第14話 ジャックの願い事
「え!? イオリあんた、精霊術を使えないのかい!?」
「おー、なんか生まれつき精霊と契約できなくてね」
ロッコに返事をしながら、ぐいっと杯を煽る。
くー、この酒、度数高いな……キツい酒だ。美味いけど。
「それでジャックとの闘いのとき、火の精霊術を使わず剣だけでやってたのかい……呆れるね」
「で、でもロッコさんっ。イオリはすごく強くて、アリが真っ二つでっ」
「あ、ああ。シャル、別にイオリを馬鹿にしたわけじゃないから。むしろ勝ったイオリがすごいって意味でね」
「……そ、そですか。すみません……」
「簡単に謝らない! 女は度胸だよ、シャル。ほら、ぐいっといきな」
「はいっ、頑張ります! ん、ん(呑んでる)……へ、へうぅ」
「カカカッ、いい呑みっぷりさぁ!」
あぁもうシャルは顔が真っ赤だ。呑みすぎないよう注意して見ておかないとな。
それにしても、外見だけで見ると不思議な光景だよなぁ~。
一桁代の子供にしか見えないロッコが気を使い、多分俺と同い年くらいのシャルがひたすら緊張している。どちらもニコニコ笑ってるから、いいんだけどさ。
なんだか微笑ましくて、こっちもにやにやしちゃうぜ。
「なあ、この酒って何の酒なんだ?」
「『世界樹の実』だよ。あたしの愛情たっぷりで美味しいだろ?」
「ああ、料理と違ってこれはすごく美味ごめんなさあああああい!」
「……ちっ、謝らなかったらぶん殴ってやったのに」
「ろ、ロッコさん……?」
「カカッ、冗談さ。ちょっと顔の形が変わるくらい衝撃を加えるだけだよ」
それって殴るより酷くありませんかね?
しかし50人分の料理を用意するのは結構な労働なようで、昼食が終わってからずっと準備を進めていた。もうすっかり夜である。島の中だと、食事の準備って大変なんだな。
ロッコもシャルに料理を教わってる内に、いつの間にか距離が縮まっていたようだ。
ここは、村の広場、とでもいうんだろうか。
村中の人が集まって、わいわいと料理を食べ、楽しくお酒を呑み交わしていた。
もうみんなすっかり顔が赤く、口が滑るすべる。
「そっか、精霊術なしでもあんなに強くなれるんだなあ。でも強さと引き換えでも、あの筋肉はちょっとな……」
「ムキムキ! 筋肉おばけ!」
「ま、まず強さを追い求める意味がわからないんだな。普通に暮らせばいいんだな」
おいこのおっさん野郎ども、それ以上言うと後で筋トレに付き合わせてやるの刑だぞ。
ほろ酔い気分で聞き流していると、誰かが俺の肩にぽんと手を置いた。
「ん……?」
ジャックだ。特徴的なカボチャ頭が隣にいた。
「(くいくい)」
「なんだよ? こっちに来いってか?」
ジャックからの合図に従い、ついて行ってみると、そこは浜辺だった。
ざざーんと、波の音がする。海って、村から結構近いんだなぁ。
アリの死骸は見えないから、ここは俺が流れ着いたとこじゃないみたいだけど……。
「…………」
ジャックは何も語らない。顔がないから、話せない。
だから二人で無言で夜の海を見ていた。ざざーん。
えっと。
……な、なぜ浜辺に? 雰囲気でちゃうじゃないか。
やめようぜ男同士なんだし。
ドギマギしていると、ジャックは落ちていた木の枝を使って、砂に文字を書き始めた。
あぁ、だから浜辺に来たのかな。文字書きやすいし。
なんだろう?
『いおり兄ちゃん、好きなひといる?』
「…………はあ!?」
なにこれ、え、なんで俺カボチャと雰囲気作ってるの。
ていうか「兄ちゃん」てなに? ていうかなんか文字かわいくない?
とりあえず返事をしないといけない、よな?
「いや、今はいない……かな」
『そっか』
「う、うん。そうだよぉ」
ざざーん。
え、これってもしかして、いい感じなの?
なんか、このまま雰囲気に流されちゃいそうな。
俺、もうなんかダメだ。
いっても、いいのかな。
「……おい、お前なにやってんだ」
「うわあああああああああぁっ、な、なに!? だれ!?」
振り返ると、褐色美女アードラがいた。
あー驚いた。自分を見失うところだった。助かったぜ、ドライアド。
ん、ドライアド?
