第5話 精霊に愛され過ぎた女の子
「おい人間、シャルロットは可愛いだろう」
「うん、可愛いな。最初に見たとき、まるで天使みたいだと思ったよ」
「ななっ、何を言ってるの!? そんなことないから! 普通だもん!」
シャルさんや……。君の容姿を普通だと仮定すると、俺の故郷の人間は全員普通以下になってしまうと思うんだ。
まったく、今までの流れをぶった切るように突然、気安く話しかけられたから、つい素直に答えてしまったじゃないか。
急に褒められたシャルは顔を赤くして怒っている。そういう所もなんだよなぁ……。
「そう、可愛いんだよ。僕も一目見てそう思った。ああ、この子が好きだと。初めての一目惚れだった。だから求婚したんだよ、結婚してくださいってな」
「……男らしいな……」
「あ? なんだとこの野郎」
なぜ怒る。
殺しに来た相手を褒めたんだぞ、むしろ感謝してむせび泣けよ。
「ともかく僕はシャルロットに結婚を申し込んだ。だけど断られたんだよ」
「まあ、そうだろうな。ははっ、ざまーみろ」
ペンギンと殴り合いになった。
慌てたシャルに止められる。くそう、体格の違いもあるけど、勝てそうだったのに何故止める。
「おいペンギン、断られたんなら諦めろよ。お前は精霊で、世界を造った神様の一柱だろう。所詮俺たち人間とは住む世界が違うんだよ」
「住む世界が違うなら、合わせればいい。努力って素敵な言葉だよなぁ? こうして少しずつでもシャルを精霊に出来てるんだからさ」
にやにやとドライアドは笑う。
この野郎……。精霊術の才能のない俺に唯一許された方法を、努力という言葉をそんな風に使いやがって。
話の流れを汲むと段々分かってくる。
ドライアド、お前がしているのは小細工だ。
選択肢がなくなるよう外堀を埋めるだけで、結局はシャルが頑張っているんだろうが!
「確認だ。願いを叶えるなんて嘘を付いて、人を集めて、どうしてそれがシャルに精霊術を使わせることに繋がる」
「おいおい、何を言ってるんだ? 嘘だって? “ちゃんと願いは叶えただろう”」
「ぐ……っ」
「ちょっと自分の思う通りにいかなかったからって、何様のつもりだ。こっちは何の義理もないのに奇跡を与えてやったんだぜ。なんだろうなぁ、この喧嘩腰。僕はお前に感謝されるべきじゃないのかなぁ」
「ああ、最強の剣をありがとうよ……! これでぶった切ってやりたいくらい嬉しいぜ」
「ププッ、おいおい止めておけよ。せっかく拾った命だ、大事にしろよな。生きてシャルロットに迷惑をかけ続けろ」
「シャルに迷惑をかけることを、どうしてお前が望む!」
「なに言ってんだよ、まさにお前が体験しただろうが。だから言ったんだ――“助けてもらえて良かったな”って」
「…………っ」
やっぱり、そういうことなのか。
「イオリが気にすることないよ。あれは不可抗力、でしょ?」
「そんな訳にはいかない。だって俺は、シャルに命を助けてもらってる」
不可抗力なのは、裸だったことだ。しかもそれも不可抗力じゃなかったし。自分で脱いだ。
俺は取り返しのつかないことをしてしまっている。
胸の痛みの件、そして衣服がなかった件、俺はもう二度も、シャルに精霊術を使わせている。
“使うほどに人間じゃなくなっていく”という命を懸けた精霊術を、もう二回も使わせているのだ……。
もしかしたら、気を失っている間にも、知らない内に使われているかもしれない。
イカダを壊され、泳ぎ、溺れ、そしてシャルに助けられた……。
俺はまんまとドライアドの術中に、ハマってしまっていた。
「ごめん。謝っても何にもならないけど、言わずにはいられない。ごめん、シャル」
いいんだよ、と小さく零して、シャルは優しく微笑んでくれる。
「……精霊術が使えないなんて、ずっと苦しかったよね。きっと色んな人に悲しいこと言われたよね。北の果てから南の果てまで旅をして、神様に何とか奇跡を貰いたいくらい辛かったんだよね? 私も頑張ってる人の力になりたい。だからイオリは、こんなことで死んじゃダメだったんだよ」
ああ、シャルはこういう人なんだ。
そんな事情なんか知らなかった時点でも、困っている人を見つけてしまったら助けようと行動する女の子なんだ。
「いやぁ、相変わらず優しいよねシャルロットは。僕はこんなの放っておけと言ったのに、結局は精霊術を使ってまで助けちゃうんだからさ」
「……そんなの当たり前でしょう。たとえ精霊術を使えなくても、私は誰かを見捨てることなんてしない」
