第40話 そして終幕を迎えて
「あ……」
こんな場所で倒れたら、怪我をするんじゃないだろうか。そう思ったけれど、確かめるために近づくのでさえ怖い。
今更になって、彼女と相対して言葉を交わそうなんてした自分が、とても無謀だったんじゃないかと思えてくる。
それを察したように、隣にまだいた虎が言った。
「お前、怒るとなかなか向こう見ずでいいなぁ」
褒めているのかけなしているのかわからない。でも声は、聴きなれた柾人のものだった。
そして間違いなく彼に助けられたので、文句を飲み込む。
「あの、ありがとう柾人。でも、どうして?」
まだ鬼になっていない状態だと、柾人は来ないとばかり思っていたのに。
「もうすぐ出来上がりそうだったんでな。ついて来た。そいつは全く気付かなかったようだが……」
柾人が三谷さんに視線を向けた。
彼女は動かない。けれど、呻き声が聞こえるから、ちゃんと生きてはいる。ぱっと見、倒れる時に怪我をした様子はなさそうだ。ゆっくりと膝をついてから倒れたらしく、頭の辺りは腕でかばっている。
ただ、倒れた三谷さんに近づくのはためらわれた。
すぐに立ち上がって、掴みかかられるかもしれない。柾人がいるから、助けてもらえるかもしれないけれど……。
だから私は、そっと三谷さんから離れた。
とにかく、誰かに倒れていたことだけ伝えようと思って人を探そうとしたところで、こちらにやってくる人を見つける。
……って、あれ、槙野君だ。
「あ、一ノ瀬さん。こんなところでどうしたの?」
尋ねられて、私は答えた。
「沙也に物を返すのを忘れてて探しに来たんだけど、あの、なんかあっちの方で人が倒れているみたいで。誰かに知らせようと思って……」
「久住さんなら保健室だよ」
「え!? 怪我をしたの?」
さっき遠目で見た時には、大丈夫そうだったのに。
「そのあたりはよくわからないな。そっちの倒れている人は、僕が見に行って人に知らせてあげるから、久住さんのところに行くといいよ」
親切にも槙野君はそう言ってくれた。なんてありがたい。
そういえば、こういうところにも昔は好きだなって思ったんだよね。懐かしいなと思いつつ、私は礼を言って保健室へ急いだ。
結果、沙也は無傷だった。烏に関しては。
驚いてしゃがんだりした時に、膝をすりむいた程度だったのを知って、私はほっとした。
周りでかばってくれた人たちも怪我はなかったそうだ。
一方、倒れていた三谷さんは、救急車が呼ばれて病院へ運ばれていったらしい。
噂によると、打撲などはないものの昏倒していたので、一日だけ経過観察のために入院したそうだ。
しかし三谷さんはそれだけでは済まなかった。
倒れていた三谷さんの側に烏の死骸があったことで、最近校舎で烏に襲われたのは、彼女が動物虐待をしたせいだという話が広まった。
ちょっと内容は違うが、真実もそんな感じなので、嘘が広まったわけでもないなと私は思う。
やがて三谷さんは学校に居づらくなったようで、転校してしまった。
まぁ、彼女が今までのやり方を止めて人生をやり直すのなら、誰も知らない場所へ行くのもいいのではないかと思った。
できればもう、誰かを羨んだぐらいで人を傷つけたりしないでいてくれれば……と願っている。
「どっちにしても、後味の悪い事件でした……」
溜息をつく私の横で、柾人だけが楽しそうにしている。
いい食事ができたようで、満足らしい。
「また、他の餌を紹介してくれよな」
そんなことを言う柾人に、私は顔をしかめて言った。
「今週は、もう私の感情を食べちゃだめです。禁止」
「は、なんでだよ!?」
「お腹いっぱいなんでしょう? 我慢できますよね?」
言われて二の句が継げなくなっている柾人を見て、記石さんは笑ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます