第十章 風が吹いている
第01話 魔法女子あおい
「な、なんだよこのカッコはっ!」
あおいは、両の腕を持ち上げてびっくりおろおろと、自分の服装を見下ろしていた。
白を基調にところどころ青いラインやポイントの入っている服を。
上半身は舞踏会の貴婦人のようにぎゅっと詰まった硬い感じで、反対に下はふわっとしたスカート。
青いグローブに、ブーツ。
高校の制服が、水に溶けるように消えたかと思ったらこのような服装になっているのだから、驚くのも無理はないだろう。
驚いているのは、あおい本人だけではなかった。
「……ああ、あおいちゃんが、二番目の、魔法女子だったなんて……」
赤い服に、赤い髪の毛、魔法女子ほのかである。
二人きりでいるところをマーカイ戦闘兵に襲われ、正体がばれることをいとわず変身し、あおいを守り戦っていた。しかし今日は敵の数が多く、もう守りきれない、というところで、あおいの能力が覚醒し、二人目の魔法女子が誕生したのだ。
新たな戦士の出現に動揺していたマーカイ戦闘兵たちであるが、気を取り直した先頭の一人が襲い掛かる。
あおいは、ぎりぎりで攻撃をかわすと同時に、相手の顔面に拳を叩き込んでいた。
「ギギャッ!」
マーカイ戦闘兵の悲鳴。
四散、消滅。
「すげえ……」
無意識の反撃だったのであろうか。
あおいは、ぽかんとした表情で、爆発的なパワーを発揮してみせた自分の両手を見つめていた。
ゆっくり顔を上げると、ほのかへと視線を向けた。
二人は無言で、力強く頷きあった。
その瞬間、さらに二体のマーカイ戦闘兵が悲鳴とともに闇夜に溶け消えた。ほのかの拳と、あおいの回し蹴りが、それぞれ炸裂したのである。
ならば、と束になって飛びかかる十数体のマーカイ戦闘兵であるが、すべて闇へと還るまでに、ものの一分とかからなかった。
「こやつらはしょせんザコ。はなから頼りになどしておらんわ!」
先ほどから様子を見守っていた、巨大な蜘蛛の背中から女性の上半身が生えているような不気味な怪物が、突如沈黙をやぶって、ざざざっと走り出した。
マーカイ獣。魔界で製造された合成獣である。
「死ねい!」
ぞわぞわ動く触手のような脚が、一本、二本とあおいに襲いかかる。
「おっと」
すすっとかわし、今度はこちらの番とばかりにその脚を蹴るあおい。
しかし、さすがに戦闘兵とは違うということか、まるでダメージを受けている様子がない。
「上! 気を付けて!」
ほのかの叫びに、あおいは素早く後ろへ飛び退いた。寸前まで立っていた空間を、鎌のような爪が切り裂いたのは、その刹那であった。
しかし、
口からぷっぷっと糸が吐き出され、あおいの両手は手錠のように呪縛されていた。
「蜘蛛のくせに口から糸を吐くのかよ!」
叫び、必死に抗うが、それも虚しく一方的にぐいぐいと引っ張られていく。
「我はマーカイ獣ズヴァイダ。蜘蛛ではない」
「んなこと知るかっ! それよりも……てめえは、絶対に許さねえからな。卑怯な真似ばかりしやがって。ほのかとの仲を、切り裂こうとしやがって」
精神を狂わす毒粉を撒き散らして人々を仲違いさせる、という作戦のため、町の住人は大混乱。ほのかたちも例外でなく、親友である二人は大喧嘩をしてしまったのだ。
といっても、毒粉の効果薄くぽけーっとしているほのかを、あおいが一方的に責め立てただけであるが。
あおいの身体は、蜘蛛の糸にずるずると引きずられ、お互いの距離はもう目と鼻の先であった。
マーカイ獣の本体である蜘蛛の方が、鋭い歯をガチガチと打ち鳴らした。
「許さなければ、どうするというのだ」
蜘蛛の背から生えている女性の、口から喜悦の声が漏れた。
