第11話 剣よ来い

「アンタが世界最強の剣を持ってる、だって? おかしなことを言うね、服すら着てない男がさ」


 その指摘はもっともだった。

 三人の男達もロッコの言葉でゲラゲラと笑っている。


「おいこの葉っぱをバカにするなよ。とある天使からの心のこもった贈り物なんだ!」


 ちゃんと訂正しておかないとな。これは世界一素晴らしい衣服なのだと。

 局部しか隠せていないが、なにせ命を懸けた精霊術の結果なのだ。


「……天使、あの女のことか。やっぱりアンタはあの悪魔達の味方なんだね。やっぱり拘束して正解だったんじゃないか」

「違う。俺だってドライアドにはムカついてる。だけど、それは村の連中とは違う理由でだ」

「理由? あの女は、樹精霊ドライアドとグルになってあたしらをハメてるんだろう」

「そこが違う。そこをみんな誤解しているんだよ」


 今まで話を聞いていて、なんとなく分かった。

 きっとシャルは村のみんなに、自分の事情を話す機会がなかったんだ。だから完全にドライアドの一味だと思われている。

 本当に話す機会がなかったのか、話す気がなかったのかは分からないけどさ。


 だから俺が話す。隠してたらごめん、シャル。


 本人は女の子同士の結婚に納得がいってなくて、精霊術だって使いたくないはず。そして、自分の事情に他の人を巻き込むことに悲しんでいる。

 そういった事情を、かいつまんで説明した。


「……ふざけた話だね。精霊からの求婚の条件に、みんなが巻き込まれてるってわけか」

「シャルロットも被害者なんだ。これで分かってくれただろう?」

「いいや、全然理解できないね。というより、気に食わない」


 ロッコは嫌悪感をあらわにして、歯をギシリと強く噛む。


「シャルロットの何が気に食わない?」

「被害者面が気に食わないんだよ。自分勝手な事情で、あたしらをハメやがって……!」

「それはお前らだって同じだろうが!」

「…………っ」

「自分で望んで島に来て、精霊に願い事を叶えてもらって、その結果が理想と違ったら非難する。勝手にすがって、勝手に嫌いになる。そういう風にしか見えないって言ってるんだよ」


