第20話 ただし服を脱ぐ必要があります

「グエグエグエ~!!」

「い、イオリー! 私は大丈夫だから、木を登ってきちゃダメだからー!!」


 ああ、見事な手際でシャルが連れ去られてしまった。

 叫びながら、空の彼方へ消えていく。


 空を飛ばれたら、もう対処できないじゃないか……。


「くそっ、騎士として、側にいて守ると誓ったのに!!」


 歯を食いしばりながら、うつむいてしまう。


 かなりギャグっぽい展開だったが、実際にはかなりしてやられた気分だった。

 とてもじゃないけど、それを止められなかった自分を許すことなど出来ない。


 シャル、ごめん。俺は君の言葉に従うことが出来ないんだ。

 絶対に取り返して見せる。神様のように強く尊い、樹精霊ドライアドから。


「…………っ」


 ……よし、行こう。もう覚悟は決まった。

 一方的かもしれないけど、約束したんだ。俺はシャルを笑顔にするって――


「――待ちな。一人でどこへ行くつもりだい?」


 豆の木がある島の中央へ歩き始めたところで、ロッコから声をかけられた。

 振り返ると、ロッコやジャック、三人のおっさんや村の連中が俺を見ていた。


 じっと、非難するように視線が集まっていた。


「……悪かった。でもみんなを巻き込むつもりはないからさ。はは、ちょっと木に登ってくるわ」


 出来るだけ明るく言ったつもりだったが、ロッコに溜息をつかれてしまう。


「そうじゃないよ。あたしは、一人で、どこに行くんだって言ったんだ」


 その呆れたような口ぶりで、ようやくロッコの気持ちを察する事が出来た。

 でも、甘えられないよな。だってこれは俺のせいだ。

 アリが村に来たのも、樹精霊ドライアドが本気で嫌がらせに走ったのも。


 昆虫の襲撃で、村の誰かが命を落としてもおかしくなかった。

 今回は運が良かっただけで、次は防げるかどうかわからない。


 ああ、もう。アリが暴れまわったから、畑の一部が無茶苦茶だ。

 村のみんなが、頑張って育てていたのにな……。


「みんなを巻き込めるわけ、ないだろ? これ以上迷惑かけられないよ」

「……それで? 一応、続きを聞こうか」


「見たなら分かるはずだ、あいつは完全に私怨で動いている。

 シャルに新しく付きまとうようになった、俺への嫉妬や悪感情で行動を起こしたんだ。

 だから、決着は俺の手でつける。そうしないとダメなんだよ」


 はあ、と、ロッコは見せつけるように、わざとらしく息を吐く。


「何も決着まで奪おうとは言ってないよ。そこはイオリに任せるさ。でも、もうこれは村の問題だ――アリが、村を襲ってきたんだからね。一人で突っ走るんじゃないって言ってるんだよ」

