第18話 三匹のアリ、と
「ジャック! 俺達の出番だ!」
『うん、行こう! いおり兄ちゃん! アリをたおさなきゃっ』
胸元にある木の板に、可愛らしい文字で勇ましい言葉を浮かびあがらせた190センチ越えの大男と、小屋を飛び出し村の畑まで走っていく。
そこには報告通り巨大なアリが三匹いて、比べると小さな野菜をせっせと引き抜いていた。
その場で食べてはいないようだ。巣に持って帰るつもりなんだろう。
「ジャックはそっちの一匹を! 村のみんなと協力してやってくれ、任せたぞっ」
『いおり兄ちゃんは!?』
「俺はとりあえず――こっちの一匹を片付ける!!」
走りながら剣を掲げ、飛ぶ――
野菜を引き抜くことに夢中な首が、ガラ空きだぜ。
ここは敵地、戦場だということを認識していない。
ちっぽけな俺たちなんて、敵じゃないとでも?
人間様を舐めるんじゃねえ、こっちを見もしないんじゃ、すぐに命を落とすぞ!
「でやあああああああああぁぁぁっ!!」
アリの首めがけて木刀を振り下ろす。
ズトン、と驚くほど簡単に、アリの頭と胴体が離れた。
「よし、まず一匹……どうええぇっ!?」
アリの胴体が、頭と離れたはずの胴体が、まだ動いてるううぅぅ。
うわぁ、小さいサイズだとまだなんとか見れるけど、人間より遥かにデカいとキモいし迷惑だな。
あ、ていうかマズい。この胴体、頭という司令塔を失っているからか、上手く立ててない。転がり始めた! このままじゃ畑が潰され――
「――ぐっ!?」
ぬっ、っと横から巨大アリが突進してくる。
咄嗟に剣を受け止めたが、軽く吹き飛ばされてしまう。
コイツは、残りもう一匹のアリか。
ちら、と横目で確認すると、ジャックは地面に手をついて土の精霊術を発動させていた。複数の土の槍でアリを閉じ込め、村の連中が大きめの石を投げたりして目を潰そうと励んでいる。
あっちは大丈夫そうだな。時間はかかるかもしれないが、きちんと倒せるはずだ。
「へっ、それじゃあ後はコイツだけってことだな」
いいぞ。下手に他の奴に向かってしまうよりもいい傾向だ。
仲間がやられて、俺を脅威と判断したか? それにしてもお前は、大きすぎるな。
他の個体よりも、1.5倍はデカいじゃないか。
俺が担当して良かったぜ。コイツはおそらく、三匹の中で一番厄介だ。
「俺を狙うとは、いい目をしてるぜ。お前も同じように首を切り飛ばしてやる……!」
初めてアリを見た時は夜だったからか、全貌が把握しきれなかったが、なんて鋭い顎だ!
これで挟まれたら、簡単に人体は引きちぎられてしまうだろう。
「っ、ふ――!」
アリが軽く首をふるだけで、それは顎にある鋭い牙による攻撃となる。
木刀で受け止め、さばく。隙を見て攻撃しようとするも、体の大きさが違うからか、馬力が違い過ぎてただの前進で押し飛ばされてしまう。
反撃の為に横に回ろうにも、アリが少し顔を動かすだけで正面のポディションに戻された。動きが、早すぎる。
くそ、態勢が上手く整わねえ。体を狙って剣を打ち込んでも顎で弾かれちまう!
「い、イオリ、そのアリは『兵隊アリ』だ、戦闘力は桁違いだぞ!」
いつの間に小屋から出てきたのか、ロッコが青い顔をしてこっちを見ていた。
兵隊アリ――無数にいるアリのコロニーの中でも体のデカい個体であり、外敵と相手をする役目を負っているという話だ。巣の中でも数%しかいないという、戦闘に特化したアリ。
確かにコイツは、さっきの奴よりもアゴの強靭さが段違いだな……!
