第17話

「こ、これで完全攻略なのよね?」

「多分な。」

「これでも情報収集してから来たんだけど、ボスの二度攻撃とか聞いたことないわよ?まず喋るとか色々おかしかった。」

「ああ、おかしかった。剣の腕がパワーが上がっていたのに落ちていたんだ。」

「あの黒いのが別ってこと?」

「守護者とは違う存在かもしれないな。マターのみで攻撃が通るのは不思議だった。すり抜けるというより、吸収されちまうというか。」

「マター生物だったのかもしれないわね。」


マターのみで体を構成された生物か。全くダメージを与えられなかったのは屈辱だ。これだけ修行して来たのに。カッコつけてランリィを守っていたのに結局は助けられた。自らの手で倒せるようになりたい。


「マター放出って人間でもできるのか?」

「無理。」

「そこをなんとか。」

「無理。そういう存在じゃないもの。」

「どういうことだ?」


マターとは元素とはまた違う物質で、全てのものに宿るエネルギーである。

マターを操作、増幅することによって種にとらわれない超常の力を得ることができる。

増幅したマターを単純に身体に注げば強化。肉体強化、循環強化はこれに当たる。

細胞ひとつひとつに働きを変えるように語りかけるような注ぎ方をすると変質。硬質化がこれに当たる。

細胞を不定形にし形を変えるように注ぐと変態というように様々な能力がある。

今あげた三つは自らの体内にマターを作用させるもの。

ランリィが使ったブラストはマターを放出するもの。全く意味が違うのだ。

では何故ユニールにはマター放出ができないのか。それは単純に種族の問題である。ランリィは小人、神族とされたものの子孫である。自然と共に生きるもの故に外との親和性が高く、外にマターを放ったり、外からマターを吸収したり干渉できる。

しかし人は自然と対立し、寄り添い、交わるのではなく対立、または平行に生きている。だから外にマターを放ったり、吸収干渉することはできない。


「だから無理なの。」

「そんなの、やってみなきゃわからないだろ?」

「説明ちゃんと聞いてた?あのね、種族的にできないの。」

「やってみないとわからないだろ。人だって頑張ればできるかもしれない。いや、できるはずだ!」

「なんでそんな根拠があるのよ。」

「先祖だって昔から強化や変質が使えるわけじゃない。誰かが使えるようにしたはずなんだ。だから俺がマター放出を可能にする。それだけだ。」


ランリィは溜息をついて付き合いきれないという態度をはっきり表した。


「仕方ないわね。出せるように教えてあげるから。」

「よっしゃ!ありがとな。」


丘を下って行く。時はすでに夜。夜空には星が瞬いている。

日が落ちているので野営をして帰るのは明日にしようと提案するとランリィはその提案に乗った。樽リュックからウォーターフォードで購入した安い布を広げる。肉もまだ残っていたのでパンに挟んで食った。

布に寝転がり、目を閉じた。




「ユニール、起きなさい!」


ユニールは飛び起きる。


「あんたどんだけ油断して寝てるのよ。何に襲われるかわかったもんじゃないわよ。」

「これからは全身硬質化してから寝るようにするよ。」

「持ち運ばれて火の中に落とされたらどうするのよ。」

「それはさすがに気づくって。」

「どうかしらね………。」


朝飯を準備する。昨日と同じものを作ろうと思っているが、飲み水がない。


「あ、水がないな。」

「水?ああ、それだったらはい。」


ランリィは手から水を出した。


「え、ランリィ何それ。手汗?」

「手汗とは失礼ね!変換よ、硬質化と同じ仕組みの。」


マター放出をマスターするとこんなこともできるのか。夢が広がる。というより野営が一段と楽になるなあ。


「それは火もつけられたりするのか?」

「簡単ね。生命体の変質ではなく自然現象の中で自由に置き換えているから幅は広いわね。」

「なるほどね。」


サンドウィッチを食べて、水で流す。ユニールはすぐに出発したかったのだが、ランリィは一口が小さいのでだべるのが遅い。腹ごなしの体操をしていたらランリィも食べ終わったようだ。


「じゃあダブリンに戻るか。」


樽リュックとランリィを背負って走り出す。強化を強くかけている。マターを強化するつもりなのが透けて見えた。


「ただいまダブリン!」


ダブリンに帰ってきた。行きよりも短かったのでまだ午前中である。門番にトレジャーハンターカードを見せる。


「どうだ?収穫はあったか?」

「ま、ぼちぼちね。」


収穫は小石なのである。なんとも微妙な利益である。


「ユニール、報酬なんだけど…」

「後払いの15万と夕食だろ?それならいらないから放出の方法を教えてくれ。というか一緒に宝物庫探しの旅に出ないか?」

「うーん、それはありがたいお願いなんだけど。放出の方法は無料で教えるから報酬はあげる。私一人じゃ、この街にいるトレジャーハンターの誰と行っても攻略できそうになかったし。でも一緒に旅に出ることはできない。」