「そう、シャルロットは当たり前のように心優しい子だ。その可愛さは外見だけじゃない、内面にも備えている完璧な女の子なんだ。まさしく僕の嫁に相応しい相手さ」
「ドラちゃん! それ以上は怒るからね!」
「照れるなよ、本当のことだろう」
「……だとしても、だからこそ嫌になることだってあるよ」
そうか、シャルが褒められると否定を挟むのには理由があったんだ。
可愛いという言葉は、シャルにとって褒め言葉にはならない場合がある。
だってその外見や内面のせいで、精霊に好かれ、惚れられ、周囲に迷惑がかかってしまっているんだから。
イカダを壊され、死ぬ一歩手前までいった俺のように。たとえ責任感が強くなくても、気にしてしまうだろう。
自分の容姿や行動が、精霊ドライアドを動かす原因になってしまっているから。
自分のせいで、人を死に追いやっている可能性があると。
「おいおい、僕だってシャルロットを傷つけたいわけじゃないんだけどなぁ……」
「……だったら、お願いだから他の人を巻き込むのやめてよ……」
「悪いがシャルロット、それだけは叶えられない『お願い』だ。もう君に対しては一度、願い事を叶えてあげただろう?」
一度限り、乞われた願いは叶えるが、決して幸せにはしない樹精霊ドライアド――
つまりは、こういうことなんだろう。
シャルに一目惚れした精霊ドライアドはすぐに求婚する。
だけど神様とは結婚できないと、むげに断られてしまった。
だからシャルを自分と同じ神様にすることにした――『
だけどシャルの意思を無視するなど可能な限りしたくない。自分の意思によって結婚までの道を歩んで欲しいのだ。シャルの心を、納得させる為に。
だからドライアドは条件をつけた。
奇跡の力を使うごとに人間をやめていく、そんな無茶苦茶な交換条件を……。
断ることも出来る。だけどシャルは神様の頼みのため断りきれず、承諾してしまう。
内容までは分からないが、願いを叶えてもらった際にその条件を受け入れざるを得なかったのだろう。
そう無理やりに追い込まれたんだということは一目瞭然だ。
だってシャルロットは、他人が困っていたら助けたいと思う――そんな、普通の感性を持つ女の子だから。
ドライアドはそういう状況をわざと作った。
その優しさを利用し、困っている人間を故意に作り出した。その為の噂、その為の奇跡、そして一度入り込んだら、逃げられない悪魔の島。
シャルに精霊術を使わせる為に用意した、どんな人間の願いも叶える理想郷。
ただし、誘い込んだ人間を幸せにはしないけれど――
この島へ船は出せないと、誰もが言った。
今ならそう口にする理由も、分かってしまう。
「樹精霊ドライアド、お前はそこまでして結婚したいのか……」
「そうだ、困っている人間がいたら、シャルロットは必ず精霊術を使う。使ってしまう。このままいけばいずれ神様として世界に祝福されるだろう!」
「…………」
得意気に語るドライアドとは対照的に、うつむいて目を伏せるシャルロット。
いいのか? 俺は命の恩人に、こんな表情をさせてしまって、本当にいいのか。
俺は今とてつもなく、他でもない自分自身に対して怒りが燃えてしまっている。
「許せねえ……」
「い、イオリ?」
「俺は自分が許せない。不甲斐なくて、殺したくなってくる」
「ダメだよ。せっかく助かったんだから、命を粗末にしちゃ絶対にダメ」
「……その通りだね。大丈夫、粗末になんかしないよ。でももう、自分の為には使えない」
事情を知ってしまったから、命ごと助けられてしまったから。
せっかくくれた忠告を無視して、あつかましくも、まんまと願いを叶えてしまったから。
俺の手には、最強の剣が握られている。
なんてバカな真似をしてしまったんだろうか。
もはやこの命を、自分の夢の為には捧げられない――
「聞いて欲しい。シャル、俺は君の味方だ。どんな事情があっても力になると約束するよ」
「……な、なんで? いきなりどうしたの?」
「命の恩人だから、っていうのもあるけど、君のことが好きになったから」
「す、すすす、好き!?」
「そう。可愛くて優しくて、他人のことを想って悩める。そんなシャルロットの力になりたいと素直に思えた。だからこれから俺は、シャルの為に行動する。命の恩を返すまで力になり続ける」
きっと今まで、色んな人を巻き込んでしまったからこそ、この俺の行動も重荷になってしまうんだろう。
だから、そうやって真剣に俺を諭してくる。
「イオリ、なに言ってるの。そんなの必要ないよ。だって故郷に帰らないと幼馴染との約束が果たせないんでしょう」
