第15話 幕間:物言わぬ隣人
あー……こんな場所で、自分のことを話すのは柄じゃないんだけどな。
えっと、なんだ。あんまり楽しくもない話なんだが、とりあえず聞いてくれ。
……あん? 名前を言えって?
ジャック、この島であたしのことを知らない奴なんかいないだろ……分かったよ。
言う、言うって。
あたしは『ロッコ=モコ』だ。土精霊の国ノウム出身の、19歳。
……これでいいか? ん、美味しそう? 腹が減ってるなら料理作ってやってもいいけど……そんな場合でもないか。
これは、あたしがどうして村をまとめることになったのか、年上のおっさん達を従えるようになったのか。そんな事を知る為のお話だ。
まぁぶっちゃけると、村を作り始めたのがあたしとジャックってだけなんだけどよ。
カカッ、オチを先に言うなって?
細かいことは気にすんなよ。大きくなれねえぞって、あたしに言われたくもないよな。
お詫びに誰にも話すつもりのなかった心情を話すから、許してくれよ。
それではどうぞ、ご照覧あれ。
※ ※ ※ ※ ※
あの日は、雨が降ってたな。
よく覚えてる。父親の顔を見たのは、その日が最後だったんだから。
「――神様っ、頼むよ助けてくれ!!」
血が止まらない。首から上が、失くなったから。
あたしの父親が、今まさに死に向かって脈動すら止まろうとしていたから。
どこからか、声が聞こえた。
『――その代償に、お前は何を支払う?』
「っ、何でもやる、何でも支払う――だからドライアド様、助けてくれ! このまま死なないように、生きて動けるように神様の力でなんとかしてくれ!!」
あたしの父親を生き返らせてくれと、そう必死に叫んだ。
その想いは正しく伝わり、たとえ言葉に出していなくても“父親のまま生き返る”という前提が崩れることなどないと、信じていた。
『その願いを叶えてやろう。樹精霊ドライアドの名に誓って、生きて動けるようにしてやろう』
父親の体から光が溢れ、思わずあたしは目を瞑ってしまった。
そして再び瞳を向けると、カボチャの頭が、ついていたのだ……。
あたしはそれでも嬉しかった。死ななかっただけで、他に望むことはないと、思っていた。
「と、父さんっ、父さん! うわあああああぁぁぁっ」
「…………」
上半身を起こした父親に抱き付き、泣きじゃくった。
まあ最初は、中身が違うって気づかなかったんだよ。
普通思わないだろ? 神様がそんな意地悪するわけないって、考えてたんだから。
でもさ、やっぱりちょっとは違和感があったんだよ。
「とう、さん……?」
「…………」
「ああ、そっか。顔が、カボチャだから……話せない、のか?」
「(こくり)」
だって言葉の代わりに頷く父親は、あたしを抱きしめ返しては、くれなかったんだ。
あたしをまるで知らない人のように、扱ってくるんだよ。
流れ出る涙が雨と混じり、顔が濡れてぐしゃぐしゃだ。
状況に頭が追い付かず、とにかくこの場を離れたかった。
苦い記憶を植え付けたこの島から、早く出てしまいたかったんだ。
「もう、いい……。母さんのことは諦めて、もうこんな島、出よう。ここに居たら、命がいくつあっても足りないよ……」
「…………」
「帰ろう。故郷に、帰ろうよ」
「…………」
何も言わないカボチャ男の手を力強く握り、歩き出した。
体の中身が別人だと知らないまま、浜辺に向けて進んでいったんだ。
でも、島に来る時に乗ってきた船は誰かに壊されていて、海を渡る手段を失った。
新しくいびつな船を作り、海原へ漕ぎ出しても世界樹の枝が追ってくる。
ああ、無理だと、くじけそうになる。
何者かの意思が――あたし達をこの島から出す気がないんだと、怖くなった。
それから少し遠くに見える島に移動してみようと考え、同じように船を作る。