 まあこれ、俺がドライアドに言われた事だけどね。

 偉そうに言ってるけど、それが全部自分に返ってきている。見事なブーメランです。


 だけど俺はもう言い訳しない。もう事情は理解した。

 自分の行動を受け止めたうえで、それでも何とかもがくと決めた。


 シャルの笑顔を見る為に、前へ進もうとすることを止めないと決めたのだ。


「言うじゃないか……。アンタにあたしらの何が分かる! 故郷にも帰れず、虫に怯えて暮らすあたしらの気持ちが!!」


 そうだ、俺には村の連中の気持ちが完全にわかるとは言えない。

 特に、生き死にの問題すら絡んだロッコやカボチャ男の気持ちはな。


 しかしそれが、その意識がシャルに向いていることは見過ごせないのだ。


「だけどその気持ちは、自業自得だ。他人に向けるものじゃないんだよ、ロッコ」

「……たとえ事情があっても、あの女はドライアドをかばってる。あたしらの敵だ」

「好きになれとは言っていない。目的が一致してたら協力できるんじゃないか、そう提案してるんだ」

「目的が一致……? あの女は……いや、そうか。精霊術を使いたくないんだったら、村の人間は邪魔にしかならないのか」

「そうだ。島に閉じ込められてる人間がいなくなれば、シャルは精霊術を使わない」


 シャルロットは、他人を助ける為になら躊躇いもせず力を使う子だから。


「なあ、シャルが村の連中に直接何かしたのか? 俺にはあまり想像つかないんだ」

「……虫を、村に差し向けてる」

「それはきっと誤解だろう。ドライアドは言ってたぞ。虫に村の連中を襲わせて、シャルに精霊術を使わせてるって。そうさせているのは、樹精霊ドライアドの方だ」


 その言葉を受けて、三人の男達がつぶやいた。


「そういえば……あの女の住処は、村と虫達の住処の間にあるよな」

「村の位置な! 女の住処は昆虫だって避けて通る!」

「て、てことは、もしかしたら村の前にわざと陣取ってるってことなんだな?」


 へえ、島の地理ってそうなってるんだ。

 シャルはやっぱり、村から離れて住んでいるんだな。


 うん、見方を変えれば、正しい状況が理解できてくる。


「あの女が……命を懸けて、今まで村を守ってきたって、そう言うのかい……?」

「俺がシャルの味方がしたいと言った理由が、少しは分かってくれたんじゃないか?」

「…………ああ。少しはね」

「良かった。それじゃ、みんなで虫達を倒そうぜ。力を合わせて、この島を出よう」


 誤解が解けたことで、爽やかな笑顔を見せたところに、ロッコはまた目を鋭くする。


「ちょっと待ちなよ。まだ話は片付いてないだろう」


 厳しい態度を崩さず、ちゃんと話の細部を詰めてくる。


「昆虫を倒すことと、根元まで行くことに何の関係がある」

「これは試練だよ、ロッコ。ドライアドは俺たちを試してるんだ、多分」

「…………」

「ここは第四の島なんだろう。そして次の島へ渡るには、海を渡らないといけない。試したことは?」

「もちろんある。だけど世界樹の枝が、島から島への移動も邪魔してきたね」


 うん、やっぱり予想通りだ。

 願いを叶えるには、必要な代償を支払わないといけない。その話を聞いてから思ってたんだ。


「人間は島の中で、一番弱い。生態系の一番下だって、そう言ってたよな。それだよ」

「どれだよ。分かるように言ってくれ、イオリ」

「つまり、人間が島の中の生態系で頂点になる。それが次の島へ行く為の条件だと思う」

「…………」


 樹精霊ドライアドと一番近しい存在であるシャルロットが言っていた、願いをもう一度叶えるには世界樹の根元まで行く必要があると。

 そして、ドライアドは自分にルールを課している。願い事の件のように、決まりに縛られているんだと思う。


「言いたいことは分かったけどね、でもそれはイオリの推測だろう? もし、違っていたら?」

「少なくともこの島の生活で、虫に怯えて暮らす不安は解消されるな」


 なるほど、とロッコは笑みを浮かべる。


「それに多分、根元まで行くっていうのが、ドライアドが定めた願いの代価なんじゃないのかって思ってるんだよな」

「…………代償を、先に支払うってことかい?」

「ああ、この島では戦わないと何も得られないんだと思うよ。少なくとも俺の故郷ではそうだった。どこの世界でも、それは変わらないと思う」

「でもね、あたしらは昆虫一匹にすら手こずるんだ。アイツらは岩のように頑強で、狼のように早い。群れで来たら対処できないんだよ」

「大丈夫だ、俺が居る。俺が、虫を切って見せる」

「……何を根拠に、そんな自信が?」

「みんなは浜辺のアリを見たんだよな。あれを切ったのは、俺だ。最強の剣を使ってな」


 不審な瞳で、ロッコは俺を見つめてきた。


「だからその剣はどこにあるんだっていう……」

「呆れてくれるな。大丈夫だ、ちゃんと見せてやるさ!」


 よし、見知らぬ褐色美女、誰だか知らないけど、貰ったアドバイスを活かすぞ!!

 拘束も解かれ、自由になった。つまりあの言葉を信じるなら、呼べば剣は来てくれるはずだ。


 手を頭上にあげて、声を出す。


「――剣よ、来おおおおおおいっ!!」


 さあ、地域限定の精霊剣よ、その姿を現してくれ!


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


「…………おや?」


 しーんと、静寂が小屋を支配する。


 あ、あれ? これは、もしかして、やってしまったのでは?


「……ぷっ」

「プククッ、ギャハー!」

「わ、笑っちゃ悪いんだな。プック、ブハハハっ」


「カカッ、イオリ、その剣はいったいどこにあるんだい? 早く見せてくれよ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。きっと来るはずなんだ」


 は、恥ずかしいっ。おいおいなんだよ、剣を呼べば来るなんて嘘じゃ……あれ、手が光ってる。

 え、え? 本当に? 信じていいんだよね、俺――


 そして手の中に、樹の感触が生まれた。

 にぎにぎと、確かめるように握ってしまう。うん、ちゃんとある。

 なんで時間差があるんだよ。焦るなぁ。ドライアドの意地悪さがここにも影響しているのか?


 ともかく、剣は来てくれた。


 そしてばっと連中の前に掲げて見せる。


「ど、どうだ!? ほら、ちゃんと剣が来ただろう!」


 ああ、なんだかジーンとしてしまうな。

 分かってる。これは俺の力じゃない。剣の方が特別なだけだ。


 だけどそれでも、精霊術という神の力の一端に触れられたような感覚がある。あぁ感動。

 まぁ実際の戦いで使えるのは、学んできた剣術だけなんだけどさ。


「……それは、木刀? イオリ、アンタどこの出身だい」

「火精霊の国サラマンドラだ」

「へえ、故郷の精霊から乗り換えたってわけかい……」


 あ、これはマズいな。呆れられている。というか怒っているのでは。

 だってこれ、どう見てもドライアドに関係しているもんなぁ……。


「あの女の事情は理解した、だけどまだアンタを信用したわけじゃない」


 ですよね。今のところ俺、結構恥ずかしい奴だし。


「何より、イオリがアリを切ったって言葉は信用に値しない――」


 ニィィと、ロッコが笑う。


「その強さを証明してくれよ。村の連中が、あたしが、イオリ・ユークライアの考えに乗ってもいいって気にさせてくれ」

「いいぜ。どう証明すればいい」

「コイツに勝てたら、信じてやるよ」


 カボチャ男が、一歩前に出てきた。


「不思議に思っただろう。どうして外見が子供なあたしが、おっさん連中を仕切ってるんだってな」

「ああ、まあでも、強さや精霊術の巧みさは外見や年齢には関係ないから……」

「お気遣いありがとう。でもね、それはこの『ジャック』の力さ」


 ロッコは生意気そうに、自慢気に、不敵に笑って見せる。


「あたしの父親はね、土精霊の国ノウムの精鋭だった。中身が違っていても、その技量は受け継がれているらしくてね、村でジャックに勝てる奴はいない」

「……なるほど、ノウムの精鋭か」


 滾るね。メラメラと、闘志が湧いてくるじゃないか。


「やろう。是非もないってやつさ。俺の剣技が南の国でも通用するのか、知りたかったところだ……!」


 お互いを分かり合う為に、認める為にこそ、戦うのだ。

 ああ、これぞ熱血。修行してきて良かったと思う瞬間ですよね。


 もちろん負ける気は、一切ない。

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