だが、次の瞬間、その笑みは一転して憤怒の表情へと変わっていた。
「こうすんだよ!」
と、あおいが渾身の力を手に集中させ、糸を引きちぎったのである。
とっ、と後ろに下がったあおいは、仁王立ちになり、そっと目を閉じると、拳を握りしめた。
「あおいの、青い水のせせらぎが、いま、激流になる!」
目をかっと開き叫ぶと、どどおおんという重低音が鳴り響く。
すべてを飲み込むかのような濁流が、数匹の青い龍になってぐねぐね舞い踊る。
カメラズームで、あおいの腕がアップになった。白い魔道着の短い袖から伸びている、細くしなやかな腕が。
すうっ、と青い龍が通ると、袖もグローブも溶け消えて、肩から先は完全に素肌になり、もう一度青い龍が通るとその腕は、青い袖と、細かな装飾の入った青いグローブとに覆われていた。
周囲をぐるり回りながらカメラが移動し、今度は下半身がアップになる。風にぱたぱたなびく白いスカートの前を、龍がうねりながら舞い通ると、布地の色が白から青へと変化していた。
それまで全体的に白を基調に青い装飾のある服装だったのが、反対に、青を基調に白や赤の混じる服装へと変わっていた。
金色のオーラを全身にまといながら、あおいは力強く微笑み、拳をぎゅっと握った。
「パワーアップで限界突破、魔法女子あおいアクア! 子供の涙は聖なる流れ。乙女の祈りは清らかなせせらぎ。それを笑うは邪悪な魂。からんでほどけぬ糸ならば、この激流でぶっちぎる!」
握った右拳を、ぶんと正面へと突き出した。
「うおおお、ほのかと違って噛まずにいえてるぞ!」
ふわふわ宙に浮かぶ猫型の妖精ニャイケルが、びっくりした顔をしている。
「なんですかそれえ!」
小馬鹿にされ、胸の前に両の拳を握ってやきもき抗議するほのか。その腕に、しゅるり蜘蛛の糸が巻き付いていた。
「ひゃあああ!」
「ひゃあじゃねえよ! ボケッとしてんなあ!」
「そんなこといわれても……あれ、切れないっ!」
縛られた両腕を引きちぎろうとするほのかであるが、糸が想像以上に硬いのか、力を込めども呪縛は解けず、いたずらにもがくばかり。
「あたしに任せとけ!」
あおいが、右手を前へかざす。
その指先から水が勢いよく噴き出し、ほのかを傷つけることなく、蜘蛛の糸のみをいとも簡単に切断していた。
「あおいちゃん、ありがとう」
「なあに。こいつの毒で我を忘れてガーッと怒鳴っちまったお詫びだよ。……だから、こいつのとどめは、あたしがさす!」
あおいは、マーカイ獣ズヴァイダの乗用車ほどもある巨体を、きっと睨みつけた。
「世迷い言を。貴様ごときにやられる我と思うのか!」
ズヴァイダの本体にある蜘蛛の口、そこから数本の糸が、突き刺すような凄まじい勢いであおいへと伸びる。
あおいは、避けるのも面倒とばかりにパシパシと叩き落とすと、前へと走り出していた。
ぶっ、と襲う糸を高く跳躍してかわし、華麗にトンボを切ると、
「あおいアクアスパイラル!」
ぐるぐるスピンしながら急降下。
いつの間にか右足に、魔装具と呼ばれる無骨な武器が装着されており、それがマーカイ獣ズヴァイダへの巨体へと突き刺さっていた。
爆発、
闇の合成獣の巨体は雲散霧消、闇に還り、そこにいるのは青い色の魔法女子あおいだけであった。
己が放った凄まじい技の威力で地面が削られすり鉢状になったその中心で、片膝を着いている。
はあ、はあ、と息を切らせていたが、
やがて、
さすがにちょっと疲れたあ、と、そんなほっこり笑顔で立ち上がると、拳をぎゅっと握り、
「あおい、ウイン!」
右腕を突き上げた。
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