第10話 願いを叶えるには必ず代償がいる
「こ、拘束を解いてくれてありがとう」
「…………」
結局何もしないなら、出来れば始めから捕まえないで欲しかったが、まあ言うまい。
カボチャ男は返事をしない。
カボチャの中身がないから、顔がないから出来ないのだ。
そうなった原因は、樹精霊ドライアドに叶えてもらった願い事の代償らしい。
「いやなに、元々怪しい奴なのか確かめる為だけの拘束だからね。イオリはあたしらと同じくあの悪魔の被害者だ、さして警戒し続ける必要もない」
四人の男を従える青髪の少女は、猫のような小生意気さを携えて、不敵な笑みを浮かべている。
外見通りの甲高い声で、大人以上に落ち着いた態度を見せながら。
「なあ、訊いてもいいかな」
「どうぞ。島に来たばかりだからね、知りたい事ばかりだろう」
「どうして俺はここに? 気を失う前、可愛い女の子と一緒だったはずなんだけど」
ぴくりと、少女ロッコ=モコは一瞬固まる。
「一緒なわけないだろう。イオリがあの悪魔に絡まれていたから、救い出してやったんだ」
「てことは、シャルロットは無事なんだな。俺のように捕まってはいないと」
「そんな事が出来る人間は存在しない。あの女は精霊術の支配者だ、この島の、いやこの世界の頂点にいる。戦闘になった時点で終わりだ!」
イライラとしながらも、ロッコは律儀に問いに答えてくれる。
「そこまで恐れているなら、どうやって俺だけをこの小屋まで連れてきたんだ?」
「別に、ただ隠れてコソコソ運んだだけさ。あの女、何を思ったのか精霊術も使わないでアンタをどこかに運ぼうとしてたからね。まあ無理だったみたいで、意識のないイオリを物陰に隠して家に戻ってった。その隙に運んだのさ」
「…………なるほど」
そっか、シャルはなんとか俺を助けようとしてくれたんだ。
しかも精霊術の使用を控えて……。なんだか嬉しい。意識のない男を運ぼうと頑張るシャル、その光景が目に浮かぶようだ。
ロッコの話を引き継ぐように、三人の男達がガヤガヤと話している。
「夜中だってのに、浜辺の方でピカっと光ったんだよな。ああこりゃ、また悪魔が何かやらかしたなってよ」
「だよな! そうだよな! アリが死んでたし!」
「よ、様子を見に行ったら案の定だったんだな。は、裸だったし、相当酷い目に遭ったんだろうって……男の方も怪しかったけど」
コイツらも、俺のことを心配してこうやって小屋まで連れてきてくれたんだな。
まあ、会話の内容を知らなければ、自分たちの常識を優先するだろう。
悪魔とは樹精霊ドライアドのことであり、シャルロットもその一味だと思われている。
間違ってはいない。ただ事情を知ると印象が少し変わるだけ。
ここでは俺の方がイレギュラーなんだ。
シャルの味方をしたいと思った、俺の方が。
「村の連中はみんなドライアドの被害に遭ったっていうけれど、具体的には何をされたんだ?」
「ろくでもないことさ」
「……そっちの、男の体に関することか」
カボチャ男に視線を向けながら、問いを続ける。
ロッコは視線を逸らして、答えた。
「そうだね。だけどそれは、あたしの願いの結果さ。そいつには何の罪もない」
「……どういうことか、訊いてもいいか」
「ああ、いいよ。事情を話さずに、村に取り込もうってのもフェアじゃない」
そして、ロッコとカボチャ男に何があったのかを語り始めた。
「――あたしはね、“父親の死を回避した”のさ」
世界の摂理を、捻じ曲げる願いのことを。
「この島に来た時は、そんなことを願うつもりじゃなかった。行方不明になった母親のことを訊こうと考えてたんだ。
だけど状況が変わった。島に棲む生物達が襲ってきて、願い事を変更せざるを得なくなった。
アリを見たのならもう分かるだろう? 父親が、馬鹿でかい昆虫どもに殺されたんだ、頭がぐしゃぐしゃになった。首から上が失くなったんだよ」
ロッコは悔しそうに、唇を噛みながら言葉を続ける。
カボチャ男は静かに少女を見つめ、三人の男達は苦い表情でうつむく。
