第6話 本音と嘘

 突然ですがお知らせです。

 溺れていた俺を助けてくれた女の子、シャルロットは神様に求婚されているそうです。


 シャルが人間のままでは結婚できないからと、精霊術を使う度に少しずつ神様になっていく契約を交わしているんだとか。

 へえ、そんなこと出来るんだ~と、ここまででも思いました。でももっと首を傾げることが分かったのです。


 求婚している樹精霊ドライアドも女の子だったのです。つまり女の子同士の結婚です。


 どういうことなんでしょうか。俺にはさっぱり分かりません。

 シャルも困惑しているようで、その状況に困っているのだとか。


 ほら、今も。


「グエヘヘヘ、いいじゃないかシャルロット。僕とスケベしようや。ほれほれ」

「ダメ! 結婚前にはそういうことしないって約束したでしょう!」

「お堅いなあ。僕達はいわば許婚じゃないか。いずれ結婚するんだから、少しくらいいいだろう」

「あっ、ダメ、そんな所さわっちゃ、ゃ……っ、女の子同士で、こんなのダメだって……!」


 おやおや? どこを触っているんでしょうか。

 不思議ですねぇ。だって相手はペンギンなんですよ? 身長が違うから、股の下からくちばしが伸びてきて――


「っておいそこぉ! イチャイチャすんなよ!!」


 声を荒げる。つい大きく声を出してしまう。

 仕方ないだろう。だっていきなり目の前で密接に絡み始めるんだもの、こっちは頬が赤くなっちゃいますよね。


 それに、いま夜だしね。ピンクな想像しちゃうのも致し方ないのだ。


「なにお前、まだ居たの。邪魔なんだけど」

「ど、ドラちゃん……! 話の脈絡もなくいきなり迫ってきて、いま雰囲気作ってるんだけどみたいな空気出さないで!」


 シャルの言う通りである。いやぁ常識人で安心するなぁ。

 まるでこっちがノリ悪いみたいな言い方は心外だ。


 さて、頑張ろう。


「いやいや、おかしいだろ! おま、お前も女なら結婚できないじゃないか!」


 うんうんと、シャルも頷いてくれている。


「そもそもどうしてシャルに一目惚れしたんだ、ちゃんとした恋愛をしたまえよ!」


 口調が変わってしまうほど動揺していた。

 このままでは「貴様のような奴に娘はやらん」とでも言ってしまいそうだ。俺はシャルのお父さんか。


「はっ、お前の価値観や倫理観なんて聞いてねえっつーの! 男でも女でも、人間でも魔物でも精霊でも世界共通でみんな“可愛い女の子が好き”なんだよ!! だから惚れたんだ、文句あるか!」


 ……むうぅ、一理あるな!!


「く、マズいぞ。これ以上は反論できない……!」

「イオリ、そこは引いちゃダメだよ! 言ってることは間違ってないんだから!」

「そ、そうだね。頑張るよ!」


 当事者が味方してくれるんだ。百人力だな。


「おいペンギン。そもそもシャルだって嫌がってるんだ、諦めろよ」

「嫌だ嫌だも好きのうちって言うだろう? それにシャルロットは自ら契約した、精霊になったら結婚するってな。部外者がしゃしゃり出てくることじゃない。お呼びじゃないんだよ」


 強固な自信をもって反論されるが、そこだけは譲れない。


「俺は、部外者じゃない。もう事情に巻き込まれてるぞ。だから絶対に引いてやらない」


 お呼びじゃない? いいや、そんなことはない。

 シャルが否定の意思を示す限り、俺は味方になり続ける。


「シャル、こんな状況でなんだけど聞いてくれ」

「う、うん。ちゃんと聞くよ。イオリはいつも真剣だね……」

「俺には君に対して返さないといけない恩がある。少なくとも3つ。溺れていた俺を助けてもらったこと、胸の痛みを治してもらったこと、裸だったから大きな葉っぱを貰ったことだ」