「ごめん、だけどこれは俺が決めたことだ。シャルの意思は関係ない――俺が自分で、シャルの力になると決めた。たとえ君の意思に反しても、君を幸せにする為に行動する」
「イオリ……」
「アハハハッ、面白いねお前。いいよ、好きにすれば?」
ペンギンは笑う。邪悪に笑みを浮かべる。
「どの道お前が困れば困るほど、シャルロットは精霊術を使う。そういう子だ。無力なままで、側にいようとすればいい。なんなら僕がまた溺れさせてやろうか」
「…………どうして、いつもそんな風に力を使うの、私だけじゃなく、関係のない人まで……」
君の重い表情を見るだけで、胸が苦しくなる。
なんとかしたいと、心が叫ぶ。
「おい精霊ドライアド。仮にも求婚したのなら、シャルに悲しい顔させてんじゃねーよ。ぶっ飛ばすぞペンギン野郎!!」
「……へえ? 人間風情が粋がるじゃないか、せっかく助かった命を今ここで散らしたいのか?」
「お前のせいでシャルがうつむいてる。それが惚れた相手にすることなのかって訊いてるんだ!」
「人聞きの悪いことを言うなよ。人間をやめる契約をしたのも、他人の為に精霊術を使うことを選択したのもシャルロットだ。どうして僕のせいになる?」
コイツは、まさしく悪魔的だ。
決して許してはおけない。強引なやり口で契約を迫り、逃げ道をなくす。
たとえ求婚相手が悲しんでいても、見ないふり。
いや、心なんか見ていないんだ。結婚という形さえ整えば、後はもう――
「シャル、君がコイツと結婚することで幸せになれるというのなら、俺はもう何も言えない」
「…………」
「どうか答えて欲しい。シャルは……樹精霊ドライアドと結婚したいと思っている?」
シャルは、俺の真剣な問いに応えてくれた。
やっぱりこの子は、天使みたいに心優しい子だ。
「……うん、結婚、したくないというか、出来ない……」
「そんな! どうして僕の想いを受け入れてくれないんだ、シャルロット!」
「ごめんね、ドラちゃん。でもやっぱりこんなの間違ってるよ……」
けけ、ざまーみろだ。
いくら神様で偉いからって、何でも思い通りになるとは限らないぞ。
そうだよ、外見がペンギンのことを好きになる人間なんてそうは居ない。
ようし、ここからは俺の出番だ。朝から晩まで剣を振るった甲斐もあるってもんさ。
神様を相手に戦うなんて、何とも心が躍るじゃないか。
命の恩人を幸せにする為なら、俺は樹精霊ドライアドにだって勝ってみせ――
「だってドラちゃんは“女の子なんだから”……国の決まりで私とは結婚なんて出来ないよって、何度も言っているのに……」
「嫌だ。僕はシャルロットと結婚するんだ。“性別なんて関係ない”――風の国の決まりなんて知ったことか! もうシャルロットは樹の国にずっと居るから関係ない。僕は精霊なんだ、神様なんだ。お前が僕とは種族が違うから一緒にはなれないって言ったから頑張ってるんだ、ちゃんと約束は守ってもらうぞ!」
「……………………………………は?」
えーっと、ううん、聞き間違いかな。
いま、何て言ったんでせう?
おんな。女の子、メス。
……この、ペンギンが?
嘘だろう?
自分のこと『僕』って言ってるから、てっきり男なんだと――
「え、ええええええええええええ――っ!?」
「煩いぞ人間風情が! まったく、だからこんなの島にいれたくなかったんだ」
「もうっ、ドラちゃん! そういう口の利き方はダメだってば!」
いやいやいや、ちょっと待って、ちょっと待って、ちょっと待って!!
え? そういうことなの?
シャルが断っていたのは、外見がペンギンだからとか、精霊と人間で種族が違うからとか、そういうことじゃないのか?
女の子同士だから、両方がそういう気持ちにならないと結ばれない。そういうこと?
シャルは男性に好意を抱く、普通の感性を持つ女の子だから。
そして、生まれ故郷である風の国シルフィでは、同性同士の結婚は認められていないから。
だから、シャルは精霊ドライアドと結ばれることはないと、そう言い切ったのか。
女の子が、女の子を好きになっているという場面を、俺は初めて目にした。
きっと天国に居るであろう父さん、母さん。俺は今日、何回心の底から驚いたでしょう。
いつだってこの島は、俺の知らないことをたくさん教えてくれます。
樹の精霊ドライアドは、いわゆる僕っ子だった。
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