第19話

「いや、知らないが。」

「ダブリンって言葉は『黒い水溜り』って意味なんですよ。」

「黒い水溜り?」

「ええ。シュッキ神時代の言葉、シュッキ語で訳すとそういう意味なんです。でも歴史をいくら調べてもなぜ黒い水溜りなのか書いていませんでした。これに私は疑問を持ちました。」


土地にはその地の神の名前や土地の特徴、験担ぎやその地を治める人物の名前をつけられることが多い。黒い水溜りであればそんな水たまりがあったでおしまいなのだ、書物に書かれるわけがない。


「なんでそこに疑問を持ったんだ?」

「縁起悪いじゃないですか。黒い水溜りなんて。大した特徴でもないですし、水溜りなんか晴れちゃえば無くなりますし。」


確かに験担ぎの面でも、土地の特徴としても違和感を感じるのは納得できる。


「でもそこまで疑問を強く覚えたわけじゃないですよ。記憶の片隅にしまっておいていましたから。ワインセラーで熟成するかのように。で、さっきの黒い靄ですよ。この街が作られたのはフィルヴォルゴがスコットから来た時。ウォールの丘でのドロッとしてた黒い物体。何か関係性があると思われませんか?」

「こじつけのような気もするが。」

「こじつけついでに無差別殺人の黒い影、アリスの夫殺しまで追加しておきましょう。」


さすがにそれはこじつけすぎだろうと苦笑い。紅茶を一口すする。


「まあ、それはこじつけすぎましたね。回りくどいので簡単にいうとですね、原住民が関わっているのでは?と思っているのですよ。」

「原住民か。」

「原住民の記述はフィルヴォルゴの侵攻だけでなく実はシュッキ神時代のものにも記述があるんです。」

「こないだ話したよな、フィルヴォルゴ上陸の前に何人かエァルに渡っているとかの話。」

「ええ、その24人が病で死んだと書かれているのですが9割魔族こと原住民に殺されています。そう読むのが歴史書です。」


確かに。原住民が新たに来た人々を歓迎するとは思えない。開拓しようとする彼らに何も手出ししないのはおかしな話だ。そしてもう一つ、なぜ殺したと明記しないか、だ。


「最初は原住魔族はシュッキ神族だとも考えました。しかしそうすると神に敵対したフィルヴォルゴを魔族、悪魔と。そしてその子孫を悪魔の子孫と書くはずなんです。」

「フィルヴォルゴらのことを悪く書かないで原住民が悪く書かれている。それがおかしな点な訳だ。」

「そうです、どちらも原住民を悪としている。これは不思議な点だと言っていいと思います。」


ここまでの話は理解できた。だと決めてもどうやってこの論を進めるのか、ユニールには皆目見当がつかない。


「私はですね、先ほど原住民と称させてもらいましたが、本当は人間ではないと思うんです。」

「文字通り魔族ってことか?それとも悪魔ってことか?」

「いえ、あなたが戦ったのが原住民、魔族なのではないかと思っています。」


は?


「ですからその黒い靄、べっとりねっとりした黒い物体が魔族なのではないかと思っています。」

「いや、おかしいだろ。」

「何がです?そうするとつじつまが全部通るんですよ。フィルヴォルゴたちが彼らを封印した地がここ、ダブリン。粘体である彼らをまとめたら水溜りのようになりそうじゃないですか。ほら、黒ですし。実体なく霧で殺せば病で死んだように見えます。これで24人の謎も解明。フィルヴォルゴが封印し、管理するために王都に置いた。それを言明するためにここには魔族がいると街の名前を『黒い水溜り』とした。せっかく封印したのを子孫が解放してしまい、それを再封印したのがずっと見守って来ていたシュッキ神族。これでどちらも魔族が敵になる。」

「だが、黒い粘体はマター撃でしか倒せない。シュッキ神族が倒せるのは分かる。放出ができる種族だからな。でもフィルヴォルゴが倒せるのかがわからない。彼等は人間だろう?放出できないんじゃなかったか?」

