沢井に、杏子が告げた。

 沢井が言った。

「 駐車場係りは、私のクラスの子も協力してくれるそうです。 受付は、美紀のクラスの子が2人。 ・・あと、舞台裏スタッフはどうします? 」

「 ステージ・マネージャーかぁ・・・ そうねえ~・・ 演出次第だけど、特別に大掛かりなコトしなけりゃ、別に要らないんじゃないかしら 」

 イラストの下書きをしながら、杉浦が言った。

「 開場設営係りの有希子たちが、舞台をどうやって配置するか、悩んでいたよ? 」

 杏子が答えた。

「 うん、さっき、紀本さんや鶴田さんと一緒に、体育館へ行って見て来たわ。 ヒナ段があるから、それを降ろしてね、舞台の前へ組むの。 金管が、ソコに乗って、木管は体育館の床に、直ね。 パーカスが舞台の上に乗れば、何となく、3段舞台らしくなるわ。 配置図を書いて、設営係りの全員に渡すよう、指示しといたから 」

 紀本が、部室に入って来た。

「 杏子先生、空いてるパーティーション、2つしかなかったよ? バスケット部が、着替え用に使ってるの。 でも、それを足しても5つよ。 少な過ぎない? 」

「 そうねえ・・ パーティーションで仕切ったスペースは、楽器置き場としても使いたいし・・ 本当の会場だったら、いわゆる舞台裏下手・上手にあたるスペースなのよね。 仕切って、客席からは見えないようにしたいわねえ。 着替えたりする楽屋としての要素も持たせるには、ある程度の広さがなきゃ・・ 」

 紀本が提案する。

「 卓球部に聞いてみたんだけど、古い、折り畳み式の卓球台が4つあるの。 今は使ってなくて、体育倉庫に置いてあるらしいんだけど・・ それを、つい立のようにして使えないかなあ。 けっこう大きいよ? カーテン生地なんかを掛ければ、見苦しくないと思うんだけど 」