「なんでだ?」

「私、この街で友人の妖精を探しているの。」

「この街から出ていたりしないのか?」

「それはない。まだ少し気配がするの。」

「そうか、それじゃあ無理だな。」

「ユニールが滞在しているうちに見つかったら付いてってあげるわ。」


ランリィは自分の知らない知識を持っているし、マター放出と変換が使える珍しい存在だ。望み薄である俺のマター放出計画が失敗した場合、また宝物庫を解放するときにあいつと似たようなマターで攻撃しないと効かない相手が出た場合に詰んでしまう。なんとか習得か仲間にしたいところだ。探すのも視野に入れてもいいかもしれない。


「疲れ溜まっているから報酬は明日でいい?昼過ぎにトレジャーハンター協会で報酬のやりとり、そのままの足で夕食をおごるっていうのでどう?」

「信頼しているからそれでいいよ。」


約束をしてランリィと別れた。宿の前まで来た。さっさとベッドに入って寝ようと思ったがククリールさんの商会に帰ってきたことを伝えたほうがいいと思って隣の商会に入る。


「すみませーん、ユニールです。ククリールさんいますかー。」

「おやこれはユニールさん、宝物庫から帰って来たのですね。お疲れ様です。」


イカした渋いおじさん執事が迎えてくれた。ヌースさんだ。


「ヌースさんお疲れ様です。宝物庫攻略行って来ましたよ。」

「それはそれは。なりたてなのに随分と早いですね。」

「まあ、付き添いなんで。」

「それで、どれ程の番号を?」

「630です。」

「さすがでございますな。主人とともにその時のお話を聞きたいものです。」


ヌースさんは二階の事務所に迎えてくれた。ククリールさんは仕事中で、山から書類を取って見ては隣の山に重ねるという作業を繰り返している。


「ああ、ユニールくんか。宝物庫攻略をして来てたんだって?どうだったか詳しく話を聞きたいところなんだけど、ちょっと区切りがつくまで待っててもらえないかな。ヌース、紅茶を淹れてくれないか?」

「かしこまりました。」


ソファーに腰をかけ、作業しているククリールさんを見る。あれは本当にちゃんと書類に目を通しているのだろうか。


「主人はちゃんと書類に目を通していますよ。商人の世界は化かし合いの世界。主人は人を騙す真似をしたくないとおっしゃられて実行していらっしゃいますが、商売相手や競合相手はそうはいきませんからね。しっかり書類を読み取っておかないと後で契約に齟齬があったと問題になると大変な目にあってしまうのですよ。」

「確かにそうですね。それにしても読むのが早いな。」

「終わりましたユニールさん。それで宝物庫攻略のお話を聞かせていただけるのですよね。」

「まあ、至らないところばかりで反省点ばかりの愚痴になっちゃいそうなんですがね。」


それからククリールさんとヌースさんに宝物庫であったことを話した。ランリィという子と一緒に行ったこと、実は一対多が対策できていなかったこと。600番代を舐めていたこと。宝具は僕らには使い道のない石ころだったこと。そして宝物庫を出ようと思ったら黒い靄に襲われたこと。


「何度か宝物庫について聞いたことはあるんですよ。それでも宝物庫の中に入った後外で守護者が復活したという話は聞いたことがありませんね。墓の史跡宝物庫だとしても。」

「ん?墓の史跡宝物庫?」

「宝物庫には史跡宝物庫と秘境宝物庫の二つがありますよね。」

「ええ、遺跡にあるのと危険な場所にあるのの二つ種類があるって聞いたことがあります。」

「その二つのうち史跡型宝物庫の方で偉人の墓が宝物庫となったパターンが何例か見られんですよ。商人は情報が命と言いますから商人やってると耳に入るんですよ。それでも墓の史跡宝物庫でも一度だけで二度目はなかった、ましてや黒い靄なんて話聞いたことありませんね。」

「そうですか。」


これであの黒い靄が守護者という説が消えた、と思ってもいいと思う。しかしあれは何者なんだ?


「宝物庫の話ありがとうございます。」

「あの、いない間街で何かありましたか?」

「ヌース、何かあったか?」

「無差別連続殺人のあれ、2日前にもう一人死にましたね。確か、テンプルバーのあたりだったような。」


嫌な予感がする。


「ありがとうヌースさん。」

「いえいえ、気をつけてくださいね。」


逸る心を抑えきれず店を出て、図書館へと向かった。

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