第08話 えっへん

 どどーん。

 どどどどーん。

 ざぱああん。


 打ち寄せる波の音を遥か下。

 オレンジの太陽が沈みかける水平線を遥か前。


 男たちは、立っていた。

 切り立つ崖、岬の先端に。


 やまレンドルさだ

 トゲリン、

 八王子。


 どどーん。

 どどどどーん。


 激しい、波の音を遥か下に。

 腕を組み、立っていた。

 あくまで、彼らの脳内でのイメージではあるが。




 現実の彼らは現在なにをしているかというと、アニメ本編を製作している。

 彼らが作ったアニメオープニングに対しての、あまりにも膨大なネット民からの反響にモチベーションを触発されて、本編を作ることを本気で決意し、徹夜徹夜で作業中。


 その現在の心理状況、つまり満足感や、誇らしい気持ち、存在そのものを否定され続けてきたこれまでの人生の反動、などが集約し「思わず波のどどどどーん」なわけであった。


 なお、そのアニメ本編であるが、脚本、絵コンテは総監督のレンドル定夫が担当。

 それをみんなで話し合い、つつき合い、修正したものである。


 基本的な内容は、先日の会議で決定した通り、「女子高生退魔もの」。

 めざす雰囲気としては、「なんとなく懐かしいもの」だ。


 提供された楽曲が、なんとも80年代風なので、それを生かそうという八王子の提案によるものだ。


 古きには懐かしく、若きには新鮮。

 その、旧時代的な雰囲気を、現代人のセンスにて作る。

 決して、パロディにはしない。

 90年前後のノリを、ひたすら真面目に、現代人の感性を取り入れて作るのだ。

 構成は単純で、



 オープニング。

 Aパート。

 アイキャッチ。

 Bパート。

 エンディング。



 というもの。

 まだ、エンディングに関しては、どうするかまったく決まっていない。


 それ以外には、もうコンテ作りも終了して製作活動に入っている。


 Aパートに関しては、もうほとんど完成している。


 オープニングも、ネット公開したものからかなり修正を加えている。敵や戦闘シーン、仲間、といった部分を追加したのだ。


 現在メインで取り組んでいるのは、Bパートだ。


 作っては鑑賞し、意見を述べ合い、作画の修正、場合によってはコンテ段階から修正を施していく。


 プロの現場のやり方など知らないが、おそらくかなり効率が悪い方法なのだろう。

 と、定夫は思っている。


 でもこれが、素人が妥協せずによりよいものを作るための方法なのだ。

 おれたちのアニメを、作るために。



 やがて、学校は夏休みに入った。

 二度とない高校二年生の夏休みを、定夫たちはこの作業のみに費やした。

 のみ、というか、まあ「はにゅかみっ!」などはかかさず観たが。



 二学期が始まる頃、

 ついに、彼らの活動に大きな区切りがついた。


 オープニングからエンディングテロップまでの、映像部分がすべて完成したのである。

 まだ音は入っていないが、アニメで大切なのは映像。


 彼ら三人は、短い月日で退魔少女アニメを作り上げたのだ。

 これに満足せずに、なにに満足せよというのか。




 岬の先端から、暮れ行く真っ赤な太陽を見ている三人。

 腕を組んで、潮風を浴びている。


 レンドル定夫は、右の鼻穴にガーゼを詰めている。

 疲労と眠気に襲われて、朝礼の時に直立不動のまま受身も取らず顔面から倒れて、鼻骨骨折したのだ。イメージではなく、現実に。


 腕を組み潮風を受け続ける彼ら三人の表情は、満足げ、誇らしげであった。

 満足げ、どころではない。

 自分たちの力量を遥かに上回る、素人としては完璧に近い作品を作り上げてしまったのだから。



 どどーん。

 どどどどーん。

 ざぱああん。


 遥か眼下に波の音。


 どどーん。

 ざぱああん。

 ぱああん。


 遥か眼下に波の音。

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