樹精霊から貰った最強の剣を使ってなければ、とっくに武器が壊れてる――
「だが、甘えぇ。吹き飛べおらああっ!!」
剣を顎で受け止めたアリを力任せに遠くへ飛ばし、視線をアリから外さずに、声をかけた。
「ロッコ! お前、危ないから下がってろって!」
「そんな真似できるか、ここはあたしの村だ! だからあたしが、村を守る!!」
ロッコが地面に手をつけて、鈍く力強い光を放つ。
そうか、転がって畑に被害を出す胴体を移動させようと――
あ、やばい。
「あ、危ねぇ、ロッコおおお!!」
「――っ、え」
土の精霊術で移動を妨害されていた胴体が、ロッコに向けて尻を向ける。
それは明らかに、攻撃のモーションで、
「き、きゃあああああああっ…………ぁ、あ、れ……?」
「…………っ」
「じゃ、ジャック!?」
いつの間にかジャックがロッコに覆いかぶさっており、アリからの攻撃を受け止めていた。
アリの尻からは透明な液体が発射されており、鼻につくようなツンとする匂いが辺りに広がる。
それは、液体を浴びたジャックの体が、煙を出しながら溶けてしまったような匂いで……。
全身が真っ赤になり、まるで火傷したように肌がただれていた。
「ジャック、なんで」
『ロッコ、だいじょうぶ……?』
「バカお前、蟻酸を浴びてっ、ばかぁ……」
ロッコの無事を確認してから、ガクリと、ジャックの全身から力が抜ける。
男だぜ、お前。ちゃんと好きな子は守り切ったな。
「てめえええ、よくもジャックを!!」
突きで胴体の外皮を破り、そのまま内部から切り刻む。
さすがに生命力の強いアリでも、体が機能しなくなれば動けないだろう。
「ジャック、ジャック、起きろ、頼む起きろ! 起きてくれぇっ」
ロッコは涙目で、意識を失い自分に覆いかぶさるジャックに声をかける。
酷いな。全身が火傷で痛々しい。だが一向に、怪我が治る様子はない。
「ロッコ、その体は死なないんじゃ無かったのか!?」
「怪我だけじゃダメなんだ! あの呪いはあくまで命を救うもので、怪我の治りだって普通の人間と変わらな」
「なるほどな。いいこと聞いたぜ――すまん、ジャック!」
ロッコの言葉の途中で、剣を振る――
頭のカボチャが、パーンと弾けた。
これでいいんだろう。一度殺すことによってジャックは不死鳥のごとく蘇る。
もそもそと、弾け飛んだカボチャの欠片が巻き戻るように頭の位置に集まっていった。
『…………う、なにが、おこって……?』
「ジャックぅ! よかった、お前あたしをかばって蟻酸を浴びたんだぞ!? もうあんな危ない真似は、やめてくれ。心臓に、悪過ぎるよ……ぐす……」
『ロッコ……あれ、そういえばアリは……』
見事に全快で蘇ったジャックは、きょろきょろとカボチャ頭を振りながら、状況把握に努めていた。
もう大丈夫だろう。遠目に見えるのは、ジャックと村の連中が倒したアリ、そして俺が首を切ったアリ、そしてこの剣で吹き飛ばしたアリが……あれ。
そういえば、まだ兵隊アリは飛ばしただけで生きて――
「きゃあああああ!!」
「……や、やっべえ」
俺がさっき吹き飛ばした兵隊アリが、その位置から一番近くにいたんだろう女の子に襲い掛かろうとしていた。
マズい、マズいどうする。今から駆けつけても、剣を投げても間に合わない。どう動いてもアリが人間の命を奪う方が早い。
ああぁ、今まさに鋭い牙が、頑強な顎が女の子に向かって振るわれる……!
「な、なめんなオラあああああああぁぁ!!」
もはや頭の中は空っぽだった。ただ、なんとかしたいと、無心で行動を起こした。
宙に向かって剣を振る――あれ、いつもなら剣を振った音があるはずなのに、
音が遅れて、聞こえるよ?
ヒュン、と空気を裂くような一閃が走り、女の子を襲おうとしていた兵隊アリが真っ二つになった。
そして一呼吸遅れて、後ろにあった木もズズンと倒れる。しかも、三本くらい。
「……え?」
いま、何が起こった。
え、嘘だよね。まさか剣撃が飛んだのか!?
『いおり兄ちゃん、すごい……』
「い、いま何をやったんだい?」
「いやなんか、間に合えーと思ってすごい頑張った……!」
「頑張ったって、イオリ、あんた人間じゃないよ……どこにいるんだよそんな奴、頑張って剣を振っただけで遠くのアリを殺せる人間」
「いやいやいや、俺もびっくりしてるからね!?」
『できると思ってなかったのに、したの?』
「だって見過ごせないじゃん! あのまま女の子が死んじゃったら俺…………バキバキバキ? これ何の音?」
もう村を襲撃してきたアリは三匹とも倒したはずだ。
もう脅威はない。だけど、何かとても嫌な予感がする。
音がする方向を見ると、それは小屋が崩れていく破壊音だと分かった。
「あ、あたしの家がっ」
『ぼくのいえー!』
ロッコとジャックの家である小屋の天井が、なんとアリに壊されていた。
なんと、複数のアリが飛んでいる。全部に羽が生えている。なにあれ、羽アリ……?
壊された天井からは、とても見覚えのある天使みたいな女の子がアリに咥えられて。
そして羽の生えたアリの背に乗った、眉毛の生えたペンギンの姿が!!
「グエッケッケッケ!!」
「い、イオリー!!」
羽アリのアゴに挟まれて空に連れ去られたシャルは、大声で俺の名前を叫んでいる。
俺はというと、あまりに予想外な展開と光景に、口をあんぐり開けてそれを見てしまっていた。
なにあれ……?
「グエクク、グエック、グエグエる、グエングッケ!!」
あの、くそ乙女ペンギン。姿が見えないと思ったらこんな計画を立ててやがったのか。
どうせ村の畑を襲ったアリもお前の仕業で、俺やジャック、村の連中を誘き寄せる為の罠だったんだろう。
俺がシャルに精霊術を使わせまいと、置いていくことを見越して……!
だがそれよりも、俺には突っ込むべきことがある!
「いやお前しゃべれるだろおおおお!!」
グエングッケ、じゃねえよ!!
どうやら樹精霊ドライアドが、何か仕掛けてきたようだ。
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