だけどそれも失敗した。海の底には大きな枝が四方八方に行き渡っていて、どこへ行こうにも邪魔されるのだ。
「…………」
樹精霊ドライアドの力が振るわれる時、必ず白髪の女が遠くからこっちを見ていた。
無表情に、不細工なペンギンを連れて、我が物顔で島の中を闊歩する。
昆虫どもだって、あの女には敵わない。襲うことだってマレだ。
そしてようやく、あいつは、あいつらが……精霊の一味だって、分かったんだ。
樹精霊ドライアドがあたし達を、島に閉じ込めているんだって、知ってしまった。
その時くらいだったかな、父親の中身が違うって気づいたのは。
テンパってたからなのか、今更になって文字で話そうって考えついて、色々なことを確認していった。
父親の中身が小さな男の子だって知った時は、驚いたなぁ……。
「心配すんなって。ジャック。絶対にあたしが元に戻してやるからさ」
「(こくり)」
いきなりこんな島に連れてこられて恐いだろうに、弱音一つ吐かない(話せないけど)。
素直で優しいジャックと、協力して樹を切って小屋を作り、一緒に生活することになった。
そんな暮らしから半年後――あたしが支払った代償の正体が、判明した。
「おはようジャック、今日は少し奥の方まで行ってみようぜ。あのアリどもの居ない道を探して、食べれるものをもっと見つけないとな」
「………」
身支度を整えていたあたしをじっと見てきたから、女の準備を覗くなと怒ろうとした時だった。
ジャックがゆっくりと、あたしの髪を指先でつまんだんだよな。
「……なんだい?」
「…………(くい、くい)」
それは初めて見るジェスチャーだった。
いくつか日常会話を成立させる為に決めていた動作の中にはなく、新しい事をあたしに伝えようとしていたんだろう。
繰り返し、あたしの髪をつまんでは引っ張り、伸ばそうとしていた。
なんだ……? 髪の、長さ……?
「……っ、まさ、か……っ」
カボチャの顔を見つめて、見つめ抜いて、考え付いた。
あたしは小屋を飛び出した。
真実を教えてくれたジャックを置いて、息を切らして走っていった。
目的地ならある。
島に鏡なんてないから。新しく作り出す知識も技術もないから。
だから小屋の近くにある泉の元に走って、ばっと覗き込んだんだ。
その瞬間に、気付く。
「カ、カカッ、なんだよそれ……そんなの、アリかよ」
――あたしの髪が、半年前からまったく伸びていないのだと。
もっと早く気づけば良かった。気付ける瞬間はもっとたくさんあった。
でもあたしは意識を向けてなかった。毎日の暮らしでいっぱいいっぱいだったのだ。
父親の中身が変わってしまった事実を必死に受け止めようとして、自分のことを見てなかった。
神様に支払う代償のことなんて、すっかり頭の中から抜けていたのだ。
「…………」
最初は愕然とした。その次にゆっくりと事情を理解した。
これがあたしの支払った代償なのだと。父親の生を願った、その結果がこれなのだと。
そして胸の内に渦巻くドス黒い感情を、理解してしまったのだ――
「っ、来るな!!」
「……っ!?」
「来るな、ジャック。今あんたの顔を見たら、きっとあたしは酷いことを言う。だから、来るな」
「…………(こくり)」
心配して、見に来てくれたことくらい分かってる。
物言わず、詳しい事情を知ろうとせず、一人にして欲しいという想いを理解してくれた。
ジャックは気遣いの出来る良い子だ。歳の割には酷く賢く、急な事態に驚いてはいても不貞腐れたりしない。あたしが提案したことに、一生懸命協力してくれている。
嫌いになれるわけがない。だってあんたの体は、あたしの父親のものだ。
だけど、だけどなんで――あんたの為に、あたしが苦しまなくちゃいけないんだ?
