第21話 それはとても神聖な決まりで
アリを一網打尽にする為には水の精霊術が必要だという事で、村の中に出身者はいないか、という話になった。
そこで名乗り出たのは三人のおっさん達――付き合いもそこそこあるはずのロッコが、驚いてしまう。
いや、まぁ驚いたのはそこじゃないんだけどね。
「アンタら、水精霊の国出身だったのかい……?」
ふっと、髭のおっさんが笑う。見事なドヤ顔だった。
「ああ、姐さん。ちゃんと名前だってあるんだぜ?」
それぞれ――
「聞いて驚くな? 俺の名は『蘭々(ランラン)』だ! ランって呼んでくれ」
「オレは『凛々(リンリン)』! リン! リンでいい!」
「お、オイラの名前は『蓮々(レンレン)』っていうんだな。レンでいいんだな?」
す、すげえ! なんか可愛いんだけど!
「ていうか、お前ら名前があったのか!?」
てっきりそんなものも用意されていないモブなのかと思ってたぜ……!
よ、よかったなぁ。ぐすん。
「いや、別にあたしらは知ってたけどね。名前くらい」
『うん、であった日にきいた』
まあ、だよね。
知らないのは俺だけだよね。
「そ、それより、重要なのはこっちだろう! どうして水の精霊術を使う為に、裸にならないといけないんだい!?」
『それに、おどるって言ってた』
そうそう、そう言ってた!
そっか、ロッコやジャックも、水の精霊術のことは聞いてなかったんだな……。
「そこはちょっと、説明し辛いんですがね……」
髭のおっさんランラン(可愛い……)は、自分の髭を触りながら問いかけてくる。
「ちなみに、他の国はどうやって精霊術を使ってるんです?」
俺たち三人は、顔を見合わせる。
確かに他の国はどうなのかって、知らないかも。
「あたしが知る限りだけど、土の精霊術は、土に触ってないと使えないね」
『うん、じめんに手をつける。風の精霊術は、しゅうちゅう……なのかも? 風は、くうきって感じで、どこにでもあるから』
「うーん、俺は精霊術が使えないからなぁ……。でも火に直接触れるってことはないぜ。離れた場所の火を自由に扱うって感じだった」
闘技大会とかでは、闘技場の四隅に煌々と燃えてる炎が用意される。
みんなはそれを使って、戦闘に利用していたな。
「あぁ、後は火を武器に伝播したりか。幼馴染が使ってた槍とかえげつなかったなぁ……炎で作った刃先で十字槍になってたし」
うんうんと、ランランは火、風、土の国の特徴を聞いてうなづく。
「俺達ウンディネの民はな、常に水に感謝の気持ちを抱いてるんだ。その気持ちを精霊術に転用する。水の精霊『セイレン』様に踊りを捧げて、水を操るんだよ」
へえ、そういう仕組みになってるんだ。
「そう、祈祷! 神聖な踊り!」
「か、必ず踊らないといけないんだな。け、結構疲れるんだな」
リンリンとレンレンも、同じようにうなづいて、情報を補足する。
そこに突っ込みを入れたのは、誰より冷静に状況を読むロッコだ。
「いや、今のところまったく裸は関係ないけど?」
それが関係あるんですよ姐さん、とランランは言う。
「セイレン様は新しいものが嫌いというか、古風な考え方をしている御方で――“生物は全て海から生まれ、そこから進化していった”と言葉を残しているんです。
全ての文明は水から始まり、その根幹には『生まれたままの姿』が一番素晴らしいという教えがあって……」
ほうほう、それでそれで?
「つまり、セイレン様は人類の文明や歴史の象徴である『衣服』が嫌いなんです。気取ってるって考えで――だから契約する時、みんなにルールを強要するんでさ」
「服を脱げば脱ぐほど、威力が増す!」
「は、裸がなによりも尊ばれるんだな。頭のおかしい国だったんだな」
そんなに服を意識しているのか……。
水の精霊セイレンは猫かよ。吾輩はってやつ。
「そして忘れちゃいけないもう一つの特徴が、生物同士が密着する……手を繋げば威力が増すってことでね」
ピっと人差し指を立てて、ランランは俺に対して作戦概要を説明する。
「今回の作戦はよ、つまり海の水をアリの巣に流し込もうってことだろ? でも奴らはデカい。尋常じゃないほどの水がいる」
「なるほど、つまり……村のみんなが手を繋いで、水の精霊術の力を倍増させようってことか?」
「その通りだ。人類皆兄弟って精神でな。ほらな? 聞くだけでもうんざりだろ? だから精霊術は使いたくなかったんだよなぁ……」
おいおい、裸が恥ずかしいのは分かるが、そこまで自国の精霊術を嫌うなよ。
生まれ故郷への誇りと愛情はどうした。
『それって、もしかしてぼくたちも裸になるの?』
ジャックからの無邪気な質問に、こくりとランランはうなづく。
「もちろん。これは生物共通の認識だ。むしろ人間くらいだ、服を着てるのなんてとセイレン様は怒ってるくらいだぜ」
「マジでバカ! 時代遅れにもほどがある!」
「い、異様なんだな。みんなで手を繋いで真剣に踊るのは恥ずかしいんだな」
ちょっと、待って。
…………え?