「お、おまっ、ドライアド! なんでここに、ていうか」
「うるさい。その名前で呼ぶな」
「…………あ、ごめん内緒なんだっけ」
ちらっとジャックの方を見る。
話せないから騒げないにしても、びっくりして…………なかった。なんで?
「こいつは初めから知ってるんだよ。僕がドライアドだってことはな」
そうなんだ。ていうか心の声を読まないで欲しいなぁ。
返事することで勝手に会話を進めないで欲しいなぁ。
「おい、体は大丈夫か」
「んん? お前がそんな心配してくれるの初めてじゃないか? いやぁもうすっかり大丈夫だよ、なんたってシャルの精霊術が効いて――」
「お前に話しかけてねーよ。口くさいから閉じとけ」
「…………ぅん」
ショックだわー。かなりショックだわー。
え、俺って口臭きついの? やだなぁ親父みたいになるの……。
ドライアドが話しかけたのが俺じゃないとしたら、もう浜辺にはジャックしかいない。
『だいじょうぶ』
「……そうか」
砂に書かれた文字を見て、ドライアドはって……あーもう調子狂う。
こんな美人の姿、反則だろ。もうお前のことはアードラって考えるわ。
お前は、ペンギンじゃない!
「え、アードラってジャックと知り合いなのか?」
「当たり前だ。誰がこいつをこの島に連れてきたと思ってる」
「……え? お前、なのか?」
『うん、どらいあど様につれてきてもらった』
ジャックが砂にカキカキしている。
「それって、ロッコの父親が亡くなった時に……」
言葉の途中で頭をガシっと掴まれた。
もちろんアードラにである。うーん、目の前で揺れていて、目に毒だなぁ。
「おいイオリ、人の事情に無暗に踏み込んでんじゃねーよ。お前シャルロットの時もそうだったよな、この無神経野郎が」
「…………すまん、ジャック」
もっともだと思ったので、とりあえずジャックに謝った。
とりあえず頭を離してくれると嬉しいなーってああああああ痛い痛い力いれないでっ。
『だいじょうぶ。いおり兄ちゃんになら、教えても』
ぱっと手が離れ、頭が自由になる。
「くそ、どうしてお前はいつも他人に信用されるんだ……」
なんだかアードラは悔しそうに唇を噛んでいた。
「えっと、本当に聞いても、いいのかな?」
『じかんかかっちゃうけど、いい?』
そうか、砂に文字を書いてるからか。
ジャック……、言葉を話せないっていうのは、こういった気遣いをさせてしまうんだな。
「ああ、もちろん。一度戦って、心を通じ合わせたんだ。俺たちもう仲間だろ? お前が話してくれるっていうなら、俺はちゃんと聞くよ」
「(こくり)」
ジャックは頷いて、懸命に文字を書いていく。
どうやらジャックは、今ちょうど9歳らしい。
(…………え? その体って一児のちちおや……)
風の国シルフィ出身で、生まれた頃から体が弱く、自分でも長く生きられないことが分かっていたんだそうだ。
毎日、効くかどうかも分からない薬を飲み、家からは出られない日々。たまにある体調のいい日でも、外出は許されない。その理由はジャックを心配するものではなく、他の人に病気をうつさないため。親の言いつけを守り、窓もない部屋で起きては眠る日々。
唯一の友達は、いつかの誕生日に親がくれた、植木鉢の中の観賞用植物。
(……ジャック……)
そして、ついに病気の進行が抑えられず肉体に限界が訪れる。
その時、ジャックは熱にうなされながら願ったんだそうだ――神様に、死ぬ前に一度でもいいから『恋がしたかった』と、そう祈りを捧げた。
気が付いたらこの体だった。
樹精霊ドライアドの奇跡だと知ったのは、ロッコからの説明で、だそうだ。
『からだ、ありがとう』
「……ふん」
『まだお礼、いってなかったから』
ジャックはぺこりと、大きな頭を下げる。
ぐす。な、なんだよ。泣かせるなよ。
ていうか意地悪なドライアドも、そういう事するんだなぁ。
「なあアードラ、どうして、そんな叶え方をしたんだ? お前の力なら、もっと上手くやれたんじゃないのかよ。なにも死ぬ寸前の体に……」
「……イオリ、間違えるなよ。決して死者は蘇らないんだ。僕は世界の摂理を変えてなんかいない。魂がない生きた肉体なんて、ああいう状況でしか生まれないんだよ」