女の命である髪を、犠牲にしないといけないんだ。もう身長も、胸も、大きくなることなんて、ない、なんて。
「あ、あぁ、ああぁぁ、あたし、あれからずっと、成長して、ないんだ……っ」
とにかく無茶苦茶に叫びながら、小石を拾っては泉に投げ入れ、波紋を作る。
張り手をするように水面を叩き、水をすくい上げてはバシャバシャと周囲に放った、
変わらない自分の顔を、どうにか消してしまいたかった。
「ちく、しょう、ちくしょうっ、ちくしょおおおおおぉぉぉっ!!」
次々と恨み言が湧き出る、絶対に口には出さないと決めていた言葉が、出てきてしまうんだ。
「なんでこうなるっ。あたしが何かしたか!? 何か悪いことしたのかってのかよ、あたしはただ父さんを助けたかっただけだ! どうしてジャックを巻き込んだ、あいつは関係ねーじゃねーかよ! どうして父さんを生き返らせなかった!? どうしてあたしの成長を奪った、こんなのねーよ、せめて父さんを生き返らせろよ! 出来ないんだったら返せよ、聞いてんだろドライアドの野郎! あたしを――『元に戻せ』!!」
息切れするほどに叫んだ。
それは、叶えられない――お前の願いは一度、叶えてしまった。
もう一度願いを口にするなら、世界樹の根元に行って資格を手に入れる他ない。
そんな声が、頭に響いた気がして、がくりと力が抜けてしまった……。
もう叫ぶ元気は、残ってない。
「…………」
「ジャック、来るなって言ったのに…………くそ、なんで……」
ぎゅっと、静かに抱きしめてきたんだよな。
あの時は抱きしめてくれなかったのに、なんで、今になって……。
「あたしを、慰めようってか……?」
「……。…………(こくり)」
少しだけ時間を置いてから、頷く。きっとあたしを気遣って。
そんな優しいところも、無性に腹が立った。
分かってる。こんな感情は間違ってるって、ちゃんと理解はしてたんだ。
でも拒絶して、傷つけた。あたしはジャックを、追い払った。
「それでも来てくれるんだよな……あんたは」
あたしが巻き込んじゃったから、あたしはジャックより年上だから、こうなったのはあたしが全部悪いから……、謝ろうと、素直に思えた。
「ごめんジャック、あんたが悪いわけじゃ、ないよな。邪見にして悪かった」
「…………(ぶんぶん)」
「優しいね、あんたは……あたしよりずっと、優しいよ。ちゃんと幸せになるべき人間だ」
「…………」
それからは寄り添うようにして、二人で島の暮らしに順応していった。
島に来て一年も経った頃、願いが叶う島だと大陸中に噂が広まってるのか人が増えてきたんだ。
あたし達に出会うなり、失礼なことを言ってのけた奴らがな。
「げぇ、なんだこれ、カボチャ男!?」
「悪魔、これが悪魔!?」
「こ、怖いんだな。きっと食べられちゃうんだな!」
「(ガガーンッ)」←手をあげたまま、ショックで固まる
「ジャックをバカにすんなこのやろおおおおぉぉぉ!!」
他人を外見的特徴でイジめる奴には飛び蹴りだ。
そんな奴らもあの手この手でドライアドに接触され、同じく島から出られなくなってしまう。
わざわざ忠告してやったのに、願い事を口にしてしまうんだ。
それも、仕方ないのかもな。だって島に来る目的が、それなんだから。
願うことは、誰にも止められないんだ。想うことは止められない。
あたしが死の回避を、願ったように。
そしてみんなは島から出られないと分かると、先に生活圏を築いていたあたしたちを頼ってきて、姐さんと呼び、慕ってくれるようになった。
「あ、あああ姐さん! アリが、アリがあっ」
「来てる! もうそこまで来てる!!」
「た、助けてくれなんだなっ。コイツ岩みたいに固いんだなあぁぁっ」
相変わらず昆虫どもは理不尽に強くて、出会う度に足が震える。
父親の顔を奪った時の光景が、頭に焼き付いて離れなかった。
その度にあたしはジャックの顔を見て、自分の覚悟を思い出すんだ。
あたしの願いに巻き込んでしまった男の子を、元の体に戻してみせると、そう改めて心に決めた日のことを。
あたしの黒い感情をぶつけてしまった――あの日のことを。
「うろたえんじゃないよ! あたしとジャックが行くまでなんとか堪えな!」
「(グッ)」←サムズアップ
「「「姐さんジャック早くきてえええええええっ」」」
島に来てからの思い出なんて、ろくなもんじゃない。
悲しいことがいっぱいあって、許せないこともたくさんある。
樹精霊ドライアドにはムカついてるけどさ、今はなんとか楽しくやってるよ。
だってあたしの周りには、いつも愉快に面白い奴らが揃ってるから。
なんたって、腰に葉っぱだけ巻いたバカがやって来たんだからさ。
精霊術も使えないのに、ジャックに勝ってんじゃねーよ。アホ。
まあ、頼もしい事この上ないけどさ。
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