カーテンコール2

 いつまでも鳴り止まぬ拍手に、

 叫び声に、

 アンコールに、

 すうーーっと、幕が上がり始めると、

 場内の拍手が爆発した。


 ステージの上には、そう、


 定夫、

 トゲリン、

 八王子、

 敦子。


 四人は大きく手を振り、観客の声に応えている。


 やがて彼らが深く頭を下げると、すうっと消え入るように場内が静かになった。

 ボッ、と定夫マイクを吹いてしまう。




 定夫「ア、アンコールにお応えして、戻って参りました」


 八王「ましたハアーン、とかいって終わらせといてあっさり戻ってきちゃって、すっごい恥ずかしいんだけど」


 敦子「それではっ、みなさんからの感想を紹介しまあす」


 トゲ「唐突過ぎるのだが」


 敦子「先ほどはわたしたちの感想だったので、今度は、みなさんからのということで」


 定夫「それで手紙をずっと握ってたのか」


 敦子「はい。では読みます。市の『むにむねむね』さんからです。『あなたたち四人は、世に虐げられている気持ち悪いオタクですが、これまでさぞかし経験したであろう理不尽な目の、これは一番というのを教えて下さい』だそうです。うーん、なんだろうなあ。……って、これ感想じゃないじゃないですかあ!」


 八王「知らないよ! 自分で選んでおいて。いうしかないんじゃない? じゃあ敦子殿からだね、当然」


 敦子「えーーっ! はあ、しかたないですね。……わたし、中一の頃すっごいイジメられっこだったんですがあ」


 定夫「え、知らなかった」


 敦子「各クラスの花瓶が全部割られていてえ、全部わたしのせいにされたんですよね。証拠はないけどきっとそうだ、だってやってない証拠がないもん。って。先生にも散々に怒られて、正座に反省文ですよ」


 トゲ「酷い」


 敦子「数週間後には、教室に新しい花瓶も置かれたんですが、まだモヤモヤした気持ちがおさまらなかったわたしは、だったら本当に犯人になってやれば事実になるわけだからスッキリするのかなあ、って誰もいないはずの教室で花瓶を掴んで振り上げたところを、写真撮られて証拠にされて、前回の件もぶり返されて、死ぬほど怒られました」


 定夫「理不尽だなあ。というか、本当に花瓶を割って犯人になってやれ、とか敦子殿ってそういう性格だったのか」


 敦子「違いますよお! たぶん、振りだけで、やらなかったと思いますよ。……では次、トゲさんは、どうですかあ?」


 トゲ「子供の時分、四歳上の姉に『てめえこれ履いてみろ』ってスカート履かされたことがあり」


 敦子「想像したくないんですが」


 定夫「というか、お姉さんいたこと知らなかった」


 八王「ぼくも」


 トゲ「抵抗したが、ぼこぼこに殴られて仕方なく、泣く泣く履いたのであるが……」


 定夫「まだ続きがあるのか」


 敦子「すでにお腹いっぱいなんですけど」


 トゲ「その姿を見た両親に、『ふざけた格好してんじゃねえ出てけ』、とその服装のまま家を閉め出され、たまたま家の前を通りかかったクラスメイト二人に、『気持ち悪いことしてんじゃねえよ』と石をガスガスぶつけられたのでござる。一個、風呂のガラスに当たってヒビが入ってしまい、親には『お前のせいだ』と怒鳴られて、それから一年間、小遣いなし」


 八王「くだらないけど、ものすごい理不尽だなあ」


 トゲ「くだらなくない!」


 八王「ぼくは、八王子市での中学生活が、とにかく理不尽の連続だったなあ」


 定夫「アゴを蹴り砕かれたんだものな」


 敦子「それが原因で転校することになったんでしょう?」


 八王「そう。親に泣きついて引っ越し志願したんだ。先生も含め、誰もぼくを守ってくれないと絶望したからね。そのアゴ砕かれた件なんだけど、ぼくが一人で大暴れして階段でダジャレ叫びながら頭からダイブしてアゴを打ったことにされてんだよね。そんなわけの分からないことするはずない、と、先生も分かってはいたけど面倒事を大きくしたくなかったんだろうね」