「でも幸いなことに、頭が消えても心臓はまだかろうじて動いてた。だから必死に願ったんだ――“助けてください”ってな。今ならまだ間に合うって、精霊様に祈ったんだよ」
「……死の、回避」
「それがこれだ。確かに死ななかったかもしれない、だけど元には戻らなかった。頭がないままで、植物で作られた代替品がはめ込まれたんだ」
それが、人間の顔ではなくカボチャだったということか。
樹精霊の名に相応しく、願いを植物によって解決しようとする。
話の重さに焦ってしまい、少しでも明るい方向に話が転がるよう言い返してしまった。
「だけど、ちゃんと死ぬ直前に動けるようになったんだろう? 不便なのは言葉が話せないくらいだ。だったら、少しくらい外見が違っていても『幸せ』なんじゃ……」
そんな俺の反論は、すぐに封殺されることになる。
「父親じゃ、ないんだよ」
「…………え?」
「生き返ったのは別人だったんだよ。もちろん体は父親のさ。目の前で死んだんだ、そりゃ違うはずもない。だけど生き返ったコイツはね――『中身』が違ってたんだ」
ばっとカボチャ男を見る。
空洞の中身は暗闇のように暗く、うすら恐ろしいものに映った。
「べ、別人って、どうしてそんなこと……死んだショックで記憶が混乱しているとか」
「蘇生が叶ったコイツは、あたしのことを知らなかった。覚えてなかったんじゃない、別の人間の記憶があったんだ。出身国の記憶も、名前だって違ってた」
話せなくとも、文字は書ける。そうやって確かめた。
そうロッコは自嘲するように笑う。
「そしてあたしは願いの代わりに“成長が止まった”――歳を取らなくなったんだ。もう3年くらいずっとこの姿さ。幼く見えるかもしれないけど、多分イオリより年上だよ。今年で19になる」
確かに年上だった。あ、
でも見た目は9歳くらいなのに、3年間成長が止まってるって……どういうことだ? 元々歳の割に幼い外見をしていたとか?
いや、しっかりしろ。その違和感じゃない。
気にするのは、それじゃない。
「ど、どういうことだ? ドライアドが願いを全て叶えないのは知っているが、そんな呪いのようなことまで……」
「死の回避ってのは、それだけ重いってことらしい。叶える願いが大きいほど代償が重くなる。あの神様気取りの精霊様はそんなルールを敷いているみたいだね。何かを成すには、何かを犠牲にしなければいけない。等価交換が願い事の決まりなのさ」
「願い事の、代償……何かを叶える為には、何かを支払う」
それが、等価交換の法則。
俺は『最強の剣』を願った。
効果は島の中でしか発揮されないが、折れず、曲がらず、決して壊れない、精霊術を受けてもヒビすら入らない、むしろ効果を打ち消せるほどの力を持った樹の精霊剣という触れ込みだ。
あの“地域限定”っていうのは、その効果を成立させる為の代償ということになるのか。
「なあ、アンタは『魂』って概念を信じるか? あたしは今まで、そんなあやふやな存在があるなんて思ってなかった。実際に、体の持ち主とは違う人間が入り込むまではね」
ロッコが『成長』という代償を支払ってまで叶えて貰った蘇生は、体は父親だがその中身は別人という悲劇で幕を下ろした。
俺の願い事なんかとは比べ物にならない、あまりにも重い結果だった。
「なあイオリ、これでもあたしは『幸せ』って言えるのかい?」
「……すまない。上手く言葉が返せない」
「だろうね。いいよ、もうそこには整理がついてる」
肩をすくめて溜め息を吐くロッコと、それを取り囲んで泣き叫ぶ三人の男達。
「姐さん! くうぅ、おいたわしや……!」
「マジ可哀そう、マジ精霊ぶっ殺す!」
「あ、悪魔なんだな。絶対に許しちゃいけないんだな!」
こいつらは明らかにおっさんだから、多分立場的なもので「姐さん」と呼んでいるんだろう。
さしずめロッコは、村のまとめ役というところだろうか。
「話は分かったよ。ドライアドを憎む理由も理解した」
「そうかい。そりゃ話した甲斐もあったってもんだ」
「それで、村の人達はこれからどうしたいんだ?」
「どうとは?」
「仲間を集めて、何かしたいことがあるんだろう」
もしそれが、シャルロットに危害を加えることだったら……。