「いや、でもそれは元を正せば俺のせい……」

「まったく、水臭いこと言ってるんじゃないよ。あんたはもう、村の仲間だろ?」


 その優しい言葉に、ぐっと涙が出そうになる。


「そしてあたしはもう、シャルを仲間だと思ってる。もう事情も理解してるんだよ。他ならぬ、あんたが説明してくれたんだからさ」

「…………」

「シャルはいつもああやって、今まで苦労してきたんだね。見捨てられるわけ、ないだろ? 他人の振りをして、自分達の保身だけ考えるわけないだろう」


 ロッコ……あれだけ敵意を向けていたのに。

 アリに村を襲われて、悔しくないわけないのに。


 それでもなお、その原因となった俺とシャルに協力してくれると、いうのか。


「ありがとう。俺はシャルの為にも、木の上に行かないといけない」

『ぼくも手伝う。村のみんなは家族だから。いおり兄ちゃんも、しゃる姉ちゃんも、もう家族だと思ってる』

「……ジャック……」


 ジャックは代償により、嘘がつけないはず。

 それは紛れもない本心なのだろう。それが何よりも、嬉しいよ。


「へっ、やってやろーじゃねぇか! 姐さんやジャックに辛い目に遭わせた悪魔に、一発くらわせてやんなきゃよ!」

「そう! シャルロット誘拐された! アリと悪魔、決着つける!」

「ど、どちらにせよもう巻き込まれてるんだな。だったら協力しあった方が、絶対に上手くいくんだな。ぜ、絶対に一泡吹かせるんだな。ここは引いちゃダメなんだな!」


 おっさん達……泣かせるんじゃねえよ。


「分かるだろ? こう言えるのも、あんたの強さを見たからさ。

 最強の剣を持ち、騎士団長仕込みの剣技を使う。イオリ・ユークライアの強さをね」


 ニィィと、ロッコは不敵に笑って見せる。

 続けて男達が次々に言葉を出した。


『いおり兄ちゃんが剣をふったら、とおくのアリだって死んじゃうし』

「ああ、化け物だよな。体つきからして人間っつーより筋肉の塊だもんな」

「そう! 人間じゃない! 筋肉モリモリ!」

「しょ、正直ちょっと引いたんだな。筋肉キモいんだな」


 へへっ。まったく、素直じゃない奴らだな。

 褒めるんだったら、もっと言葉を選べってんだ。


 要するに、筋肉万歳ってことだろ!?(言ってない)


「……お前ら、大好きだぜ!」


 誰かに抱き着きたいけど、選択肢がない。残念だ!

(男相手は嫌だし、本音で言えばロッコだけど、ジャックに怒られそう。くそうシャルがいればなー)


「さ、感動ごっこはこれで終わりさ。具体的にどう動くのか、考えていくよ」


 パン、と手を叩いて、ロッコは村の連中に指示を出す。

 うわお、ドライだなぁー。感動のハグしたいのになぁ。


 多くは被害が出た畑の直しや、壊された小屋の修復などを行うようだ。

 そして中心メンバーであるロッコ率いる仲間達(+俺)は、広場にて作戦会議。


「それで、イオリはあの豆の木に登るつもりなのかい?」

「……ああ、そのつもりだ。最初は女王アリを倒せばそれで終わると思っていたんだ。だけどもう状況が変化した。よりにもよって、一番厄介な奴が立ち塞がってきやがった。くそ、アリを倒すだけじゃ終わらないってことか」

「いや、そこにはあたし、最初から違和感があったけどね?」


 え。そうなの?


「どこが?」

「イオリは、次の島へ渡る条件を、島での生態系の頂点になると言っていたよね。それが精霊から与えられた試練だって」

「ああ、そう思ったんだけど……違うのかな?」

「人間が一番下なのは間違いない。でも頂点は、アリだとは限らないだろう」


 そう言ってロッコは、チラ、と世界樹に目を向ける。


「樹精霊ドライアド、どう考えてもコイツが、島の中の生態系で頂点に来るはずさ」


「「な、なるほど……確かに!」」

『ロッコ、あたまいい。かわいい』


 みんなから褒められて、ロッコは頬を赤くする。

 この外見9歳児め! ほっぺたつつきたいぞ、こんちくしょう!


「それじゃあ、とりあえず木に登って、悪魔と戦えばいいんですかねぇ?」

「それだけでも無茶! あそこ島の中央にある!」

「アリの巣の近くにあるんだな。近づけもしないんだな」


 三人のおっさん達は腕を組んで、うーんと悩んでしまう。


「でもこれから、無理にアリと戦う必要がないってのは収穫だろう?」

『うん、アリこわい……』


 ジャックがうつむいてしまう。

 尻から出た酸みたいな液体をもろに浴びたもんな。ありゃトラウマになるよ。


 しかし、うん、ロッコの推測はきっと正しいんだろう。


「でもやっぱ、アリの存在はこの試練には必要だと思うよ。アイツらを無視したら、多分これは乗り越えられない」

「……ずいぶんとはっきり言うね。何か確信があるのかい?」


 生態系を崩すって考えに至った時から、考えていたことがある。

 そしてこの作戦は、無駄にならない。きっと今回でも役に立つはずだ。


「アリの巣ってのは、きっと全部、土の中で繋がってるよな?」

『うん、たぶん』

「そしてアリの大部分は、巣の中にいる。少なくとも女王アリは巣の中だろう」

「まさか巣を攻略しようってのかい? そんなの自殺行為だよ、止めておきな」


「いや、違う。巣の構造が利用できるって話さ――」


 そこまで言って、この先を言葉にすることに少し悩む。

 さっきの温かなやり取りにも、関わっているからだ。


「でもこれをすると、村にも被害が出るんだ。きっと畑もぐしゃぐしゃで、もう住めなくなる可能性だって……」


 そんな俺の顔を見て、ロッコは背中を勢いよく叩いてくる。

 いっっっってえええぇぇ。パーン! て音がしましたけど!?