「それじゃあ、ロッコの父親はどうやっても助けられなかったということか……?」
ロッコは言っていた。
昆虫と戦った末に、父親は頭を失った。だけどまだ、かろうじて心臓は動いていた、と。
その時点で、もう父親は亡くなってしまっていたんだな。
肉体から魂が、失われてしまっていた。
そして、ジャックが借り受ける肉体として条件が整ってしまった。
樹精霊ドライアドにとっても、狙ってやれたことじゃないということなのか。
「ジャック、恋は出来たか?」
アードラは、静かな声でジャックに問いかける。
カボチャの頭は、こくりと声もなく頷いた。
「あのロッコとかいう、青髪の娘か」
「……っ!?」
アードラの問いに、わたわたとジャックが焦る。大当たりだな。
190の大男が慌ててる様子ってあんまり見れないなぁ。
へえ、ジャックがロッコにねぇ。にやにや。
「そっか、頑張ったな。でもそれはお前の力だよジャック、僕は何もしていない」
『どういうこと?』
「お前の気持ちは、お前だけのものだ。僕が恋をさせたわけじゃないって言ってるんだよ」
ジャックは文字を書こうとして、やめてしまう。
何か思うところがあったのかもしれない。
「……僕は、お前の願いを叶えてない。だからもう祈りを捧げるのは止せ」
『そんなことないです』
「お前は代価を払い過ぎだ。魂の価値は、それだけ重いんだ。あんまり安く渡すな」
それはなんだか警告のような、優しい忠告だった。
「なあ、アードラ。たとえばさ、今お前がやってるみたいに新しく用意するとか」
「それは出来ない。僕の力が及ぶのは植物だけ。人間を作る能力はない」
「じゃあその体はなんだよ」
「これは、植物を人間の形に見せてるだけだ」
へええ、そうなんだ……。
じゃあやっぱり感触も、人間のそれじゃないのかな。
「植物の体を用意しても意味がない。いくら見た目が人に見えても。人間は、人間じゃないと好きになれないんだ。見た目を整えるだけじゃ人の心は動かない」
「……お前……」
「だってあのプリチーな姿でも、シャルロットの心は動かなかったんだからな、確実だ」
「おいアードラお前」
いやいや。あのペンギン姿、お前が好きでやってたのかよ。
小憎たらしい顔してたんだが、俺の感覚がおかしいのかな。
「ジャック、お前あの娘を目で追い過ぎだぞ。バレバレだ。少しは隠せ」
アードラはそう言って、目を伏せた。
僕もずっとシャルロットを見てるから、すぐに分かると、小さく零して。
いや、ジャックは目がないんじゃ――いって!
アードラ、なんで殴るんだよ!?
「無神経バカ、少し黙れ」
カボチャに穴が開いている目を持つジャック。
視線が分かりにくいと思うのだが、意外と素直にアドバイスに従った。
『それはこまる。あんまり、見ないようにする』
「なんだよジャック、ロッコに気持ちがバレたくないのか?」
ジャックは少し迷った様子で、気持ちを砂に書き起こす。
『声がないから、顔がないから、めいわくになる』
なんだよ、それ。
「…………ロッコがそう言ったのか?」
「(ぶんぶん)」
すごい勢いでカボチャ頭が横に振られる。
『ロッコは、すごくやさしい。
お父さんをのっとったぼくの面倒を、いっしょうけんめい、みてくれた。
すごく魂のキレイな、おんなのこ』
ジャックは力強く否定してから、そんなことを文字で書く。
「それじゃあ、自分で好きな子のこと侮辱してんじゃねぇよ、ジャック」
『どういうこと? いおり兄ちゃん』
「ロッコはお前のこと、そんなことで迷惑に感じたりしねーってことさ。お前が好きになった女の子は、そんな風に人を見る奴なのか? 違うだろ」
我ながら格好いいこと言ったつもりだったが、
『うん。そうかも。でもぼく、好きになっていいかわからないから』
ジャックは懸命に、自分の心情を文字に直す。
『この体はお父さんのものだから。多分、ダメ』
……ジャック。引け目から気持ちを伝えられないのか……。
体は肉親のものだから、魂の存在であるお前の気持ちは表に出すべきじゃないと?
