第02話 伝説への夢ドリーム

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 その他の掲示板や、アニメ評論家からの高評価。

 絶えることなく届き続ける、感想や激励のメール。



 とくれば、そう、



 続編、

 テレビアニメ化、

 OVA化、

 サントラ発売、

 劇場版制作決定、

 アニメアワード受賞、


 メディアミックス、



 つまり、



 ゲーム、

 コミック、

 小説、

 ミュージカル、



 そして、



 世界進出!



 夢ドリームッ!!



 と、胸の奥の夢ドリームが無限に膨らんでゆく四人であった。

 天井を見上げ、みんな呆けたような変な顔で。


「でもとりあえずのところ、続きどうしようか。真面目な話」


 定夫が素に戻り、問う。

 膨らむ夢はそれはそれとして、まずしっかり地に足をつけないことには始まらない。


 にまにま顔で携帯電話を握り締めていた八王子が、ぷるぷるっと顔を振って、


「この野望をどんどん大きく広げていくのだったらさあ、誰か他に、絵を描ける人を探したいよね。トゲリンの負担を減らす意味で」

「そうでござるな。負担云々というより、得意分野の住み分けということで、背景を上手に描ける人を。拙者はキャラ以外はとんと苦手で、今回の製作では写真を撮って上からなぞってみたりするなど、相当な苦労を要したところであるので」


 最初は、撮影した背景用写真を取り込んで、手書き風のエフェクトをかけてみたのだが、合わせてみるとどうにもキャラクターの絵柄になじまず、最終的にはすべてトゲリンが自らの手で描いたのだ。「下手だが味がある」といったいわゆるヘタウマ風にすることにより、なんとかごまかして。


「声なら、あたしの知り合いが何人か紹介できるかもです」


 敦子にアニメファン仲間はいないが、以前に短期ボイトレなどを受けた際に知り合った、声優を目指している女子とメールアドレスを交換してあり、いつでも連絡は取れるとのことだ。

「キャストの変更はしたくないから、新キャラ次第ではお願いするかも知れない」

「続編、と簡単にいってもさあ、同じような内容のをダラダラやるだけじゃ、なんだよね」

「そうでござるな。いくら昔のテレビアニメを目指したからといっても、昔のように四クールも見させらては飽きるでありござるからなあ」


 トゲリン、語尾が奇妙になってしまったのをごまかすように、はははとニチョニチョ声で笑った。


「そこは別に、現代っぽく一クールものでいいんじゃないか? 五十話作るなんて、どのみち無理だし。今回作ったのを第三話くらいとして、前と後ろを考えよう」

「どうせなら、ショッキングな展開がいいなあ。観る人を驚かせたいし」

「ほのかの正体は異世界古代のロボットだった、とかでござるか? 自分も親も、その事実を知らずに普通の人間と思って生きてきた」


 トゲリンが、八王子の案に食いついた。


「でもお、体内に機械の部品があれば、気づくと思いますよ」


 敦子がささやかなツッコミを入れる。


「しからばそこは、空間元○固定装置のパターンで。まあとにかく、そういうのは設定でいくらでもごまかせるでござるよ」

「そんなもんですか。人類こそが実は侵略者だったあ! とかそんな感じですかね。ありがちですけど」

「ありがちでいいんだよ。で、衝撃の事実を知ったほのかは、仲間に反旗を翻し、血みどろの戦いの上、最後は共倒れで消滅、とか」


 八王子。自分の発言した、ショッキングという言葉に、どんどんイメージを膨らませているようである。


「いやいや、さすがに悲しすぎるだろ! 却下却下」

「でも素人が無難にインパクトを狙うには、最低これくらいやらなきゃあ」

「ならば、少しそのテイストを残しつつも、根本からしっかり練り直そう。といっても既存作品の修正はもう無理だから、矛盾なく詰め込めた設定を膨らませる感じで」

「背景設定を熟考するより前に、残りメンバーの変身のモチーフ。水と風と地、誰が誰でというところを考えようではござらぬか? ここが適当なままであったから」

「適当過ぎて、色々やっちゃったところがあるもんね。髪の色からして、らせんは水なんだけど、性格的にはどう考えても火だもんね」

「『ほのかのほのかな炎が』、って超パワーアップのところの台詞やイメージから入ったからな、キャラ作りが。だからほのかは炎キャラで赤なんだけど、でもそのシーンどうしても敬語で喋っているところ以外想像出来なくて、そのせいで、ほのかが炎のくせに敬語キャラになっちゃったんだよな。みんなで掛け合いするところは、敬語ということにいまだ違和感あるけど、まあ四人の個性を出すという意味では、よかったのかな」


