ベニクラゲ

くらげ

第1話

 ベニクラゲ、というクラゲがいるらしい。

 老衰する度に若返る、言わば不老不死の生物。

『〇〇先生、この性質は人間には応用可能なんでしょうか』

 数年前に買ったブラウン管テレビからは学者達の話し合う声。


 この解説も何度も聞いた。

 500を超えた辺りから私は数えるのを辞めてしまった。

 そしてこの解説を聞く季節が来る度に私はこの椅子へ座り、こうして死期を待つ。


 しかし悲しい哉、実際そうやって死を迎えたことは一度として無く、再び目を覚ませば満足に身動きが取れないのをいいことに優しそうな女性に抱かれる日々。

 どうやら私は例のクラゲのように永久を生きねばならないらしい。


『ベニクラゲと人間の大きな違いは脳の有無ですね。こればかりはどうしようもなく…』

 私はテレビの電源を切る。

 もはや続きを見ずとも暗唱できる。


 私は今まであらゆる手段でこの同じ人生に刺激を与えてみようとした。

 どれもそれなりには楽しかったがもう既にその全てに飽きてしまった。

 あぁ、そう言えばあの子は今何をしているんだろう


 必ず私が小学5年生の頃に一人の男子が声を掛けてくる。

 私がクラスの中心だった時も、いじめっ子だった時も、いじめられた時でも、ましてや学校自体に行ってない時でも。

 中学生になっても高校生になってもその人とはそれなりに交友は続く。

 しかし彼は必ず大人になるといなくなってしまう。


 ある時は車に轢かれ、ある時は通り間に遭い、ある時は火事に巻き込まれ…。

 まるで私を弄ぶだけ弄んでおいて私が仕掛けようとした矢先にこれだ。嫌になる。


 そう言えばあいつ、いつもいなくなる前日は高いお金用意してどこかに行ってたな。

 予定空けといて、なんて言って。


 何を私に企んでいたんだろう。



 軽い目眩に襲われる。

 あぁ、もうこんな時間か。

 椅子へ深く座り直し、私はその時を待つ。

 この椅子へ腰掛け目を瞑る。

 ずっとこの在り方は欠かしたことは無い。


 不意に呼び鈴が鳴る。

 一体なんだろう、今までこんな事は無かった。

 あぁ、この足音は。

 どれほど待った音だろうか。

 私は勢い良く立ち上がり玄関へ迎___





 _____カチッ

 投げ出されていたリモコンへ質量が加わり電源ボタンが押される。



『ベニクラゲにも死ぬ場合があるかって?勿論ありますよ』


『衰弱しきった状態で、何か少しでも刺激を与える、それだけで充分です。』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ベニクラゲ くらげ @ragi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