「 いいわね! そうしましょう。 そこに、ファミリーコンサートって、タイトル入れればいいじゃない。目立つし! 」

「 あ、良美、ティッシュ・フラワー、得意よ。 色違いで、飾ってもらおうっと! じゃ、杏子先生、卓球部に借用書を書いて、渡して来るね! 」


 1年生は、当日の設営や、撤収に活躍してもらう事にした。 それまでは、とにかく、少しでも吹けるようになる事である。

 企画や準備、宣伝などは、上級生が担当した。

 1年の指導の合間を見つけての活動であり、大変ではあるが、皆、1つの目的に向かって意外と楽しくやっている。

 杏子は、活発に動く彼女らの姿を、眩しく感じながら見ていた。


 そんな、ある6月・・・


 練習の休憩時間に、合奏室で、管楽器の専門誌を読んでいた1年の篠原が言った。

「 ねえねえ、直子、コレ見て! 」

 傍らで、ピストンにオイルを注していた、同じ1年の有本が答える。

「 なあに? いい中古でも出てる? 」

「 教則DVD付き、1万5千円。 アナタも、今日からトランペッター・・ って、違うよ! コレ、この人! 戸田 俊夫って人よ。 直子、知ってる? 」

「 ん・・? 戸田・・ 俊夫? 誰? 有名なの? 」

 雑誌を、のぞき込みながら、有本は聞いた。

「 ジャズトランペッターよ。 ずっとアメリカにいたらしいんだけど、先月、帰国して、アルバム出してデビューしたんだって 」

「 ふ~ん・・ 智恵、ジャズ、好きなの? 」

 ピストンを戻し、マウスパイプに息を入れながら、有本が再び聞いた。

「 うん。 大好きってワケじゃないけどね・・ それより、ココよ! プロフィールが書いてあるんだけど、青雲学園高校出身だって! 」

「 えっ? マジっ・・? 」

 無関心だった有本も、さすがに興味を持ったようだ。

 もう一度、雑誌をのぞき込む。

 ・・確かに、青雲学園高校の卒業生であると記されている。

「 ね、このブラスの出身なのかな? 」

「 さあ・・ 分かんないケド・・・ へええ~・・ この学校のOBなんだ~! 」

 有本は、雑誌に載っている写真を見て言った。

「 ねえ、この人・・ 左で、ペット吹いてるよ・・・! 」


 ・・・杏子から、上級生経由で聞かされていた、アメリカに渡ったサウスポー奏者の先輩の話・・・


 篠原も、気付いたようで、有本を見ながら答えた。

「 ・・あの先輩・・ なのかな・・・! 」

「 もしかしたら、そうかも・・! だって、ウチの出身に、サウスポー・・・ こんな条件に当てはまる人、そういないって・・・! 」

 その時、合奏室のドアを開けて、1人の男性が合奏室に入って来た。

 グレーのジャケットに白のチノパン、黒のコーデュロイシャツ。 20代後半と思われるその男性は、ドア近くで個人練習をしていたチューバの鬼頭に、声をかけた。

「 こんにちは・・ えっと・・ 顧問の先生、いる? 」

 鬼頭は、不信そうな表情を見せながらも、男性に答えた。

「 今、先輩たちと・・ 教頭先生のところに、打ち合わせに行ってます。 もうすぐ戻って来ると思うんですけど・・ あのう・・ どちらの方ですか? OBの人? 」

「 うん、そうだよ。 ずいぶん前になるけどね。 いやあ~、懐かしいなあ・・ ここは、卒業以来だよ・・! 」

 ドアを閉めると、男性は、懐かしそうに合奏室を歩き回った。

 トランペットを持っている有本たちの所へ来ると、声をかけた。

「 こんにちは。 1年生? 君たち。 パートは、何人いるの? 」

 有本は、警戒の表情を見せながらも、挨拶をして言った。

「 コッチの子も、そうで・・ あと、2年の先輩が1人・・・ 」

「 そうか・・ 3人しかいないのか。 大変だね。 ・・あれっ? この楽器、君の? この3番って書いてあるヤツ・・! 」

 男性は、傍らの床に置いてあった楽器ケースの蓋に書いてある数字を見つけ、有本に聞いた。

「 それは、あたしが使ってるんですけど・・? 」

 隣にいた篠原が、答える。

「 ・・懐かしいなあ・・! この3番、僕が使ってたんだよ。 随分、メッキも剥げちゃってるなあ・・! 」

 男性は懐かしそうに、篠原が持っている楽器を見ながら言った。

「 この楽器、ハイトーンが出にくいんです。 もっとも、あたしがヘタッピなのもあるけど・・ 」

 篠原は、少し笑いながら言うと、楽器のピストンを動かせて見せた。

「 そうなの? ちょっと貸してみて・・ 」

 男性は、篠原から楽器を借りると、2番管の抜き差し管を抜いた。

 ピストンを押し、マウスパイプから息を出し入れしている。 真空性を試しているようだ。