 キャラ作りの苦労を語るは山田レンドル定夫総監督。


「レンドル殿、不意に一つ気になったのでござるが、『かるんには、ひょっとして精霊の姿が見えているのか』、のようなオチにするといっていたが、なっていなかったでござるな。いかような理由での変更であったか」

「ああ、あれな。確かに最初は、バイト先の神社で四人がゆるゆるの掛け合いをしながら終る予定で、脚本も起こしたんだよ。だけど、その前の悟の香織への告白のとこが『うやむや』『期待あり?』『ひょっとして?』という感じだった初稿が、どんどん変わってしまって最終的には『明確な失恋シーン』になってしまった。なら、そこをオチに持ってきてしまった方がいいのかな、古いアニメっぽく終わらせられるし、ってことで予定していた最後の掛け合いがなくなり、従ってかるんのそのシーンもなくなった」

「得心いったでござる。ところで反旗を翻して云々という八王子殿の案であるが、それを膨らませるとするならば、まず対立関係をはっきりさせたい。ほのかが、残り三人の魔法女子と戦うということなのか、それとも二人と二人に分裂するのか、それとも新魔法女子もしくはヒューマンタイプ女性タイプのマーカイ獣などを出して、ほのかたち四人全員が人類の敵ということでその新キャラと戦うことにするのか」

「そりゃあ当然…………どうしようか」


 八王子が腕を組んでうんうん考えていると、敦子がおずおずと小さく右手を上げてぼそり、


「あのお、一つ確認をしておきたいんですが、今回ネットに公開したお話、作品が完成したその時点では、いま皆さんがおっしゃっているような設定はまだまったくなかった、ということでいいんですよね? 戦い合うとか、人類の敵とか」

「そうだね」


 野郎三人を代表して、八王子が答えた。


「ならあたしは、続編の構想が固まるまでは、単なるほんわかバトルヒロインアニメだと思うことにします。もちろん最終的な決断に従いますけど、それまでは好きなイメージに浸らせてください」


 というと敦子は、自分の胸にそっと手を当てて柔らかく微笑んだ。


「そういうふうにも思えるラスト、って出来ればいいんだろうけど、どこかで斬り捨てはしていかないとな」

「そうだね。よくさ、ラストをうやむやにするという手法があるじゃない? でもさ、そういう終わらせ方を嫌う人も多いんだよね。だから、『視聴者全員の期待に沿う』というのは無理だよね」

「そうでござるなあ」


 などと四人が話し合っている間にも、彼らの携帯がぶーっぶーっとひっきりなしに振動し、メールの到着を知らせている。


 定夫がなんとなくパソコンの掲示板を更新させてみると、ほんの五分ほどの間に、もう三百件近い書き込みがされていた。


 ネット上に、大きな掲示板やコメント欄は一つではなく、また、ほのかを語るはネットのみにあらず。

 現在どれだけの人が、「魔法女子ほのか」を語っているのだろうか。


「続きをどういった展開にするか、なんか責任重大な気がしてきたよ」


 定夫は、ごくり唾を飲んだ。


「気がする気がしない、ではないでござるよ。続きを作るのであれば、これだけの人がいることをしっかり受け止めて、よりよい作品を作る義務があるでござるよ。ニンニン」


 モニターに映る掲示板のメッセージへと、トゲリンは脂肪まみれの手のひらを差し出した。


「な、なんか凄いことになってきましたね。本当に」

「ぼくたちのように、グループとして小さいからこそ可能な、視聴者とキャッチボールが出来るような、そんなものを作れたら最高だよね」

「いやいや、既に半分それだろ。だってネット民たちの反響が、本編を作る原動力だったんだから。……しかし返り見るに、ほんと凄いアニメを作ってしまったんだなあって思うよ。我ながら。いや、我々ながら」

「アニメマニアのアニメマニアによるアニメマニアのためのアニメでござるな」

「そうだね。もちろん一般も歓迎だけど。なんかやる気が出てきたあ! よおし、しっかりプロット固めて、矛盾点も吸収して、後世に残るような凄い作品を作るぞお!」


 八王子、すっかりハイテンションであった。


「伝説を作るでござるでばざーる!」


 そのハイテンションっぷりを受けて、トゲリンもネチョネチョ声を張り上げ絶叫した。


「ほのか、ウイン!」


 敦子が唐突に右腕を突き上げた。ほのかの勝利ポーズだ。


「あたしの、生涯の代表作です!」

「ウイン!」


 八王子とトゲリンが同時にズバッと、ちょっと遅れて慌てたように定夫も腕を突き上げ、敦子と腕を並べた。


「ほのかあ、ウインッ!」


 三銃士とダルタニャンの大声が、むさ苦しいオタ部屋にバリバリ轟くのだった。

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