 定夫「まあ、それがあり転校し、出会いあり、そして『ほのか』があるわけだが」


 八王「いや、いまはほんと、そう思っているよ。あいつらの家に水爆を落としてやりたい、というのと同じくらい」


 定夫「どんくらいなのか、よく分からないのだが。逆に」


 敦子「レンさんは?」


 定夫「高一の冬、ある日のこと、おれは駅のホームに立っていた。白息が真横に流れて、隣のヤクザみたいな男の顔に軽くかかってしまったみたいで、『ふざけんじゃねえよ』って殴られた」


 八王「トリが、随分としょぼい話だなあ」


 定夫「いいんだよ。で、まだ続きがあってだな、数日後、またホームでその男と会ったんだ。気付いたら隣にいたから、避けようがなかった。おれは慌てたように、やつの裏を回って、立ち位置を前回と逆にした」


 敦子「逃げればよかったのに」


 定夫「逃げたことにムカつかれて、背中を蹴飛ばされると考えたのだな。で、場所を入れ替えたもんだから、そいつの白息がおれの方にもあーっとかかってきたんだ」


 八王「そうなるように位置を変えたんだからね。でもおかげで、殴られなくてよかったんじゃない?」


 定夫「いや、殴られた。『このデブ、おれの息を勝手に吸ってんじゃねえよ!』って」


 敦子「理不尽……」


 トゲ「四人全員が理不尽話を語ったので、では、次のおたよりに参る。今度は、拙者が読むでござる。ろう|市の『ふゆなん』さんから。『素敵だね、動画アップされているの見つけて聞いちゃいました。これは名曲ですね。何度聞いても、じんわり涙が浮かんじゃいます』」


 敦子「ありがとうございます! 嬉しいです!」


 八王「編曲を担当したぼくも!」


 敦子「でもよく見つけられましたね、その動画」


 トゲ「『ただ、歌詞の中で分からないことがあります。この世にいることに意味があるかは分からない、それでもその笑顔を守りたいと思う、というところです』」


 敦子「そのまんま、だと思いますが」


 トゲ「『これはつまり、君は生きる価値のない劣った人間だけど、そんな君を守りたいと思う奇特な人もいるんだから頑張れ、ってことでしょうか。だとしたら上から目線でムカつくんですが』」


 敦子「うえーーーっ、違いますよおお! 歌詞のどっちの部分も、この語り手自体のことですよお。『人が生きていること、自分が生きていること、それに意味があるかは分からないけど、守りたい笑顔があるんだから、きっと意味はあるんだ』ということなんです」


 トゲ「なるほど」


 敦子「合唱祭のクラス創作曲で、生徒一人ずつ歌詞を考えたんですが、その時に作ったものなんですよね」


 定夫「ああ、そうなんだ。中一の時に作ったとは聞いていたけど」


 敦子「うん。中一の、ちょうど酷いイジメを受けていた時で、自己肯定したかったんですよね。でもそのせいか、暗い内容になっちゃって、発表の際には一番最初に弾かれちゃいましたけど。『生きる意味が分からない』、など退廃的すぎるだろ、とか先生に注意されちゃったり」


 トゲ「前後の文を見れば、いやそもそも全体が、優しく前向きに素敵に生きるためのメッセージなのに、一つの言葉だけを捉えてしまっているのでござるな。……しかし敦子殿がイジメを受けていたなんて、まだ信じられないでござるよ」


 定夫「確かに」


 敦子「わたしの幼少期から声優になるまでを綴ったスピンオフ作品、『敦子ナンバーワン!』を読んでいただければ、そのあたりは詳しく書かれているはずですよ。って、宣伝しちゃいましたあ。にゃはあ。発表はまだまだ先らしいですけどね」


 八王「いや、あれ作者の冗談じゃなかったっけ?」


 定夫「だよな」


 敦子「えーーーーーっ! そ、それ、ほんとうですかあ?」


 八王「って聞いたけど、ぼく。面倒だから書くのヤダとか、敦子なんかダセーとか、誰か酔狂な人が代わりに書いてくれねーかなあ、とか」


 敦子「にゃーーーっ! 誰かあ、書かせてっ! ムチ打って書かせて! 他のっ、他の酔狂な人でもいいのでえ、どなたかあ、書いて下さあい!」



 天井から、すーーっ、と幕がゆっくり降りてくる。



 定夫「今度こそ、本当に閉幕だ。では、敦子殿の悲痛な叫びとともに……」


 一同「バーイ!」




 場内に響く拍手の音。

 幕は、完全に降りた。

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