み、みんなってことは、それって……女の子も裸になるの!?
精霊術を使う、おっさん達だけじゃなくて!?
「あ、あたしはヤダからな! 絶対脱がないからっ」
さっと胸元を隠しながら、ロッコは頬を赤くする。
「ハハやだなぁ姐さん……。誰も姐さんの裸には期待してなげっふぁ!?」
『…………』
ジャックお怒りの拳である。
いったそぉ……たんこぶ出来てるじゃん。
まぁそりゃ、好きな子をバカにされたら怒るよね。
でも胸元に「……」ってわざわざ書いてあるの、シュールだな。
「そうそう! 姐さんじゃなくて、シャルロットとかアードラの……あれ、そういえば!?」
「ど、どこに行ったんだな? アードラ、姿が見えないんだな?」
「確かに姿が見えないね。アリに襲われてないといいが……」
『さがさなきゃ』
きょろきょろと村を見渡しているも、そりゃ二人ともいないよね。
アードラの正体をみんなに言ってもいいが、俺は気が逸ってしまっていた。
だって、水の精霊術の使い方が分かったんだ。
早く、シャルを迎えに行きたかった。
「よし、それじゃ今すぐ試そう!」
俺は迷わずに服を脱ぐ!
ゴゴちゃんから貰った、南国に来て浮かれてるっぽい服を!
さあ、まずはズボ――あれ、みんな脱がないの?
脱ごうとしてるの俺だけ? あれれ……?
まぁでも、着ていない方が見慣れてるからか、みんなその行為を騒がないから不思議だよね。
「いいや、まだだ。その方法に了承したわけじゃないが……決行は今じゃないよ」
「いや、だけどロッコ! 時間を置けばシャルは――」
「――あいつは、あの悪魔は今回の件を『試練』だと言った。あたしらの行動は待つはずさ。それに元々シャルのことを嫁として扱ってるんだろ。きっと酷い目には合わない。少し落ち着きな、イオリ。計画を成功させる為には準備が絶対に必要なんだ」
「…………ああ。すまない」
ロッコは頭をガシガシと掻きながら、状況を進めていく。
「作戦開始前には、村の撤去が必要だろう。イオリにもやってもらう事がたくさんあるよ」
そこから、ロッコの指示に従い村のみんなで準備を進めていった。
幸いなことに、アリはそこまで押し寄せて来なかった。
来ても散発的に数匹来る程度、俺やジャックだけでも対処が可能な数だ。
浜辺で作業する村のみんなを守りながら、俺は何千回も剣を振る――
主に割り振られた俺の役目は、ひたすらに樹を切ること。
岩が切れるなら樹も切れるって、その通りなんだけど、実は結構力使うからか少しは疲れてしまうんだ。樹を切れるほどの剣筋なんて、ずいぶんと集中しなきゃいけないから。
でも俺は、夜になるまでずっと続けていた。
俺の行動が、俺の剣が、みんなの為になると言われたら、頑張らない理由がない。
もう陽が落ちて、浜辺の方でもみんなが明かりを付けて作業していた頃だ。
こんな声が、聞こえてきたんだ。
「こんなに樹を切りやがって……。お前ら人間は畜生にも劣る生き物だな。樹に口がなくてよかったと感謝しておけ。じゃなきゃ恨み節で呪い殺されてる所だぞ」
そんなことを言いながら、褐色美女がブスっとした表情で現れたのだ。
樹精霊ドライアドが、人間の姿を象った状態で。
「あ、アードラ……?」
「よう、精霊術も使えない騎士様。あんまりにも遅いから、僕が自ら殺しに来てやったぜ」
相変わらず、俺はとてつもなく嫌われていた。
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