 まとめると、最後だけ酷いな。


「最後だけは、ちょっとうかつだったね……」


 あぁシャルも自分で言っちゃったよ。


「そうだね。原因は俺だけど、軽々しく精霊術を使ってしまったことは改善の余地がある。大丈夫、俺がもうそんなことさせないから」

「……どういう意味?」


「シャルに精霊術を使わせない為には、どうしたらいいか考えたんだ。その為に俺には何が出来るのか。そこで結論を出した――俺は君を守る『騎士』になる」


「…………騎士?」

「そう、近衛騎士だ。火の国サラマンドラには巫女に仕える騎士を決める大会があってね、その制度に倣う。身辺警護の為に、君を主として仰ぎたい」

「あ、主って……そんな大げさな」

「大げさなんだ。だって命を救ってもらった恩なんだから、どうか側に居ることを欲しい」

「でも、イオリは故郷に帰る必要があるんでしょう? 幼馴染との約束がある、自分には夢があるって言ってたじゃない」


「シャル、叶えたい夢は何も一つじゃないよ。もちろん願い事だって一つじゃない。君の力になることは、新しく生まれた俺の生きがいだ」


「…………ゆめ、いきがい」

「言っただろう? 君のことが好きになったって。たとえ恩なんかなくても、きっと俺は同じことを申し出てたよ。他人の為に動けるシャルの側で、この剣を振るいたいんだ」

「…………」


 シャルはうつむいてしまう。

 照れているんだろうか。我ながら告白のようだったからな。言葉を続けようとまた口を開きかけたところで、気付く。


 シャルの頬は、赤くなっていなかった――


「私は、嫌いだよ」


 鋭い眼光が、俺を射抜く。


「――え?」


 一瞬、空気が止まったような錯覚が俺を襲う。

 思わず目を見開いてしまった俺を、シャルは見たことのない表情で睨んでいた。


 天使の微笑みは、影も形もなくなっていた。


「嫌い、大嫌い。イオリ・ユークライアのことが、初めから好きじゃない」

「……しゃ、シャル?」


 次々と、拒絶の言葉が雨のように降ってくる。


「噂に踊らされて海を渡ってくる考えなしな所が嫌い。イカダが壊れたのに諦めない所が嫌い。泳いでる途中で服を脱ぐバカな所が嫌い。裸を人に見られてるのに気にしない無神経さが嫌い。人の気持ちも知らないで島に着いたって無邪気にはしゃぐ能天気さが嫌い。人の話も聞かずに都合のいいように解釈する頭の悪さが嫌い。忠告を無視して強引に願いを口にする図々しさが嫌い。見た目だけで人のこと分かった気になって薄っぺらい言葉で褒めたつもりになってる所が嫌い。勝手に独りで舞い上がって騎士になるって宣言する夢見がちな所が嫌い」


 一息で、そこまでの俺についての感想を一気に口にした。

 そしてキッと睨みを利かせて、最後の拒絶を言葉に出す。


「幼い頃から叶えようと頑張ってたはずの夢を大事にしない――イオリなんか大嫌い。だから私に付きまとわないで。島からも出てって」


 有無を言わさぬ迫力が、シャルから発せられていた。

 力強く握った拳が、ふるふると震えている。


「……プ、ププッ、グエケケケ! あぁもうダメだ! 笑いが抑えられないっ、よく言ったシャルロット!! そうだよこんなバカ放っておこうぜ、おい今ならイカダを壊さないでやるからとっとと島から出て行けよ! ざまーみろっ、ハハハハハハハッ」


 ペンギンが腹を抱えて笑っていた。

 当然だな、ヒーロー気取りのバカが振られたんだ。そうするのが正しい対処ってもんだ。


 だけど俺は、不思議と心が落ち着いていた。


 シャルの真っ直ぐこちらを見る、涙すら浮かびそうな決意の表情を見ると、自然に言葉が飛び出ていた。


「それじゃあ、君が俺を助けてくれたのはどうして?」

「……同情、したからだよ。貴方があんまり、可哀想だから」

「精霊に願い事を口にしちゃダメだって言ったのも?」

「そうだよ! しつこいなぁ、もう何でもいいから島から出てって!!」


 はは、もう無茶苦茶だ。


 同情ね、俺の事情を知らない内にシャルロットは命を削ってまで精霊術を使ってくれた。

 自分で脱いだから服がないとか、そんな下らない、命を懸けるほどの事でもない内容に。


 俺が可哀想、か。


 そんなことを言われたら、普段なら怒ったり、悲しんだりするんだろうけどなぁ……。


「ごめん、そんなことを言わせて。俺のせいだ」

「……な、何を言って」

「やっぱり優しいんだね。その心遣いが凄く嬉しかった。ありがとう」


 心臓がドキドキしてる。

 シャルから目が離せない。こんなにも全身が熱くなることが、今まであっただろうか。


 本気で、恋に落ちてしまいそうだ。


「やっぱり俺は、君の力になりたい」


 ちなみに言っておくけれど、俺は決してマゾじゃない。

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