ちくしょう。なんだか、なんだか物凄く悔しいぜ。
俺に出来ることは、何かないのか――
「話せないから、ダメなのか?」
アードラが、言葉を続けた。
「顔はあるだろう。僕があげた立派な植物が乗ってる。だったら、後は話す手段だけだな」
『そんなこと、できるの?』
「ああ。僕が、それだけは叶えてやる。あのとき願いを叶えてやれなかった、お詫びみたいなものだ。体の悩みは自分で乗り越えろ」
アードラお前、なんでジャックには優しいんだよ!
そしてなぜ精霊たちは、特別に俺を嫌う……。
「うるさい、黙ってろバカ」
また声に出してないのに罵倒された。
くそう、美人なのズルすぎだろ。あんまり腹が立たねぇ!
そして、アードラの体が光を放つ――
「お前の言葉を世界に顕現させる。文字として、想いを相手に伝える手段を作る」
続けて、ジャックの体も光に包まれた。
「ただしジャック、お前はこれから『嘘がつけない』状況になってしまう。お前の心がそのまま世界に現れるんだ。それでもいいか?」
迷わずに、ジャックがこくりと頷いた。
……え、確認!?
ズルくない? それズルくない!?
そういうの俺にもやって欲しかった!!
「いいだろう。樹精霊ドライアドがお前の願いを叶えてやる――」
そして、奇跡の光が収まった。
『どうなったの? ぼくの声は、どこにあるの?』
「じゃ、ジャック。お前の胸元……」
『むなもと?』
ジャックの胸には、長方形の木の板があった。首から植物のツタで吊るされている。
木の板に次々と、文字が浮かび上がっては消えていく。
まさしくジャックの心の声が、世界に現れていた。
顔がないから、声帯がないから、声を作ることは出来ないが、文字として相手に考えを伝えることが出来る方法を作った。
これで砂に文字を書かなくても、相手と会話が可能になる。
「……ふん、僕は片思いで苦しんでる奴の味方なんだよ」
もちろんその後、浜辺の方でまた光ったと騒ぎになり、すぐにロッコを含めた村の連中が飛んできた。
「おいジャック、イオリ、アードラも! な、何があった!?」
『ロッコ』
「え、ジャック、それは……?」
『ロッコ、ぼく話せるようになったよ』
心なしか表情が変わらないはずのカボチャの顔は、笑顔のように見えた。
それを見たロッコの顔はショックで固まり、すぐに状況を理解する。
「そうか、やっぱり今のはドライアドの奴の……くそっ」
『ロッコ、ごめん』
「ジャック、なんでだよ。なんで……どうして、元に戻りたいって願わなかったんだ!」
ジャックは立ったままで、心の声を相手に伝える。
『ロッコと一緒にいたいから。話したいって、ずっと思ってたから』
そして、ぺこりと腰を曲げた。
『ごめん、お父さん、かえってこなくて』
「…………ばか……あたしのことは、いいんだよ……! お前は、自分のことを」
『自分のしたいように、してる』
顔を上げたジャックは、素直な気持ちを文字の形で相手に伝える。
『ロッコが島から出たいって言うなら、一緒に出る。村のみんなを手伝うって言うなら、ぼくもやる』
9歳にしか見えない、成長の止まったロッコは、身長190越えのジャックの体に飛び込む。
わたわたと慌てながらも、ジャックはそれを受け止めた。
「…………っ、あたしは、諦めてないからな。ドライアドの奴にもう一度願うんだ、ジャックの体を元に戻してくれって!」
『……うん、それじゃあ、ぼくもそれを手伝う』
「ばかやろ……もっと、自分の意見を持てってんだよ……ぐす」
ロッコの体はぎゅっと長い腕に包まれた。
それは19歳と9歳の、気持ちのこもった抱擁だ。
「あ、姐さん……ジャックぅぅぅ」
「ぐすっ、ジャック熱い! 良い男!」
「あ、あんなに泣いてる姐さん、初めて見るんだな。な、なんだか嬉しいんだな」
ああ、なんだか俺も嬉しいぜ。
あんなに意地悪なドライアドが、こんな光景を作り出したなんて驚きだ。
ちなみにシャルは、お酒を呑み過ぎて眠っちゃったそうです。
相変わらず天使みたいに可愛いな、あの子。
さあ、明日から村のみんなと昆虫退治に乗り出そう!
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