「確かに。」


二人とも沈黙してしまった。ここまで少しうまくいっていた分、かなり落ち込む。


「シュッキ神族が一緒に戦ったとか?今回のユニールさんみたいに。」

「確かに。シュッキ神時代の本がフィルヴォルゴ五王時代について詳しすぎるからな。その時代から隠れて見ていたというのはあるかもしれないな。魔族の線、強いかもな。」


爺は宝物庫で戦った守護者は一体だと言っていた。おかしいと思ったんだ。黒い靄が骸骨になって襲って来た。あれは魔族の仕業なのだろうか。初戦で倒せれば御の字程度で力を抜いて戦い、一度負ける。油断させて中に入らせ外に出てくる気が抜けている時に襲う。何度も襲ってくるものじゃないはずだ。しかも守護者だったら宝具の奪還を第一に、第二に宝物庫からの排除を心がけるはずだ。あの時はマター放出のブラストから見えた骨を殴っただけでやられたように消えた。魔族だとしたら倒しきれていないはずだ。力を試しただけか?だとしたら………



「すまない、紅茶をありがとう。行かなければいけないところができた。今度お礼にバカウマでも持ってくるよ。」

「ああ、いい話が聞けたよ。お礼だったら僕をウォールの丘まで連れて言って欲しいな。」

「あそこはつまらないからバカウマで勘弁して欲しいところだ。じゃ。」


残りの紅茶を一気飲みして図書館を出る。目指すはトレジャーハンター協会。


日が暮れそうだ。昼飯も食べずにクランツと話していたのか。屋台で何か買いたいところではあるが、先に用事を済ませなければ。

トレジャーハンター協会の重い扉を開ける。


「すまない、ランリィはいるか?」

「トレジャーハンターのランリィ様ですか?今ここにはいらっしゃいませんが。」


受付嬢が気だるそうに答える。


「住んでいるもしくは泊まっている場所は?」

「個人の情報なのでお教えできません。というか知りません。」


もしあの黒い靄(原住魔族とでもいうべきか)が生きていだとしたらこの街にいるはずだ。ここに封印されているものを解くはずだから。そしたら真っ先に一番近いシュッキ神族の子孫で放出の使えるランリィを殺しにくるだろう。俺だったらそうする。これ以上ランリィのことを聞いたらただのストーカーだと思われる。どうしたものか。


「ん?ランリィちゃんの居場所か?それなら俺知ってるぞ。」


む、こいつはたしか…


「街二番になったミームラか。」

「悪意あるなその言い方。知っている情報も教えたくなくなるな。」

「すまない。みんなが『ミームラは二番目になったんだな』って教えてくれるからそのイメージが強くて。申し訳ない。」

「みんなそんなこと言うのか…」

「まあ、いずれ俺ここから出て行くからさ、そしたらまた一番に舞い戻れるぞ。」

「あんまり嬉しくないけど順位自体そんな高くないしな。別にいいよ。ランリィちゃんだったら三年前から同じところに住んでいるから知っているよ。テンプルバーの通りの2区画向こうの通りの赤屋根黄壁のアパートに住んでいるよ。奇抜だから割とみんな知っているから迷ったら街中で聞いてみな。」

「ありがとう、157位のミームラ。」

「そっちの方が傷つくんだよなぁ………。」


そんなことも露知らず、ユニールはランリィを探しに街をかけて行く。

テンプルバーのあたりについたところで一つ思った。ここから2区画ってどっちだ?と。

迷った結果、上から見ればわかるはずと強化して大ジャンプ。すぐに見つかった。さすがに空中を蹴ることはできないので走って向かう。

表札を確認。201だ。

二階の一部屋のドアをノックする。


「はーい今出るから待っててー」


呑気な声が聞こえた。安心した。


「あ、ユニールじゃん。どうしたの?」

「いや、少しきになることがあってな。」

「お金の請求?それとも夕飯食べに来たの?今日は疲れているから明日にしてくれない?迫真に迫る顔してどうしたの?とりあえず中に入りな。」


ランリィの部屋は質素だった。20万もポンって出すからお金持っていそうだったのに。


「いずれ出て行くからものを増やしたくなかったの。地味で悪かったわね。」

「いや、こういうの楽でいいよな。」

「いや、こういうのが好きなわけじゃないのよ?実家はもっと物あるんだから。」


ランリィは台所に立ってお茶を入れてくれる。今度も紅茶だ。クランツの従者よりも入れるのがうまい。従者下手すぎないか?


「で、用はなに?遊びに来るような人にも見えないし、金をいそいそと請求しに来たようにも見えないから気になるの。」

「魔族」


ランリィの顔が引き攣る。どうやらヒットのようだ。彼女は何か知っている。

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