「 ・・少し抜けるかな・・・? でも、このくらいなら問題なさそうだね 」

 男性は、ポケットからメッキの剥げた、古そうなマウスピースを出すと、篠原に聞いた。

「 ちょっと、吹いてもいい? 」

「 あ、どうぞ。 水、抜いてないけど・・ 」

 男性は、ウォーターキーから水を抜くと楽器を構え、深く息を吸うと、試奏を始めた。


 軽やかなフィンガリング。

 中音域を、自由に高低している。 リップスラーも、まったく滑らかだ。

 跳躍も鮮やかに、モールのスケールで、一気に、2オクダーブ半を上昇する。


 篠原と有本は、あっけに取られ、ぽかんと口を開けたままだ。


 カミソリの刃のような、エッジの効いたハイトーンサウンド。

 このレンジでの展開も、全く、音色がヤセる事はない。

 独特なイントネーションでの、アドリブっぽい吹き廻し・・・

 どうやら、この男性は、ジャズをやっているらしい。


 合奏室で個人練習をしていた1年生部員は、全員が、男性の試奏に注目した。


 やがてハイトーンから、メロウな、曲らしき旋律に移行する。

「 ・・あ、この曲、知ってる・・! ハーブ・アルパートの・・ フィール・ソー・グッド・・! 」

 篠原が、うっとりしながら言った。


 美しいビブラートが掛かった、艶やかな伸びのあるサウンドが、部屋中に響く。


 その時、篠原は、男性が左手でトランペットを演奏している事に気付いた。

 慌てて、さっき見ていた雑誌の写真を確認する。

「 ああ~ッ! こッ・・ この人っ・・! 」

 篠原が叫ぶのと同時に、合奏室のドアが、勢いよく開かれた。

 杏子が、息を切らせながら立っている。

「 ・・とっ・・ 戸田センパイっ! ・・やっぱり・・! 」

 杏子の後ろから、上級生たちも合奏室の中を、のぞき込むようにして立っている。

 声に気付き、入り口を振り返った男性が、杏子を見て言った。

「 ・・・アンコ・・? アンコかっ? 」

「 そうですっ! 私です! お帰りなさい! 戸田センパイ・・! 」

 男性に、駆け寄る杏子。

 戸田と呼ばれたその男性は、再会を信じられないかのように、驚いた表情で言った。

「 ・・ど・・ どうしたんだ、お前・・? なんで、ここにいるんだ? 」

「 あたし、この春から、ここの教員になったんだよ! 吹奏楽の副顧問、してるの・・! 」

「 ええ~っ? 先生になったのかあ? いやあ~、驚いた・・! 参ったなあ~! 」

 篠原が、雑誌を杏子に見せながら聞いた。

「 杏子先生! この人・・ この人だよねっ! 写真じゃ、ヒゲ生やしてるし、サングラスかけてるから、最初、分かんなかったの! 」

「 誰っ? 誰なの、智恵・・! 有名な人っ? 」

 有本が、篠原に尋ねる。

 篠原はナゼか、ひそひそ声で、有本の問いに、答えた。

「 ・・さっき、雑誌に載ってた、ウチのOBの人だよ・・! 今、アメリカじゃ・・ 超~有名よっ・・! 」

 有本も、篠原につられて、まるでウワサし合うオバさんっぽく、小声で驚いた。

「 ・・ええ~ッ・・? 」

 杏子は、篠原から渡された雑誌に見入ると言った。

「 わあ、カッコよく載ってる~・・! ちっとも知らなかった。 へええ~っ、ジャズフェスに出てたんだ~・・! 」

 戸田と言う男性は、篠原が持っていた雑誌をのぞき込み、言った。

「 ああ、その写真は、半年前のニューオリンズだよ。 途中から雨が降って来て、ずぶ濡れになったなあ・・・ あ、楽器、ありがとう。 確かに、抜けは少し悪いけど、音程はしっかりしてるから、ビギナーには、いいね 」

 マウスピースを抜き、戸田は、楽器を篠原に渡した。

 篠原は、渡された楽器を、じっと見つめながら言った。

「 ジャズ界、期待の新生・・ 4ビートの貴公子、世界の戸田が吹いた楽器・・・! 何か、あたし・・ 気絶しそう・・・! 」

「 大げさだよ、君・・! 僕は、まだ駆け出しだよ。 やっと、リーダーアルバムを出したばかりだし 」

 一笑する、戸田。

 有本が、すかさず篠原に言った。

「 智恵っ、サインよ、サインっ! 蓋のトコに書いてもらおうよ! 」

「 そ、そうねっ! あ~、あたし、もう・・ この楽器吹けない・・! 永久保存しなくちゃ! 」

 戸田は、笑いながら杏子に言った。

「 しかし、鹿島が先生にねえ~・・・! 部員と一緒に、遊んでるだけじゃないのか? 」

 戸田が、杏子をからかった。

「 まあ、そんな感じです。 この子たちといると、ホント、楽しいですよ! あの頃に戻ったみたいなの。 ・・それにしても、戸田センパイと、母校でまた再会出来るなんて・・! 今日は突然? 」

