第15話 小学生よりは強い! たぶん
少し離れたところに、気を失って倒れている
香織の傍らには黒装束の男、副将軍コスゾーノ。冷酷そうな笑みを浮かべて、彼女を見下ろしている。
「目が覚めた時には、すべてを忘れ、平和な日常の中に戻る。我が帝に捧げるための純を育む、ただそのために。いつか訪れる、真の恐怖のために」
ちらり、とマーカイ獣の、その手に握られた青い光の球へと視線を向けると、
「手柄である。マーカイ獣ヴェルフよ。だがまだまだ、計画の序章に過ぎない。まずはこのようにして、人々の純粋な気持ちを食い尽くしていくのだ」
副将軍コスゾーノは、マーカイ獣ヴェルフの肩をぽんと叩いた。
「さすれば人々は笑顔をなくし、奪ったパワーは極悪帝ヤマーダ様の美味なる供物となる」
くくく、こらえ切れずといった笑い声を漏らした。
「ひとだび力の均衡が崩れ闇寄りに傾けば、まだ覚醒しきっていない上に力場という後ろ盾を失った魔法女子など、もう造作ない。一撃のもとに屠ってやろう」
「に、に、二撃くらいはっ、耐えられますう!」
制服姿の女子高生、
「わわ私っ、それなりにタフなんでっ!」
身体も言葉も、ガタガタ震えている。
「強がってるくせに、いってること無茶苦茶情けねえんだよ、てめえ!」
宙に浮かぶ、ローブのフードをすっぽりかぶった小太りトラ猫ニャーケトルが、ほのかの頭をぼかんと殴った。
「だ、だって、だって、なんか怖いんだもん! 強そうなんだもん! ニャーちゃん直接戦わないから分からないんですよお」
ほのかは涙目になって、コスゾーノと半人半狼のマーカイ獣を指差した。
「魔法女子、か」
コスゾーノはぼそり呟くと、口元に、ふっ、と薄い笑みを浮かべた。
「こんな小娘に、これまで何度も苦汁を飲ませられてきたのかと思うと。だが、それもすぐ過去のことになる。今日こそは貴様を倒し、この町の魔道スポットをすべて占拠する。それは、世界を闇に染め上げるための前進基地となるだろう」
「ほのか、あの野郎なんかかっこつけたことペラペラ喋ってるぞ。おめえも負けずに、ビシッとなんか決めたれ!」
「えーっ? ……わ、分かりました」
すーっと息を吸うと、きっ、と黒装束の副将軍を睨みつけ、口を開いた。
「へ、へ、平和な、まちっ、をみだ乱す者、例え天が、たたっ例え地が、にゅるそうとも、この私が許しませんっ!」
つっかえつっかえ、最後など怯えきった金切り声であった。
「なんか凄まじくダッせえ口上だけど、まあいいだろ。よおし、ほんじゃあ行くぜほのかっ、変身だあっ!!」
「いやあ、それはちょっとお……」
頭を掻きながら、えへへと笑うほのか。
ニャーケトルは宙からひゅんと逆さに墜落し、地面に顔面強打した。
猫型妖精は、よろよろ上体を起こしながら怒りの形相で、
「じゃあなんでここにきたああ? てめえ変身しないと小学生より弱えじゃねえかよ!」
「だって、だって」
「なあにが、この私が許しませんだよ」
「いえ、あの、許さないという気持ちは本当なんですがあ、変身もしたくないというか……。そんなことよりも、小学生より弱いというのは、いい過ぎだと思いますう」
「弱えじゃねえかよ、実際! 泣かされてたじゃねえかよ! つうか、そんなことより、って、そっちの方が大事だろうがよ!」
二人のやりとりを黙って見ていたコスゾーノであったが、
「遊んでやれ、マーカイ獣ヴェルフ」
飽きたということか、そういい残すと突然巻き起こった黒い旋風の中に自らを消し去った。
「仰せの、ままにっ!」
マーカイ獣ヴェルフが、邪悪な目を光らせた。
次の瞬間には、目にも止まらぬ速さでほのかへと飛び掛かっていた。
だが、ヴェルフの恐ろしい爪は、空気を切り裂いただけであった。
ほのかが横っ飛びで転がって、紙一重でかわしたのだ。
ニヤリ、マーカイ獣ヴェルフは、口の両端を釣り上げた。お楽しみはこれから、といったような表情であった。
その邪悪な顔が、驚きと怒りに歪んだ。
先ほど地上に墜落していたニャーケトルが、土を蹴り上げて目潰しを見舞ったのだ。
その隙に、ほのかとニャーケトルは逃げ出していた。
公衆トイレの裏側。
木々の枝葉が鬱蒼と覆うところに隠れると、きょろきょろと、ほのかは辺りを確認する。
マーカイ獣よりも、別のことを気にしているように見える。
「ここなら、……変身、出来るかな」
ぽ、と顔を赤らめた。
と、ここでいきなりナレーションの声が入る。
『なぜ隠れる必要があるのか。
説明しよう。
魔法女子へと変身する際、ほのかの衣服は全部溶け、魔道着へと分子レベルで再構成される。
早い話が、一瞬だが全裸になる。
ほのかは、それが恥ずかしいのである』
「誰だって恥ずかしいです!」
ナレーションに突っ込みを入れるほのか。
まあ、変身は一瞬であるとはいえ、スロー再生で三十秒ほども尺があるので、仕方ないところか。
ほのかの脳裏に、悟と、香織の姿が浮かんだ。
恥ずかしそうに赤らんでいたほのかの顔が、変化していた。
真面目な、凛とした表情へ。
「絶対に……守ります、生命、戻します、笑顔」
右の手のひらを、そっと自分の胸に当てる。
ふわり柔らかな光が右腕を包んだかと思うと、その右腕に、赤を貴重とした石のような金属のような、不思議な器具が装着されていた。
異世界古代の腕時計「アヴィルム」である。
前へと突き出すと、添える左手でアヴィルムの表示盤側面にあるボタンを押した。
ほのかの両腕に、真っ赤な炎が突如現れて二匹の龍のようにからみついた。
そっと目を閉じ、そして、唱える。
「トルティーグ、ティ、ローグ。
二つの世界を統べる者。
炎の王よ。
汝、きたりていにしえよりの契約を果たせ。
その名、ザラムンドル!」
まばゆい輝きに全身を包まれながら、ほのかは両腕を振り上げた。
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