「とりあえずは、島から出たいって意見が多いね。あたしは違うけど」
「ロッコは何を目的としてる?」
「あたしは、コイツをちゃんとしてやりたい」
そう言って、カボチャ男を顎で指し示した。
「あたしの自分勝手な願い事に巻き込まれちまったんだ、なんとか元の体に、戻してやりたい……」
「……そっか」
俺を樹精霊ドライアドから助けた。そんな風に動く集団だ。
それで手足を縛って監禁までするのはやり過ぎだが、根っこから悪い奴らだとはどうにも思えない。
被害者という言葉が、少し気になるけどな。
「でも元の体に戻すって言っても、願いをもう一度叶えるには、世界樹の根元まで行かないといけないんだろう?」
「そうだね。そういうルールみたいだ。だからもう半分諦めてるよ。とりあえずは島から出たいって奴らを手助けするつもりだ。出来るかは分からないけどね」
「諦める必要はないだろう。村から出るのも、ロッコの願い事もさ」
「……どういう意味だい?」
せっかく自由になって、事情も分かったんだ。
ここからは、俺のやりたいことに村の連中を巻き込んでやろう。
シャルロットの騎士として、やるべきことはもう決めてある。
「多分さ、無理やりに島から出ようとすると、ドライアドに船を壊されると思うんだよな」
来る時は止めず、帰る時だけ邪魔をする。行きはよいよい、帰りは怖いってか。
俺の場合は、行きの時にすらイカダを壊されたけどな。嫌われたもんだ。
「……そうだね。世界樹の枝から逃れられるスピードと、頑丈さを持つ船を造ることは難しい。そもそも島から出す気もないだろうけどね」
「いや、出る方法はあると思う。『この島から出たい』――そう願えば叶うかもしれないだろ。代償に何を支払うのか分からないけれどさ」
ざわ、と動揺が広がる。
「……イオリ。それはつまり、島から出る為にはどの道、世界樹の根元に行く必要があると言ってるのかい?」
「そうだ、願いの叶え方は個々人によって違いがあるけど、誰がどう願うかまでは制御できないはず。ドライアドだって、そんなシンプルな願い方されたらそれを叶えるしかないだろう。逃げるように出るんじゃなくて、どうせなら堂々と出ていこうぜ」
三人の男達は次々に文句を垂れ流す。
「アホ言うな! 根元までいくつ障害があると思ってる!?」
「そうだそうだ! 海を越えるの無理だぞ! そもそもこの島の中だって自由に移動できねぇ!」
「こ、昆虫どもにも敵わないんだな。根元を目指すのは自殺行為なんだな」
ロッコもやれやれと手を挙げている。
「その通りさ。無茶なことを言うね。アンタはこの島の実体を知らないから、そんな甘いことが言えるんだよ。この島の中ではね、人間は生態系の一番下なのさ」
「だからって、行動しない理由にはならないだろう。ドライアドの監視網をかいくぐるよりは、まだ可能性が高いと思うんだけどな。もちろんその為になら、俺も手を貸そうと思ってる」
「へえ。てことは、イオリはあたしらの仲間になるってことでいいんだよね」
少し機嫌がよさそうに、ロッコは誘いをかけてくる、
だが俺の返事で、一気に空気が冷え切った、
「ああ、ただし交換条件としてシャルロットも同じように村の仲間に入れてくれ。みんなで一緒に島から出ようぜ」
五人の視線が、一斉に鋭くなる。おーこわ。
「……自分が何を言ってるか、わかってるのかい」
「当然だ。怒るのはもっともだけど、これは損する話じゃないと思うぜ。俺が味方になるメリットはかなり大きいはずだ」
シャルロットを守るというのは、物理的な意味だけではない。
取り巻く環境についても含まれる。ドライアドとの関係により、シャルに不都合が起こっているなら、それを解消するのも騎士の務めだ。
「なにせ世界最強の剣を持つ男が、仲間に加わるんだからな」
まずは手始めに、村の連中の誤解を解くために剣を振るおう。
世界最強の男と言わないところが、謙虚だとは思いませんか?
思いませんか、そうですか。
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