「 ああ。 今、移動の途中なんだ。 来週からツアーが始まるんでね。 日本じゃ、まだ無名だから、各地のライブハウスを転々とさ・・ その前に、ここには、絶対、来てみたかったんだ。 プレイヤーとしての、スタート地点だったからね・・! 」

 戸田の言葉に、笑顔で頷くと、杏子は言った。

「 見ての通り、今は、わずか21人の部活です。 でも・・ みんな、楽しくやってるの。 9月の第4日曜には、演奏会も開くんですよ? 体育館で 」

「 へえ~、そりゃいいね! 時間があれば、是非、聴かせてもらうよ。 名刺、渡しておくから、連絡してくれるかな 」

 名刺を受け取りながら、杏子は言った。

「 センパイだったら、飛び入り参加、OKですよ! 何なら、バンドの人たちも 」

「 ははっ、イイね! じゃあ、2部はゲストって事で、空けといてもらうかな? 」

「 安受けして、大丈夫ですかぁ~・・? この子たち、ホントに信用して、空けちゃいますよ? 」

 戸田は、しばらく考えてから答えた。

「 ・・ホントに、いいよ? ちょうどツアー終了と、アルバム制作に入る間の期間だし・・ 3部は、合同って事でどう? ギャラは、昼メシでいいから! 」


 願ってもない夢のような話に、部員は、色めき立った。


 篠原が、歓喜の声を上げる。

「 すごい、すごいっ! プロよ! プロの演奏が聴ける・・! しかも、タダよっ! オマケに、一緒に演奏も出来るよっ! 」

 パーカッションの立原が言った。

「 優子センパイ! どうしよう? ウチのドラム、フットペダル壊れてて、輪ゴムだよっ!直さなきゃ! 」

 坂本が、タメ息を尽きながら言った。

「 あのねえ・・ プロが、あんなボロイの、使うと思う? 自前で持って来るに、決まってんでしょ? 」

 杏子は、半信半疑で、戸田に聞いた。

「 センパイ・・ 嬉しいけど・・ ホントに、いいんですか? 何か、夢みたいで・・ 」

 戸田は、きっぱりと言った。

「 約束するよ・・! アメリカでの修行の成果見せるには、絶好のシチュエーションだ。 何ならPAも持ち込んで・・ そうだな・・ イケそうなら、次回のアルバムにボーナストラックとして入れるのもイイな・・! 体育館は、よく響くからね。 向こうにいた時も、工場の廃屋とか、倉庫なんかでよくレコーディングしたんだ。 スタジオを借りる金が無かったのもあるけどね。 ・・でも、意外とスタジオより、いい仕上がりになった時が多かったよ? 」

 篠原が尋ねる。

「 え? じゃあ・・ クレジットに、レコーディング・青雲学園高校体育館、って入るんですか? 」

 戸田が答えた。

「 ・・そりゃ、そうなるよねえ・・? 何なら、スペシャル・サンクス、セイウン・ハイスクール・ブラスバンド、って入れとこうか? 」

 皆からは、黄色い歓声が上がった。

 神田は、意味も分からないにも関わらず、とりあえず喜んでいる。

「 宣伝係りの小山さん、責任重大よ? プロが来てくれるのに、観客が閑古鳥だったら、戸田センパイたちに申しわけなくってよ? 」

 合奏室の入り口付近に立っていた小山に、杏子は言った。

 小山は腕組みをし、右手の人差し指をアゴに当てて、しばらく思案すると答えた。

「 智恵の持ってる、その雑誌にも、無料のイベント案内コーナーがあるから、出そう! 9月のイベント案内だったら、まだ十分、間に合うし、プロになったOBが、母校でライブなんて、インパクトありありよ! ヘタすると、立ち見が出るわよ。 ・・う~ん、この際、地元新聞社にも、オファー出すか・・・! 」

「 亜季センパイ、あたしのお父さん、情報誌の出版社で働いてるの。 話し、してみようか? 」

 遠藤が、小山に言った。

「 さすが、あたしの後輩ね・・! ついでに、ティーンのモデル、要らないか? って、聞いといてくれる? 」

 小山の言葉に、部室は、更に沸いた。

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