「カカッ、うじうじしてるんじゃないよ! どの道、次の島へ行くときには、村を捨てないといけないことは分かってた。そうだろう?」


 ロッコの問いかけに、三人のおっさん達は親指をぐっと立てて応える。


『それに、しゅうかくできる野菜は、今の内にとっちゃえばいいんじゃないかな?』


 ……ああ、そっか、野菜は収穫しちゃえば、とりあえずは無駄にならないのか。

 それにしても、こうも簡単に村を捨てる覚悟が決まるなんて……。


「まったく、気持ちいい奴らだよ、みんな……」

『…………えっちな意味で?』

「いやそれは違うけどね!?」


 あぁびびった。中身9歳でも、そういうこと言うんだね。


「俺の考えてた作戦は、これだ。みんなも子供の頃やらなかった?

 自然の力を使って、アリの巣を一網打尽にする方法――巣を見下ろしながら、ツバを垂らしたりさ」


 みんなその言葉で、ピーンと来たようだ。


『どういうこと……?』


 ジャックは分かっていないようだ。

 子供の頃からずっと、家から出られなかったって話だもんな、無理もない。


「いや、考えは分かったよ……でも、どうするんだい? 奴らの巣穴を見たことある、ありゃ洞窟だ。とてもじゃないが一杯には出来ないよ」

「ここは絶海の孤島だろ? つまり周りを見渡せばあるじゃないか。使いきれないほどたっぷりさ」


 そう、俺の作戦は海の水を使った――『アリの巣の水責め』だ。


 何も一匹一匹、律儀に倒していくわけじゃない。

 自然の力を利用してやるのさ。樹精霊ドライアドが植物を使い、昆虫を使って攻めてくるなら、こっちだって大自然を使ってやろうってね。


「うわあ、えげつない作戦考えるなお前……」

「戦闘狂! 戦狂い!」

「や、やっぱり火精霊の国の奴らは野蛮なんだな。理解不能なんだな」


 う、うるさいよ。

 お前らだってアリと直接戦うよりいいだろ!?


「だけどこの計画には、とある精霊術の力が必要になる。水精霊の国『ウンディネ』出身者が居なければ、実行することすら不可能なんだ」


 そう、肝心なのはここだ。

 水の精霊術がなければ、とてもじゃないが海水をアリの巣にぶちまけられない。


「……知っての通り、あたしは土の精霊術しか使えないよ」

『ぼくはもともと、テンペスト様の国だったけど……このからだは土の精霊術しか』


 ロッコとジャックは、首を振ってしまう。


「そもそもが、ノウムとシルフィの出身が多いんだよ。まあ『ユグドラシル』まで物理的に距離があるからね……。火精霊の国の出身だって、イオリを含めて二人くらいしか居ないはずだ」


 ああ、サラマンドラ出身の人もいるんだね。

 50人もいれば、少しは北の果ての国からも来るか。


 うーん、やっぱりこの作戦、無理かな…………は、なんだ、このザワメキは!?


「ふっふっふ……ついに俺達の出番が来たようだな!」

「来た! 美味しいところ持ってく!!」

「も、モブじゃないんだな。ちゃんと役に立つんだな!」


 ババーンと、三人のおっさん達は思いおもいのポーズを取る。

 お、おっさん達……!! まさか……!?


「あ、あんたら水精霊の国から来たのかい? そんなの一度も言ってなかったじゃないか」

『うん、いちども水の精霊術、みたことない……』


「へへ、姐さん、そもそも『ウンディネ』がどこにあるか知ってるんですかい?」

「……いや、そういえば大陸の中には、ないよね?」

『うん、多分……』


 そう、水精霊の国『ウンディネ』は、大陸のどこにもないのだ。

 つまり俺も水精霊の国の人に会ったことがなかったし、その国に足を踏み入れたこともなかった。


「ウンディネはね、海の上にあるんですよ」

「船! 大小様々たくさんの!」

「い、色んな船を鎖で繋げて、海の上をさまよってるんだな。あんまり大陸に上がらないんだな」


 そうだったのか……。すごいな、ずっと船の上で暮らしてるのか?


「それはすごいけど、どうして今まで精霊術を使って来なかったんだい」


 ロッコからの問いかけに、三人のおっさんはぽっと頬を赤く染める。


「精霊術を使うには、あんまり触れたくない契約がありまして……」

「恥ずかしい! だからやらなかった!」

「そ、そうなんだな。は、裸で踊らないといけないんだな……!!」


 おっさん達は、そう言ってのけたのだ。

 ……え、は、はだか!?


 どういうこと!?


 また脱がないといけないの? せっかく服を着たのにさぁ!

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